謀略の蛇
「それが本当なら、召還され、犠牲となった人が少なくとも一人はいた訳ね?」
自分の欲望のために他人を犠牲にしようとする思考自体、ぞっとする。
《‥あれは非常に危険なものです》
アオの表情に憂慮する色が浮かぶ。
《ナツキ様は地球で信仰されている宗教で、神によって最初に創造された男女がヘビに唆されて禁忌を犯してしまうと言う、お話をご存じですか?》
あー、はいはい。食べちゃ駄目って言われた林檎をつい食べてしまって、楽園から追放されたとか言う、あれね?
《潜蛇はそのヘビが魔獣化したものです》
なんと!こんなところにも地球との接点があったとは!
《魔獣に堕ちた潜蛇は、狡猾で残忍な性を持つと言われ、召還魔法で召還することは禁じられていると聞いています。私はこれ以上、詳しくは存じませんから、専門の方に伺ってみてはいかがでしょうか?》
「専門家って誰か知ってる?」
私は周囲を見渡す。
「私の専門は地属性の魔法研究ですから」
とは、トール。
うん、知ってる。大丈夫だよ。最初から、あてにはしていないから。
しおしおとトールの髭が垂れる。
「トールは森の育成に頑張ってくれてるじゃない!それで十分だよ」
と、フォローするのも忘れない。
「考えるまでもありませんわ。ヒルダ様に伺えば、よろしいじゃありませんか」
ん?ヒルダ様って?
「ヒルダ様は召還魔法の使い手でいらっしゃいますよ?」
アリーサが事も無げに言う。
あれ?そうだったの?創造魔法の使い手の末裔だから、そっち方面のエキスパートだとばかり。
「創造の魔法はおいそれと使用するものではありません。命に関わることもございますから。普段、ヒルダ様はレーヴェンハルトに生息する生き物の管理と気候などの環境の整備を行っておられます」
なにソレ。神様っぽいことをやってるんだね?
「‥神殿の存在意義に関してはお教えしたと思いますが?」
ひいっ。アリーサの顔が鬼だ!
「まあ、後程私が懇切丁寧に改めてご教授いたしますがー」
怖いよー、逃げ出したい!
「それならば、俺がカナンで神殿へと赴いてお話を伺ってこよう」
そう申し出てくれたのは、ヴァンだ。
「潜蛇かどうかはともかく、東領で不穏な動きがあるならば、ヒルダ様から指示を仰がなければならない」
「騎士長、でもそれはー」
ラベルが不安そうにヴァンを呼び止める。
「心配するな。東領に不利となる進言をするつもりはない。我々の手に負えない事態に発展する前に、ヒルダ様に説明していた方が良い」
「はい‥」
ラベルの耳がペタリと下がる。
「なるべく早いほうがいいな。俺はこのまま立つが、二人ともあとはよろしく頼んだぞ」
「「はっ」」
セーランとラベルが胸に手を当てて答える。
カナンは久しぶりの、主と二人での遠乗りに喜色を隠そうともしない。
「では、行って参ります」
「気を付けて!」
カナンに乗って飛び去るヴァンを見送った。
《‥は、あ》
小さく呟きながら、アオが疲れたように花びらの寝床に倒れ込む。
「あ!ごめんね。無理させちゃって」
私は膝間付いて、アオへと目線を合わせた。
「アオのお陰で解決への糸口が見つかったよ。ありがとう」
《いいえ。お役に立てたのなら、何よりです》
コロンと寝転んだ、アオの頭を人差し指で優しく撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。
私より何百倍も長く生きている相手に失礼かと思ったが、当人が気持ち良さそうならいいか。
《‥ナツキ様。もし、この先、私の手が必要となりましたら、ちゃんとおっしゃって下さいね》
ウトウトしながら、アオがそんなことを言う。
「うん。ありがとね」
そう言うと、アオは眠りについた。小さな体が上下する。
かわいいな。この子達のためにも私は頑張らないと!
聖領へは強行軍で一日もあれば、到着する。夜半の飛行を控え、早朝から再び飛び続けると、昼前には到着した。
「まあ、ヴァンではないの。お前だけ先に帰ってきたと言うことは、東領で不穏な動きがあったということですね?」
ヒルダへの謁見の申し出は、すんなりと通り、神殿の一室において状況の説明を行った。
「潜蛇ですか。厄介ですね」
「ヒルダ様でも、そのように仰るのですか?」
「あれは神代の知恵の産物、しかも、謀略のね。あれと対峙するのであれば、心してかからなければ、こちらに被害が出る恐れがあります」
ヒルダの言葉にヴァンは置いてきたナツキの身辺に思いを馳せた。セーラン達だけで大丈夫だろうか?
部下を信じることも騎士長の役目と思いつつ、焦燥感は隠せなかった。