第3話「レディー?」
ズンズン歩いていく彼女の後ろを歩く。
黒の革ジャンに同色のスキニーパンツ、オシャレというより軍的な見た目のブーツ。
そこに赤髪が映える。
…が、どうにも落ち着かないのか髪を後ろで束ねたり崩したりを繰り返している。
「噂にも聞かねえ…体が部分的に消えてく能力…」
聞きたいことがいくつもある。
たとえば、どうしてホームレスの人達と仲が良さそうなのか。
人や物を探すのに利用するため…助け合っているだけなのか。
もしかしたら、彼女自身も…?
「俺のこと考えてる場合かよ」
「え?」
「お前の視線がビンビンに伝わってくんだよ。前見てろ…俺じゃなくて前を」
「す、すいません」
「さっきの…死んだ男だけどな。あいつは川沿いに住んでて活動範囲はあまり広くない。近所の飯屋から客の食い残しとかをもらってんだよ」
「……」
「みっともないか?でもどんなに忌み嫌われて生き恥晒しても、あいつらは生きたいからそうしてる」
「……」
「死ぬために生きてるやつ、生きてるのに死んでるやつ、誰かに使われるためだけに生きてるやつ。…俺はそういう人間を殺す。善悪は問わない」
「………」
さっきからずっとそうだ。
彼女は喋る度に覇気を増してく。
いつの間にか僕は相槌を打つことも難しくなっていた。
「お前も"神の代行"なら決めとけ。決して人を裁く役目じゃない。あくまでも生命の数を調整するために…こっちだ」
道を曲がる。
どこかの裏の通りに出てきた。
色んな匂いがする…食欲を刺激するようなのばかりだ。
「あいつは必ずここを通る。ちょっと待ってろ」
彼女は小走りでキッチンよろずやという看板が出ている建物へ向かうとすぐにドアをノックした。
店と自宅を兼用している…ように見える。僕の家と雰囲気が似ている。
中から出てきたのは白髪のおばあさんだ。エプロンをしている。
ほんの少しだけ会話をすると赤髪の彼女が戻ってきた。
「あっちだ」
「…はい」
彼女の声の調子が変わった。
僕が知る普段の声に近い。
そして、僕が知る普段の彼女…ということは、代行が近くにいるのか。
「戦うの苦手なんだろ。それならもう少し先のとこで待ってていい。俺が取り逃がした時に足止めだけしてくれれば」
「足止めですか」
「それとも一緒に戦うか?パートナー無しで」
「……」
その時だった。
背筋を駆ける悪寒。
右を向くと大きめな駐車場があった。
3階まである。
「さすがにお前でも分かるよな。ここだ」
「行って大丈夫なんですか?」
素直にそう思った。
これまで気配だけでこんなに
「ビビってんじゃねえ」
「っ」
「負けるのが怖いだけだろ?なら勝てばいい。どんなに汚い勝ち方でもな」
「一緒に来るかここで待つか、好きにしろ」そう言い残して彼女は駐車場の中へ入ってしまった。
…………。
「ほら、来いよ」
1歩。たった1歩前へ踏み出しただけだ。
僕を見ていたわけでもないのに彼女は呼んでくれた。
鉄製の階段を上がっていく。
こんなに心強いのはどうしてだろう。
…代行の能力の差を感じた。
………………………………next…→……
3階まで上がると、車は1台しか駐車されていなかった。
黒くてそこそこ大きい。荷物のスペースを考えても5、6人は余裕で乗れる。
…1人なら、そのまま暮らすことも出来そうだ。
覗き対策…いや、日差し対策か。正面も横も、恐らく全ての窓やガラスが黒い布で隠されている。
「先制する。お前視力は?」
「視力ですか?」
「戦いに巻き込まれないように相手の能力とか細かい特徴を観察しろ。何か分かったら叫んで教えろ」
「…はい」
彼女は僕を見て頷くと、
「ぅぉぉぉぉぉぉおおおっ!!」
ダッシュ、そして、飛び蹴り。
後部座席横のドアに直撃すると、大きな車体がユサユサと大きく揺れた。
「…っは。出てこいよ!車ぶっ壊すぞ!」
……ガチャ。
ドアのロックが開いた。
そして後部座席側のドアが開く…ん?
