~表と裏~ 4
情報交換を終えてボルトの部屋を後にした俺は、終業直前の仕事の片付けを済ませ宿に戻ろうとした。だがなにやら事務所がとても騒がしい。それも鉱夫ではなく騎士が慌ただしく走り回っている。やがて険しい顔のボルトが、補佐らしい騎士を引き連れて事務所から現れた。周りの騎士はなにやらボルトを宥めるのに必死だが、当のボルトはそれを全く聞かずに黙々と歩いていく。
「おい、どうかしたのか?」
「ごめんなさい、今は相手してる時間が無いの。また会えたら、話しましょう」
……一体どういうことだ? 俺に視線を向けるも、すぐに向き直りボルトは早足で町の出口に向かう。引き留める暇も無く、そのまま歩き去るのを見ているしかなかった。
「隊長本気か!? あんなの殺されに行くようなもんじゃないか!!」
「だからってあいつ等を見捨てることも出来ないだろう!」
置いて行かれた騎士達は大声で揉めながらその場で右往左往している。一連の様子を見るに、何かが起こったことは明白だった。
「一体何があったんですか?」
「君は隊長と話していた…… なら大丈夫か、町の周辺に出ていた偵察部隊がリザードマンの集団に遭遇して捕まったんだ。怪我をした一人がさっき逃げ帰ったんだが、奴らの要求が『隊長が一人でやってくること』だって言うんだ。そんなの罠に決まっているし俺達は必至に止めたんだが、隊長は『私が責任を取る』って行ってしまったんだ」
さっきの形相はそれが理由か。人質を取られた以上、要求のままに動くのは非常にまずい。救出の手立てを決め、そこに相手を誘導しなければ最悪の結果になりうる。
「えっと、隊長さんが行った具体的な場所はどこですか?」
「町を出て鉱山を迂回した森の入り口だが、君が行ってもどうにもならんぞ」
「それでもここで何もせずに待っているよりはマシだと思いますよ」
宿に剣を取りに戻り、踵を返して町を飛び出した。何も知らないならともかく、知ってしまった以上は放っておけない。先行したボルトに追いつく為、俺は全力で走る。
木々が生い茂り夕日により闇が伸びていく森の入り口、俺が見慣れぬ地図を見ながら走り辿り着くと、森との境目でボルトが仁王立ちで前を睨みつけていた。
「おい、無謀過ぎるぞ! 一人で相手する気か!?」
「周りの子達に聞いて来たのかしら? アナタが来ても足手まといよ」
「素直に要求を呑んでも人質諸共殺されるだけだぞ、何か策はないのか?」
「いざとなったらアタシが奴らを殺し切るわ。例えあの子達を救えなかったとしてもね。アタシが殺されれば町にいる騎士達じゃ対応しきれない、半端な情で町を道連れにはできないわ。それが国を守る立場の責任よ」
俺の説得にも思い詰めた様に耳を貸さない、言葉ではそう言っているがその形相は怒りに燃え、今にも突っ込んで行きそうな雰囲気だ。
「その選択肢じゃどちらにしても後味が悪いぜ、どうだ? ちょっと手を借りてみないか?」
「……アナタに何が出来るの? 自惚れは身を滅ぼすわよ」
先程までと違い随分尖った物言いだが、ここで押されては誰の為にもならない。こういった場面で突っ走ってもいい結果に結びつくことは無いと言っていい。目の前で苦しむ憎めない奴が、後悔に潰されない為にも、ここは強引にでも協力を申し出る。
「それで突っ込んで皆死んで、お前が望むのはそんな未来か? 可能性があるなら、ハッピーエンドを目指そうぜ」
「……何か考えがあるのかしら」
そこまで押してようやくボルトは喰い付いた。やはり人質を見捨てるようなことはしたくないのだろう。俺は自分がにやりと笑うのを自覚しながら、人質救出作戦を提案した。
「って言ってもそんな大層なもんじゃないんだけどな……」
羽織っていたボロいマントを頭から被り、姿勢を低くしながら森を進む。俺が提案した作戦は至ってシンプル、要求を呑んだと見せかけてボルトが敵集団を引き付ける。その隙に俺が森の中を通って回り込み、背後から人質を奪還。最悪俺がバレたとしたら、その反応に気を取られた隙にボルトが一気に突っ込み敵の主力を鎮圧。乱戦の中で人質を救出する流れだ。
