第2話「とんでもない条件」
「…………?」
気が付くと同時に温くて生臭い不快感が鼻を突く。
目を開けると、ブルーシートがやたらと目に入ってくる。
目の前には錆びたドラム缶…火か。
男性が中に新聞紙などの燃えるものを入れて暖を取っている。
後頭部から背中にかけて硬い感触…高架下で壁に寄りかかって座っていた。
「おはよう」
視界の右端からグイっと顔を覗かせたのは、赤髪の…探していた例のあの人だった。
しかし、おはようと挨拶を交わすにはまだまだ空は暗い。
「悪いなー。鼻折った。あ、でもさっき気づいた時に反対に折ったから今は元通りだけどな!あっはっは」
「……」
鼻に痛みは…いや、ある。
深くて重い痛みが残っている。
「冷やしてるから今は楽だろうけど後で地獄かもな!」
「…あの、ここはどこですか」
「"住宅街"!」
彼女は両手を広げてそう主張した。
見渡す限りブルーシートしか見えない。
下は土だ。……なるほど、住宅街か。
ここにはホームレスが集まっているということ。
ブルーシートは全て…彼らの家だ。
「あの」
「質問は俺の質問に答えてからにしろ。どうしてホームレスを襲った?」
「…理由はあります」
「聞くよ。顔見知りでも返事次第では殺すからな」
おちゃらけたイメージの彼女だが、時々見せる真剣な顔には絶対に身構えてしまう。
同じだけの真剣さを強制するような迫力がある。
「…あなたに会うためです」
「ぶっ」
それからしばらく、彼女は腹を抱えて笑い転げた。
数人のホームレスが不思議そうに"家"から出てくるが「いつもこうだ」とまた中へ戻っていった。
………………………………next…→……
「はぁ〜っ!本気で笑い死ぬかと思ったー」
「そんなに面白いですか」
「まあな!」
「…じゃあ」
次はこちらが聞く番。
と口を開くとチャキ…とだけ聞こえた。
首にはひんやりした感触。
ようやく落ち着いたと思った彼女は真顔で僕の首に刃物を突きつけていた。
「わざわざ代行を探すってことは"喧嘩売ってる"ってことだよな?」
「…どうしてそうなるんですか」
「どうして?どうしてってそりゃ…そうかぁ…お前、初心者なんだっけ?」
「初心者…」
「そうだろ?戦い方から何もかも初心者丸出しだったし。でもこの前のはまぁまぁだったぞ?」
「この前の…マミさんとの戦闘ですか」
「お前らの実力だったらまぁ蛇女の使者を倒すのも厳しいかなって思ってたし、絶体絶命のピンチになったら助けてやろうと思ってたけどさ。お前の妙なアイテムとパートナーとの連携…というかあのパートナーが大当たりだな」
「……」
「でもデカい蛇には勝てないと察して逃げ出した。その選択は正解だな。お前の功績。そもそも勝てないってのが論外なんだけどな?あっはっは」
「……っ」
首に刃物がくい込む。
動かなければそうはならないが、彼女との会話であの時の気持ちがぶり返してしまった。
それから今日まで…僕も、凪咲さんも、ずっと逃れられなかった…敗北から…。
「うっ…あぅっ!ぐすっ」
「なんだよ。いきなり泣くなよ。悪かった悪かった。な、包丁はしまうから」
ありがたいがそういう事ではない。
凪咲さんを元気づけたくて押さえ込んでいた感情が、今になって溢れてくる。
子供より情けなく、声を出して泣いた。
「ひっくひっく泣きだしたと思ったら…どうしたんだよー。おいおい…よしよーし。泣き止むまで待っててやるよほら。こっち来い」
抱き寄せられた。
頭を撫でられた。
「後で泣き叫んだ分しっかり謝ってもらうからな。鼓膜がぶち破られそうだ」
僕は思う存分泣いた。
こんなに泣くことを許されたのは初めてだ。
覚えてる限りではずっとごめんなさいと言っていた気がする。
………………………………next…→……
気づけば空が明るい。
顔を涙と鼻水で濡らしたせいで風が冷たい。
泣き止んだのはスッキリしたのではなくて寒さのせいかもしれない。
