闇の生き物
子供のように震えて泣いていたラベルであったが、すぐに立ち直った。周りの大人達によって理不尽を呑み込むしかなかった子供時代。その結果、根っこの部分で精神的に不安定なところがあったとしても、不思議ではない。長じて神殿の騎士となった現在、そうした諸々を乗り越えてきた。
今は幼少期を過ごした場所に帰ってきて、そして、ナツキに優しくされて少し緩んでしまったのだろう。
「す、すいませんっ!僕は何を」
多分、真っ赤になりながら(生憎とワンコの見かけでは肌色までは判断出来ない)、ナツキの腕の中から逃れる。
残念。ラベルの毛並みは思った以上にすべすべでもっふもふだったからだ。
「気にしなくていいわよ。ラベルは弟みたいなものなんだから」
実際は息子くらいの年齢なんだけど(しかし、こちらではラベルの方が多少年上だ)。
ラベルのしっぽがしゅーんとばかりに項垂れる。
ん?年下と思っている私から弟呼ばわりされたのが、ショックだったのだろうか。
「とにかく、私達のするべきことははっきりしたわ!」
「は?それはどういう‥」
「終わっていないのよ。あなたのご両親が亡くなった事故にしても、今現在、起こっていることに関してもね」
「今現在って‥。何も起こってなどいませんが‥」
困惑したように私を見下ろす。
「ここで話すような内容ではないの。一旦、森に帰りましょう」
あの影は明らかに蜂蜜を忌避していた。そう、精霊の魔力がこもった蜂蜜を。
詳しく知るなら、精霊から話を効くのが最善だろう。
「セトさんの身に何かあってからでは遅いのよ」
「叔父上?もしかして、誰かが叔父上を害そうとしているんですか!まさか、領‥」
「しっ!まだ、何も分かっていない現状で不確かなことを言っては駄目よ!」
私はラベルをきつく叱りつける。ここは言わば敵陣に等しい。言い換えれば、領主であるレキの味方だ。正気を失っているとは言え、母親もいるし、レキを領主にと指名した父親もいる。古参の使用人達も同様だろう。
ただ一人、セトだけが蚊帳の外にあると言える。病弱であることを理由にこれまで安全だと認識されていたせいだろうが。
「ねえ。叔父さんの具合はどうなの?」
急に違う話題を振ってきた私に戸惑ったようだが、素直に教えてくれた。
「昔よりは良くはなっているみたいですよ。やはり、この地で静養したのが良かったのか、僕がいた頃よりは体調はいいと医者から言われたと、言ってましたから」
やっぱり!体調の良くなってきた次兄を疎ましく思ったのかも知れない。領主継承権の順番から言えば、ラベルの次にセトが挙がる。もし、成長したラベルがもう一人の叔父を後見人として領主の地位を主張したら、どうなるのだろうか?色々と困る人間がいるだろう。
「叔父さんにお暇を言って、私達は帰りましょう」
お手洗いに行って迷子になっていたと話をでっち上げて、私達はセトに別れを告げた。
「そうか‥。残念だけど、仕方がないね」
本当に残念そうな表情を浮かべるセトに、
「また、すぐに来ますから」
と、約束した。
絶対ですから。本当にすぐに来ます。
あなたを脅かす影の正体を突き止め、同時にラベルのご両親の事故の真相を解明したら、私は堂々と乗り込むつもりだ。
その証拠をグエンに叩きつけてやる!私の真実があんたの真実よりも正しいって啖呵をきってね!