「おっと、あれが敵か……」
茂みに潜んで敵をやり過ごす。最初から身を隠していたおかげで悟られずに済んだが、敵は俺が村で斬った奴に似た怪物が5体に、リザードマンとか言ったトカゲ人間がわらわらと続いている。だがそれよりも気になったのは、人質が連れられていないことだ。
(ということは別の場所に隔離か…… ルートを追って探した方がいいな)
敵に集団が通り過ぎた後、俺はその道を辿って茂みを進んでいく。あれだけの集団が通るのだ、草は踏まれ小枝も折られる。分かりやすい痕跡を追いながら、今はボルトが時間を稼いでくれることを祈った。
暗い森の中を明かり無しに進むのはかなり大変だ。だが敵に居場所を知らせる訳にはいかない。用心を重ねて森を進むと、開けた空間が視界に入る。そこには縛られた騎士らしい男女が地面に固まって座り、数人のトカゲ人間が周囲を巡回している。
(人質は4人、敵は倍以上か……でも巡回ルートは重なってないな。一匹ずつ仕留めるか)
正直怪物相手に剣を振るうのは未だに慣れないが、それでも村のデカブツに比べれば俺と背が変わらない図体なのは気が楽だった。右手の傷に意識を集中し、右腕を黒い鎧に変える。幾つか建てられた掘っ建て小屋の影に入ったところを狙い、トカゲ人間の背後から首を斬り落とす。体には鎧を着込んでいるが、首が丸出しなのは分かりやすい弱点だった。斬った死体を茂みに引き込み、茂みを周りながら一匹ずつ斬っていく。こういうことは伝達される前に全て片付けないと厄介なことになる。俺は出来るだけ音を潜ませながら暗殺を続け、野営地と思われる場所に影が無くなったのを確認して、人質に近づいた。
(おい、助けに来た、そのまま静かにしてろよ)
(あんた誰だ!? 助けなのか!?)
慌てふためく騎士達に静かにするよう促しながら縛っていた縄を切る。このまま逃げられるかと思ったが、そこまで上手くはいかなかった。
「おい、交替の時間だ。……おい! どうした!?」
「大変だ! 誰もいないぞ!!」
「敵襲! 敵襲!」
遂にバレたか、俺は騎士達に辿ってきた道を示して今度は大声で叫ぶ。
「その道を真っ直ぐ走れーッ!! 後ろに気を取られるなよ!!」
トカゲ人間達の装備は皆軽装で、手にした武器も量産品の粗雑な剣の様だ。俺は数度剣を叩き付け、時間を稼ぎながら道を下がっていく。大きく剣を振り抜いて纏わりついていたトカゲ人間を吹き飛ばすと、俺は逃げる姿勢に切り替え、全力で闇の森を走っていく。捕まっていた人質は衰弱していたのか、しばらく走っていると前方に後ろ姿が見えてきた。更にその先に、全身傷だらけで血を流すボルトの姿があった。襲い掛かる怪物達の攻撃を潜り抜ける様に動き続けているが、ほぼ全方位からの攻撃には対応できずに何度も斬られている。
「隊長!!」
「隊長! 俺達のせいでこんなことに……ッ!!」
「ボルト!! 人質は救出したぞ!! こっちは任せて後は好きにしろ!!!」
もうどれだけ攻撃に晒されただろう。あの子達の安全が分かるまで、ここで凌がなければならない。襲い掛かる何十もの剣を、急所に当たらないことを最優先に躱していく。それでも振り下ろされる剣は体を容赦なく切り裂いていく。致命の一撃は無くとも、流れていく血は地面を染め、長くはもたないと直感で理解させられる。あの子達を無視してこいつ等を殺した方が、帝国にとっては正しいだろう。それでも、大事な部下を見捨てることはできない。上っ面の責任感で格好つけても、諦めることはできなかった。この選択をした以上、なんとしても時間を稼ぐ。そしてその時は来た。森の奥から走ってくる見覚えのある部下と生意気な少年。体に似合わぬ大きな声で頼れるセリフを言ってくれる。
(さぁ、ここから反撃よ……!!)
