第5話「ニンゲンイソギンチャク」
「創造の書を創造だぁ…?」
結子さんが聞き返してきた。
声の調子からして僕が冗談を言っていると受け取ったみたいだが、真顔で返事を待つ僕を見て今度は呆れたようにため息。
「理論上は出来る…わけないだろ。もし出来たなら創造の書が世にもっと出回るだけじゃなく、とっくの昔に代行の犯罪集団が世界征服してるよ。お試しでも書き込むんじゃねえぞ?創造する前に頭が爆発するだろうから」
「そ、そうですか…」
「お前物足りなさそうだな。いいよ…話してやる。特別だぞ?…"創造の書"は神が作った物だ。当然、神以下には作れないんだよ。それは、使者でも同じ。もし"どんな物でも複製出来る"能力を持った使者や道具を創造しても、創造の書はそれに対応しない」
「…なら、」
「創造の書で、創造の書を作った神を創造する?」
「……既に試されてるってことですか?」
僕が考えた"抜け道"は全て塞がれている。
というより元々行き止まりだった。
「そもそもその神の名前が分からない。分かったとしても、適当な化け物を創造するのとは訳が違う。それを聞いたってことはお前はノーリスクでパートナーを助けたいのか?あんなに泣きじゃくって俺の胸に顔を埋めてたくせに」
「……」
「意地悪で出来ないって言ってるわけじゃない。それこそ神に誓う。嘘は言ってない。俺が出した条件は言ってみれば究極の選択みたいなもんだろうが。カレー味の糞か、またはその逆か」
「……」
「なんだよ。黙るなって。また泣き出すんじゃないかってヒヤヒヤするだろ…」
聞けば何を考えているのかがバレるのは分かっていた。
それでも、可能なら…いや。
甘かった。
だから、改めて出来ないと言われて自分の無能さにガッカリした。
創造の書を手元に残して、このまま凪咲さんを苦しめ続けるのか。
創造の書を手放して、凪咲さんを元の世界へ帰すのか。
簡単に答えは出せない。
もし、創造の書を手放した後に僕を襲ってくる代行が現れたら?
…結子さんに渡した瞬間、彼女に殺される可能性は?
ならば凪咲さんはこれからも1人で苦しみ続けるのか?
僕の自分勝手に無理やり付き合わされて…どんな拷問だ。
考えは何度も何度も巡って、無限のループを重ねて、僕は黙るしかなかった。
ただ、黙った理由はそれ以外にもある。
僕が質問した時に感じた不快感。
……話の途中で黙った今だから分かる。
少し離れていても聞こえていたホームレス達の宴会騒ぎの音が今は何も聞こえない。
「結子さん…」
「ん。決まったか?」
「嫌な予感がします」
「今度はどうしたよ」
「静かすぎます」
それを聞いて結子さんも黙った。
数秒、そしてハッとした顔になって慌てて走って戻っていく。
「結子さん!」
そこまで距離は離れていない。
ちょっと走れば宴会をしていた場所がすぐ見えるくらいだ。
「真!片っ端からブルーシートの中調べろ!」
立ち止まり、僕の方へ振り返り指示をした。
胸の中がざわついて…気持ちが悪い。
「ごめんなさい…失礼します…」
一応中にいた場合を考えて謝りつつブルーシートをめくり、ダンボールのドアを開ける。
ブルーシートを屋根や外壁として使って、基本構造にはダンボールを使っているのか。
乱暴に触れれば崩れてしまいそうだが、子供にとっての"秘密基地"の延長線上にある気がした。
居心地はそこまで悪くない。
風を防げるだけで体感温度がかなり変わる。
…中には誰もいない。
皆がいたはずの場所に戻ると、ドラム缶の焚き火はまだ機能していたし、食べ物や飲み物もそのままだった。
立ち尽くす結子さんの隣へ行くと、彼女は何かを読んでいた。
「…はは、…こんなのってあるか…?」
持っていた紙を見せてくれた。
そこには…
「仕返しだ。17人、骨まで残さずきっちり美味しくいただいた…?」
「さっき殺した使者。あれを従えてた代行の仕業ってことだ。…あの能力がよほどお気に入りなんだな」
「ここにいた人全員…!」
パッと。消えてしまったということか。