「もう大丈夫か…いや、大丈夫じゃねえなこれ。顔ぐちゃぐちゃだよお前…かっこ悪いな」
優しい笑顔で僕の頭を雑に撫でる。
でもここまで乱れた後だと髪をめちゃくちゃにされても気にはならない。
「全部聞いた。お前がどうして俺に会いたかったのかも。泣き叫んでるから聞き取るの大変だったけどな。アイツとソイツのおかげだ」
彼女が2人のホームレスを指さした。
1人は僕がここに来る前に話していた男性だ。
「お前、あの代行に勝てなかったのが相当トラウマだったんだな。家に帰ってから、あの時逃げなかったら死んでたかもしれない、パートナーが怪我したのは自分のせいだ、とか怯えてビビって恐怖して後悔して…ある意味忙しかったんだな」
「僕…そこまで話して…」
「俺に会いに来たのはパートナーを小説の中に戻す方法がないか聞きに来たんだろ?」
「…はい」
「無理」
「え…」
「あっはっは!そういう顔好きなんだよなー。…知りたいか?」
ドクンと胸が鳴った。途端に緊張して、少し息が苦しくなる。
「どうしても知りたいか?」
「…はい」
「とんでもない条件出すけどいいか」
「条件、ですか?」
「パートナーが小説の中に戻ったら、お前の創造の書を俺にくれ」
「あ、……」
何も言えなくなった。
創造の書を手放すことが条件。
それはつまり、僕が代行ではなくなるということ。
「くれるって約束するなら、ちゃんと、ズル無しで、お前のパートナーを助けてやる」
「……本当ですか」
「約束する」
「…本当に、戻せるんですか」
「…ん?」
僕の創造の書には、先代の代行達が手記を残していた。
そこには書き込みをした使者を"元の世界"に戻す方法は触れられてもいなかった。
近いものなら、創造したものを書き込みで書のページに戻すことは出来ないとあった。
「戻す方法があるんですか」
「お前がどこまで知っててどこから知らないのか分からない。お前の所有する創造の書に何が書かれているのかも分からない。でもな、忘れんな。代行だって人間だ。嘘だってつくし、大事なことは黙っとくやつもいる」
「……」
「一応お前のパートナーには貸しがあるから、特別に教えてやるよ。でも1個だけな。聞きたいことあるだろ?創造の書について何でも答えてやるよ」
「……」
「やっぱり戻す方法か?それか、他にもあるんじゃないのか?」
彼女はどれだけ詳しいんだろう。
「俺は嘘嫌いだから騙さないぞ。言いたくなかったら力ずくで解決するけどなー」
「…僕は」
幸運にも、彼女に会うための苦労は少なく済んだ。
創造の書を失うことを条件に協力を願うことも出来る。
それとは別に、知りたいことも教えてもらえる…。
「たっ、助けてくれぇっ!」
そこに男の声が割って入る。
服装からしてホームレスだ。ここの住人の1人だろう。
「おいっ!?」
「……っ!」
姿を確認したわずかな時間。
助けを求めてこちらへ走っていた男性の片足が"消えた"。
地面に着くはずの足が消えたことで派手に転ぶと、次は衝撃を和らげようと先に打ちつけた両腕が消えた。
パッと、一瞬で、消えた。
僕達は立ち上がって彼の元へ駆け寄る。
「どうしたんだ!何があった!」
「分からねぇよぉ!死にたくねぇ!助けてくれぇ…」
「おい!おいっ!!」
赤髪の彼女はホームレスの男性を抱き起こそうと手を伸ばす…が、触れる前に彼の頭が消えた。
「これは一体…」
「チッ。代行だろ。どこの誰だか知らないけどな。頑張って生き残ってる弱者をこんなふうに…待ってろ」
彼女はホームレスを数人集めると何かを話し始めた。
話が終わるとホームレス達はブルーシートの家を回って伝言していく。
…何か指示を出したのだろうか。
「喧嘩は買う。売り切れにしてやる。お前も来いよ。代行だろ」
戻ってきた彼女は怒っていた。
下唇を強く噛んで血が滲んでも構わず、さらに深く噛む。
そんな彼女に無言でついていくことにした。
………………………to be continued…→…