「マギナイト兵装、起動。よくも胸糞悪い真似してくれたなァ!?」
流れてくるトカゲ人間の剣を捌いていると、そんなボルトの低い声が聞こえてきた。その方向に目を向けると、両手足のリングから白い光を放ち、宙に浮かぶボルトがいた。次の瞬間、白い光をジェットの様に噴出し凄まじい速さで飛び出して、雷を纏った拳と蹴りを怪物達に叩き込んでいく。怪物達はその破壊的な衝撃にまるで紙切れの様に吹き飛んでいった。その暴れっぷりに抑えにいったデカブツでさえ、頭や腹に一撃喰らうだけで地に沈んでいく。俺の方に回っていたトカゲ人間もその光景にひどく驚き加勢に向かうが、先に倒れた同朋と同じ結末を辿って行った。俺が昼間に戦ったのは別人じゃないかと思う程に圧倒的で、群がる敵をあっという間に薙ぎ倒していく。やがてその場で動いているのは俺達だけとなり、それを確認したボルトはようやく落ち着いて、こちらに歩み寄ってきた。
「アンタ達!! 油断して捕まった結果がこれだけの事態になったのよ!! 帰ったら訓練のやり直し!!!」
「「「「はい! 申し訳ありません!!」」」」
ボルトは傷だらけのまま、部下達に大声で叱責する。だが、
「全く、でも、無事でよかったわ……」
付け加えるようにぼそり言ったその言葉は、誰よりも部下を心配し、ようやく胸を撫で下ろした上司の穏やかな言葉だった。
「世話になっちゃったわね、大したお礼もできずにごめんね?」
「いやいや、一週間分の給料と変わらんぐらいお礼貰ったし、こっちが勝手にやっただけだから気にすんな」
一週間の仕事を終え、今回の騒動の謝礼金と給料を手にした俺は、再びバルカニアへ向けてパラニラを出発する時を迎えた。
「新入りが居なくなると寂しくなるなぁ」
「旅が上手くいくといいな」
「元気でな! なんかあったらいつでも帰って来い」
わざわざ先輩達も見送りに駆けつけてくれた。金稼ぎのほんの通過点のつもりだったが、パラニラはこの世界で生きていく中で、とても大きな支えになってくれた。
「バルカニアに行くなら次に通るのはストーラね、あそこはあんまり治安が良くないから気を付けてね」
「治安が良くないのが分かってるならなんとかしてくれよ隊長さん……」
嬉しくない情報に思わず冗談めかして愚痴を零したが、俺の言葉にボルトは複雑そうだった。
「……そうね、国の安定の為に尽くすのが騎士の務めだものね」
何やら気になる反応だが、出発の時間も迫り、俺は町を出ることにした。だがその際に、
「今後の帝国には少し気を付けなさい。アタシも分からないけど、アナタを中心に何かが起きてるわ……」
ボルトにそんな不穏なことを耳打ちされた。銀髪女に繋がる微かな手がかりは得たが、気になることも増えていく。なんにせよ、先に進むしか道は無い。次の目的地を目指し、再び道を歩いていく。
「報告は以上です」
「アミナ方面における魔族の殲滅、ご苦労だった。そしてボルトの報告、このままでは変化がありませんが、どのようになさいますか? 陛下」
「……ストーラにクリスを向かわせろ。反乱分子の鎮圧を行わせ、奴がどちらに付くか。それ次第だな」
百舌の報告を受け、皇帝とその側近は表情を変えずに次の指示を出す。薄暗い玉座の間には、その威圧感をそのままに皇帝が座していた。
「人と魔族、未来はどちらにあるのか。この世界も残酷なことをする」
「貴様、勝手に軍を動かした様だな。いくら協力者と言えど、自由な立場ではないと理解できていないと見える」
「恐れ多くも“クイーン”、私は好機を見逃さず侵攻を提案しただけです。結果は失敗に終わりましたが、籠っていても状況は変わりませんよ?」
……本当に気に入らない女だ。60の兵が散ったというのにこの態度、銀髪を翻してゆっくりと歩き去っていく。お互いに利用している以上、こちらも動き出さなければいずれこの異物に取り込まれるだろう。
「……浸食される前に動くだけだ。我々が生き残る為に」