「……よく勉強になったろ。代行になったらどんな暮らしになるか。生活を豊かにしたら、それを奪われる。踏み躙られる。だから、やり返す。それを繰り返して最後には相手を殺す。真。お前みたいに正義を原動力にしてるやつなんかいないんだよ。そんなんじゃ弱すぎる。良い悪いで語れるもんじゃない」
「……今からやり返しに行くんですよね?」
「来なくていい。1人の方が俺は強い」
「でも片腕じゃ…」
「考えなかったか?俺がお前を殺さないのかって」
「……」
「別に仲良くしたいわけじゃない。お前がプライド捨ててわざわざ俺に助けを求めて会いに来たんだ。だから協力してやるってだけだ…創造の書を条件にして」
「……」
「悩むのは構わない。でもいつまでも待ったりしない。俺の気が変わればお前のパートナーを助ける話は無しになるし、必要ならお前を殺す」
「そんな…」
「代行同士が組むなんてありえねぇ。これ以上は時間が勿体ない。帰りたきゃ勝手に帰れ。創造の書をくれるんならここで待ってろ。じゃあな」
突然だった。突き放された。
彼女の姿が見えなくなるまで1歩も動けなかった。
怒り…違う。彼女は冷静だった。
殺気…きっとそれも違う。
もっと、もっと上位の、感じることは出来ても認識することが出来ない何か。
その何かに恐怖していた。
冷や汗が滝のように顔中を伝う。
僕と彼女では格が違う。別次元だ。
「…はぁ…はぁ。っ…!」
息を整えてから、僕は笑った。
気づいてしまった。
"僕もアレと同じ代行なんだ"、と。
いつか、力をつけたら彼女のように"わがまま"に生きられる。
そんな期待が生まれていた。
…僕も常人ではない。…狂ってしまったのか。
考えようとしてやめた。
たった今。自分の正体に気づいただけで、疑うことじゃないからだ。
「決まった。答えが」
今の僕は弱い。
誰かに頼らなくてはやっていけない。
でも僕が強くなれば。
ホームレス達が彼女を頼っていたように、僕も頼られる側になれる。
他人の手で凪咲さんを苦しみから解放するのではなく、彼女の苦しみを僕の…自らの手で取り除く。
「観察。そこからだ」
アイアン・カードを創造した時のことを思い出した。
精神世界と呼ばれる場所での出来事を。
結子さんが向かった方向へ走り、彼女が僕を恐怖させた"何か"を辿る。
こっちへ行ってはいけない、という本能が道しるべになる。
………………………………next…→……
「あそこだ…」
車の走る音がうるさい。
それもそのはず。ここは高速道路のすぐ側だ。
貸倉庫、というやつだ。
大きめのコンテナなんかもある。
近くには"1ヶ月5980円!"と書かれた広告がいくつもあった。
ここには用のない人間は来ない。
戦う場所としてはうってつけなのかもしれない。
車が走る音に紛れて色んな音が聞こえる。
奥へ入っていくと…いた。
僕は結子さんを助けるために来たわけじゃない。
彼女の戦いを観察したいだけだ。
いくつもある個人向けの倉庫。
その影に隠れて覗き見る。
「ここで終わりにしよう」
結子さんだ。
さっきは目を背けていたけど、無くなった腕が付いてたはずの部分は真っ黒くなっていた。
不思議と気持ち悪くない。
「終わるのはお前だクソ女!」
相手は…男だ。服装は結子さんと同じ系統で、黒でまとめながらシルバーアクセサリーを目障りなくらい身につけている。
耳と鼻にピアス…金髪で、噴水のようにあっちへこっちへと遊びまくった髪型。
…それにしても痩せている。ガリガリだ。
すぐに何か食べさせないと餓死してしまうのではないかと心配になるほど。
「お前を殺す。お前は俺が可愛がってた人間を殺したんだ」
「お前こそ俺の女殺しやがって!」
「本気で来い」
「うるせえ!!」
男は右手を前へ出し、手のひらを見せつける。
そこには倒した使者と同じように口が…ということはもう片方の手にも…。
「出てこい」
男の言葉に反応し、手のひらの口から…何か…大きな…茶色い…毛むくじゃらの…
「"吐き出せる"のか…!」
「こいつは野生の熊!誰の言うこともきかない!…おら、やっちまえやっちまえやっちまえ!!」
どこで手に入れてきたのか。
野生の熊を結子さんに押しつけて、男は少しずつ後退している。
「お前。あいつらを解放しろ。そしたら見逃してやってもいい」