今一瞬中が光ったような。
「気をつけてください!今創造したかもしれません!」
「へぇ。サンキュー」
彼女は開こうとするドアに回し蹴り。
衝撃でドアのどこかが変形したのか引っかかったまま開かず、ガタガタと音がする。
「っと。逆もだな」
反対側のドアも潰そうと回り込んだ。
その時、ぬっ…と運転席側に顔が出てきた。
デカい。顔が。
「おらよ!」
彼女が反対側のドアを潰したところで、
「運転席です!」
「チッ…出てくるか」
ドアが開いて、転げ落ちるように出てきた…。
……ピッチピチのピンク色のTシャツ…ベージュの半ズボン…ボロボロのスニーカー。
この季節に着るのはさすがに間違っている気がするが、問題は服装ではなく"それ"の体型だ。
子供の時に運動会で目にした大玉転がしの大玉にそっくりだった。
太っている、では済まない。
前に横にぶっくり膨らんだ腹がどうしてか怖い。
「ちぇメェかおいいいいっ!!他人様の車に何してくれてんだおいいいい!」
……太りすぎて滑舌まで悪くなっているようだ。
何を言っているのかは大体伝わってくるが、どう聞いても最初の"てめぇ"は"ちぇめぇ"になっていた。
というか…待て、僕を睨んでいる。
「ちぇメェかって聞い」
「俺だこのクソ豚ああっ!」
背後に回り込んでの蹴り。
"大玉"が転がり、視界に飛び込んでくるのは赤髪が綺麗に舞う姿。
…、大玉の方は…ゴロゴロ転がって、起き上がった…?
「んきいいいいっ!ちぇメェ!リェヂィーに向かって暴力とかありえねえだろ!おいいいい!」
甲高い声が駐車場全体に響く。
「…なんだこいつ」
地団駄を踏む様子を見て赤髪の彼女の顔がひきつる。
「待てよ。今お前…"レディー"って言ったか?」
「そうだ!リェヂィーだ!」
………シーン、と場の空気が"死んだ"。
ブゥるるっ。
そこへ汚い音が叩き込まれる。
「お前屁こいただろ?」
「アイツだ!リェヂィーがオナラぷっぷとかありえない!きいいいい!」
「分かりやすいな…」
まさか女性だったとは…今でも疑ってしまう。
年寄りの顔を見た時に一瞬性別がどちらか迷うのは分からなくもない。シワが増えてからよく男性に間違われていたおばあちゃんが近所に住んでいたから。
でも異常に太ることでも分からなくなるものなのか。
…あ、臭い。
「ぶー子。お前、ホームレス殺しただろ」
「ぶ、ぶ、ぶー子ぉっ!?」
多分太っているから…ではなく、汚い屁からとったのだろう…。
顎肉がぶるぶる震え、いや、よく見れば全身の贅肉が震えて…
「んきいいいいいいいいっ!」
「かかってこいよ。負ける気がしないな」
「ぶっきょろすうううっ!!」
両手をグーにして前に出し、歩き出した。
…もしかしたら走っているのかもしれない。
身長は180cm前後か。巨体だ。
人間なら間違いなく異常だし、世界的に取り上げられてもいい。
…そもそもどうやって車の中に入っていたんだろう。
……まだ赤髪の彼女まで距離がある。
遅すぎる。
「こんなのに殺されたと思うと余計に腹が立つ」
バリィィン!車のフロントガラスを拳で叩き割り、なるべく鋭い破片を手に取った。
向かってくる巨体に突っ込んでいくと…っ!
身を低くして、スライディング。
…直後、切られた左足の膝から脛の辺りまでが…これって。
「いきゃあああああい!!」
足が切り開かれてバランスを崩す。
痛がるも足まで手が届くことはなく滑稽な姿で転がる。
「雑魚が」
追撃…これで決着…とはならなかった。
突然。巨体から煙が出てきた。
白くて濃い煙…しかもかなりの悪臭。
硫黄系に生ゴミを足してさらに腐らせたような…気が遠くなりそうだ。
加えて視界も悪くなっていく。
どこを見ても白い煙…そして悪臭。
気分が悪い。
「ってぇ!クソ豚が!どこだ!」
四つん這いの体勢で耐えるしかない。
周りの音も気にならなくなってなるくらいに自分のことで精一杯だ。
「チッ…逃げても無駄だぞ!」
赤髪の彼女の声がするだけ…逃げたのだろうか、あの巨体で。
…タッタッタッ。
…タッタッタッ。
「くっ!?またか!」
足音…!