やはりと言うか、グエンはただの一度もラベルの前に姿を現さなかった。たった一人の孫だと言うのに。そんなに東領が大事なのだろうか。全ての不都合から目を背けてまでも。
私には分からない。これまで失った家族以上に大切なものがなかった、私には。
合流したヴァンはわたしたちの様子がおかしいと察したようたが、何も聞かなかった。黙って帰路についてくれたのが、ありがたかった。私も考えたいことが多くて、すぐには答えられなかったからだ。
騎獣で飛ばすと、あっという間に森へと到着した。出迎えてくれたアリーサへの挨拶もそこそこに、私は精霊の長であるアオを探した。
アオは目に見えて弱ってきている。日中は森の中を飛び回る、他の精霊達とは違い、日がな一日眠ってばかりいる。
《ナツキ様‥?どうかなさいましたか?》
未だ夢の中を微睡んでいるかのように、目をこすりながら、アオが半身を起こす。
「ごめんね。寝ているところを起こしてしまって。ちょっと聞きたいことがあって」
《もちろん。私に分かることならば、何なりとお尋ね下さい》
微かに背中の羽を震わせた。光輝いていた羽も弱々しい光を放つのみだ。
ここにも私が救うべき人達がいる。それを未だに果たせない自分が不甲斐ない。そんな風に思っている私に気付いているだろうに、この小さな隣人は穏やかに微笑みかけてくれる。
アオは残された、わずかな一族を託せる相手として、薔薇姫の契約者であったキーラの生まれ変わりである私を見つけ、安心したのだろう。
それまで気を張って生きてきた分、急速に衰えを見せ始めた。もともと長命である精霊種であるが、アオは中でも群を抜いて長命であったらしい。もうとっくに終わっていたはずの寿命を薔薇姫の代わりを務めようと、無理に引き伸ばしてきたのだ。
私のもう一つの懸念は、この精霊達の種の存続だ。薔薇姫のような女王をどのように復活させたらいいのか、方法を見つけられないままであるが。
《私にお尋ねとは何でしょうか?》
「ええっと、変なことを聞くようだけど、あなた達が集めてくれる蜂蜜を嫌う者っている?好みの問題じゃなくて、なんて言うのかな。触れるのを恐れているって感じ」
《蜂蜜ですか‥?》
アオが考え込む。
《そうですね‥。考えられるとしたら、光を苦手とする闇の生き物でしょうか?》
「闇の?」
《ええ。我々は光と闇で言えば、光の生き物として分類されるのですよ》
人間は、光と闇、両方を持っていますが。淡々とそう言う。
私の様子がおかしいと思ったのだろう。アリーサがその場にいた全員を呼んできて、いつの間にか私達の会話を見守っている。
「生物学上の分類ではなく、概念としての分類ですね」
学者であるトールが補足する。
《光が闇を嫌うように闇もまた光を嫌います。闇の中でしか生きられないモノにとって、光は害にしかならないのですよ》
「例えばどういう?」
《そうですね‥》
アオが考え込む。
「身近な動物でいったら、蝙蝠などですね」
はふうと、気負った様子でまたもやトールが口を挟んだ。
「蝙蝠‥。そうね、そんな感じかも」
「違う生き物なのですか?」
「生き物と呼んでいいのかも分からない。あれは影の中を移動しているみたいだったから」
私はセトの部屋で目撃した怪異について皆に話して聞かせた。
「それは‥、どうも生き物とは違うものらしいですね。床の上の、影の中へと潜るなんて」
「魔法生物、もしくは魔獣でしょうか?」
アリーサが怖がって周囲を見渡す。魔法生物は害意がない生き物であるが、魔獣は違う。人を害するものであるので、見つけたら殺さなければならない。
《光を恐れる魔獣‥》
「私は聞いたことがありませんよ。確かにあいつらは主に暗い森などに生息しますから、光を好まないのは確かでしょうが、日中でも多数目撃されていますからね」
ただ、私の専門分野は大地の属性に関する魔法研究ですから、魔獣はそれほど詳しくありません。だから、単純に思いつかないだけかも知れませんが、とトールが言う。
《闇に生息する魔獣。もしかしたら‥》
「何か思い当たるの?」
《絶対とは言い切れませんが、おそらく潜蛇ではないでしょうか?》
「潜蛇?」
どこかで聞いたような‥。
「ああっ!」
トールがぴょんと飛び跳ねる。
「以前、私が研究についてお話した時に珍しいからとナツキ様に言った覚えがあります!」
そう言えばそんな気がする。地脈に棲息するとか言う。
《あれは地脈が棲みかで人前には滅多に現れませんが、召還魔法で稀に人が使役することがあると聞いたことがあります》
ただしーと、アオが声をひそめる。
《召還には代償が必要で、人の命だと言われています》
その場にいた全員が凍ったように動きを止めた。