「馬鹿言うな!これから死ぬやつがなんでそんな上から目線なんだよ!」
「熊出したくらいで勝った気でいんのか?」
結子さんが熊を見つめると、何かを感じて熊が立ち上がり両腕を上げる。
「片腕じゃ不便だ。むしろ殺してくれよ…殺せるもんなら」
覆いかぶさるように熊が襲いかかる。
それに対し、結子さんは
「よっ」
真上に跳躍。
熊の攻撃範囲から逃れて、そのままくるりと空中で前回り。
そして振り下ろされる右足が空振った熊の脳天を直撃する。
…かかと落としだ。
声にならない呻き。
直後、熊はドロドロに溶けてしまった。
「は?」
「食べたら消化されるのは当たり前!…そんなにホームレス共を返してほしいか?」
「…チッ」
結子さんが男に接近。
それに対応するように両手を前へ。
手のひらの口を見せられ、それで触れようとしてくるわけだから…結子さんはすぐに引き下がるしかない。
「どうしたぁ!?」男の反撃。
張り手のような動きで結子さんを攻める。
簡単だ。体のどこかに触れられればいい。
そうすればその部分を消すことが出来る。
どう見ても男の方が有利だ。
「まさかこれで終わりか?サプライズもないのか?」
「このっ!」
バック走が上手い。さらには跳躍で逃げることも出来る。
挑発し男を走らせている。
「殺してみろよ」
「クッソ!逃げんな!」
壁際に追い詰められた…と思っても男を飛び越えて反対側へ逃げてしまう。
失敗する度に男が声を荒らげる。…完全に遊ばれている。
「……んんん!」
男が立ち止まり、力を溜めるように身を屈めた。
「ギブか?」
「………はぁ。腹減った」
思わず声が出そうになった。
男が顔を上げると、その顔全体に口が付いていた。
…目も口に変わっている。
気持ち悪くて口の数を数えることはしたくない。
それぞれが独立して動き、歯も舌も…何もかもが顔にたくさん付いている。
「いよいよ化け物だな」
「腹減った」
((READ))
男の口内全てから光が漏れる。
創造すると創造の書が光るわけだから、光源が…あれ、え?
「創造の書を食った代行は初めてだ…お前、頭おかしいよ」
「んまァ……」
男の全ての口が開く。
中からは腕が1本ずつ生えてくる…それら全ての手のひらにはもれなく口が付いているわけで。
【ニンゲンイソギンチャク】となった男は、
「腹減ったぁぁぁぁ!!!!」
結子さんに向かって走っていく。
ここまでくるとどこに目があるのかを気にするのも馬鹿らしい。
「どこまでもその能力にこだわるのか」
見た目が気持ち悪くなった。
ただ、攻撃範囲は全体的に腕1本分伸びているわけで。
結子さんの動きに余裕が無くなってきた。
彼女は素手だ。攻撃するには接近しなければならない。そうなるとニンゲンイソギンチャクの餌になってしまう。
あれと戦うなら遠距離攻撃、銃がいい。
「あっ…」
突進するだけで危険で怖くて気持ち悪い。
ニンゲンイソギンチャクとの"追いかけっこ"のプレッシャーからか、結子さんは躓いて転んでしまった。
「んがぁ」
口から生える腕がさらに伸びる。
「まだ捕まらねえ…あぶねっ!」
髪の毛が腕に掠った。
掴まれていたら…その先は考えたくもない。
「あれ、どうして…」
見ていてふと口に出た。
……ここまで追い詰められても、結子さんは創造をしない。
使者がいないから、もしかしたら代行自身が戦うタイプか。
もしかして、片腕を無くしたせいで創造した武器か能力を使うことが出来ない…?
「んあぁぁぁぁ!!クワセロ!!」
ニンゲンイソギンチャクが立ち止まり叫んだ。
「最悪だ…」
結子さんの言う通りだ。
叫んだ直後、たくさんの口から生えた腕…の手のひらについた口からさらに腕が生えてきた。
いよいよ男の足が見えなくなった。
本気で気持ちが悪い。
「んがァ!!」
その中から1本の腕を伸ばすと、口から腕…その口から腕…とひたすら延長され結子さんを追いかけていく。
「やってくれる…!」
逃げるのを諦めて立ち止まってしまった。
…正直、ここに割って入っても僕では助けられそうにない。
やられる。
その瞬間はやはり見たくなかった。
顔を伏せて目を閉じた。
………………………to be continued…→…