「っ足音を聞いてください!」
「足音だ!?……」
耳をすませば分かる。
相手は止まることなく動き続けていた。
足音は遠くなったり近くなったり…そして
「そこか!この豚ああっ!」
「いきゃあああああい!!」
叫び声の後、大きな音が下から聞こえた。
まさか…落ちた?
「お前は階段から行け!」
「え」
今のはそのまま解釈すると、自分は飛び降りる…ということになるような。
3階なのに…!
四つん這いのまま手探りで階段を探し、降りていくと2階に来たところでだいぶ気分が良くなってきた。
「今なら周りも見える…!」
2階から外を見下ろすと、赤髪の彼女が巨体を探していた。
「あいつ!足切ったのになんで動けるんだ!」
全くその通りだ。
上からなら早く見つけられるだろうと遠くまで見てみるも、あの巨体が見当たらない。
「…バカな女。あとお前もバカ。超バカ」
「っ…」
すぐ後ろから声がする…2階にいたなんて。
「小学校からやり直せば?あ、無理か。じゃあ死んでからやり直したら?」
振り返ると…あれ?え?
巨体、じゃない。
「キモ。レディーをガン見すんなよ」
…だいぶ縮んだ。しかもかなり細くなっている。
劇的な変化に別人かと疑うが、ピンク色のTシャツはそのままだ。
ブカブカすぎて首を出す部分がそのまま肩に引っかかり、Tシャツは膝下まで隠している。…それっぽい着こなしになっている。
半ズボンとスニーカーはサイズが合わないから捨てた…のだろうか。
全裸に超オーバーサイズのTシャツ1枚…。
…っ、よく見れば切られたはずの足が治っている。
「寒…早く終わらせて"中"戻りたい」
「あなたがさっきの…?」
「失礼な男。クズ男。世の中の男みんなそう!」
言動がめちゃくちゃだ。
「死ね!」
さっきと同じように両手をグーにして前に出した。
今度はペタペタと音を立てながら…走ってきている。
あれは攻撃なのか?正直、あまり嫌な予感は…
「あ」
接近まであと数歩、というところでグーが開かれパーになった。
その両手のひらに、口があった。
顔にあるのとは別に2つも口があった。
急に異常さが顔を出した。
まずい。驚いて体の反応が遅れている。
避けるとしたら、横より後ろ…飛び降りる方が確実…でも…
「うぉらっ!」
「展開!」
咄嗟に取り出しギリギリで2人の間に壁を作った。
「効かない!こんのっ…」
また何かする気だ。
ここは…
「せーの…っ!!」
両手を突き出してアイアン・カードの壁を殴りつけた。
「うわ!」
衝撃が伝わった反応を聞き取り「圧縮!」カードに戻す。
相手は押し倒された形になっていた。
「お前もか!?」
まさか代行が2人来ているとは思わなかったらしい。
驚いている間に逃げる。
ついでに
「2階です!2階にいます!今は太ってないです!」
叫んだ。
「元々太ってねえよ!んきいいいいいい!」
「おう。よくやった」
「え…」
てっきり階段を上ってくると思っていたが、彼女は下から飛び上がってきた。
…跳躍力は…凪咲さんと同等…?
「だ、大丈夫ですか?」
右手に血が垂れていた。
そこから血をたどると、肘にたどり着く前に革ジャンが破けているのが分かる。
「そいつに噛みつかれた。問題ない」
「2対1とか卑怯だろ!」
「卑怯?だから?何か問題あんのかよ」
「戦うのは片方だけにしろ!あとズルして戦ってた分先に攻撃させろ!避けるな!」
「こういうクソ女いるよな。女は大事にされて当たり前ってな。男尊女卑の時代から"本物の女達"が歯食いしばってようやく男女平等になってきたかと思えば今度は女が男を食い物にしようとしてる。泣けるよな。胸糞だ」
「うるさいブス!」
「ごめんなー。鏡持ってきてたら真実が分かるのに。ん、要らねえか」
「…バクバクバクバク!完食!」
「は?……」
突然何を。
完食。そう言って両手を合わせ、ニヤリと笑って見せた。
そして、
「う…」
赤髪の彼女の右腕が消えた。
見覚えのある消え方だ。
「んきいい!気持ちいい。散々人の事バカにして、いざ立場が悪くなると黙る!そのヤバ!どうしよう!って顔…大好物」
………………………to be continued…→…




