~表と裏~ 3
「さて、じゃあ何から説明してもらおうか」
「そうねぇ、じゃ陛下が何故アナタを調べたのかを説明しようかしら。国の外れの村で、オークの集団に襲われて一人の少年が亡くなったのが事の始まり。その報告を受けてバルカニアから調査と護衛の騎士が派遣されたんだけど、着いてみたらトロールの死体に家を直す住民達。最悪村が乗っ取られてるのを覚悟してたんだけど、想定外の事態に現場の騎士は混乱したわ。調べたらその騒動の中心は死んだはずの少年だった。ひ弱だった只の少年が、生き返り、その上トロールを倒した。陛下はそこに興味を持ったのよ」
確かに話で聞くととんでもない内容だ。この体になった俺も大混乱だったが、そりゃ周りからしても意味の分からん事態だよな。俺があの時を思い出していると、ボルトは更に続けた。
「死者を蘇生する魔術はあるけれど、実際に成功した例は存在しないの。もしその初めての成功例だとしたら、それを行った魔術師は誰なのか、そう思ってたら生き返った少年の中身が違うって言うじゃない。全てが前代未聞の事態に、陛下は直接調査を命令した訳よ。だからイレギュラーの存在がどんな力を持っているのか、そして帝国の敵かどうか、それを調べたかったの」
「それにしたっていきなり殴るのはどうかと思うがな」
事情はなんとなく分かったが、突然襲われたことは腹が立つ。抗議するように言葉を割り込ませると、相変わらずの反応が返ってくる。
「あぁんもうそこはあんまり言わないでよ。ウチの陛下ったら理論的な話より拳で語り合うタイプの方なのよ。だから直接戦って実感を込めて報告しないとアタシが怒られちゃうの」
そういや皇帝って100年前の戦争の生き残りだっけか。……んん? 100年前の戦争? ってことは100歳を余裕で超えてるってことか!?
「おい、その皇帝って戦争の生き残りなんだろ? ってことは100歳越超えて尚も現役なのか!?」
「陛下ったら魔術ほとんど使えないのに肉体強化の魔術は使えるのよ。それに加えて元々持ってる魔力は凄まじい量なのよね。だから今も見た目60歳くらいにしか見えないわよ。それにこの帝国では間違いなく最強ね」
想像を高跳びで超えるような存在を耳にして驚きのあまり声が出ない。本当に人間なんだろうか。
「ここ最近魔物の動きが活発でね、国境付近の村や町にちょっかいを出す頻度が高くなってるのよね。そんな時に正体不明の存在が現れたら敏感にもなるでしょ? だからこの通り、許して頂戴?」
両手を合わせてボルトは許しを求めてきた。……まぁ国の重要なポジションなら命令には逆らえないか、こう見えて悪い奴じゃないみたいだし帝国にマークされる様なことは避けたい。ここはお互いの事情を話して穏便に済ませるか。
「こことは違う世界……死神……銀髪の魔女…… 凄い、何がなんだかさっぱりだわ」
「ああ、俺もさっぱりだわ。でも事実だから今ここにいるんだよな」
向こうの事情を聞いたところでこちらの事情も話しお互いの立ち位置を確かめる。俺は仇の銀髪女を追えれば皇帝に噛みつくつもりはないし、向こうとしても国に逆らったりしなければ問題ないはずだ。というか俺如きがこいつより強いらしい皇帝に逆らうなんぞあり得んだろう。
「ま、そちらの目的も分かったし、アナタの力も見れてアタシは満足かしら」
「ついでになんだが、世界を越えるくらい凄い魔力を持った銀髪の女って心当たりないか?」
帝国のお偉いさんだし何かしらの情報を持ってるかもしれん。それくらいの気持ちで聞いたつもりだったが、俺の言葉を聞いてボルトはしばし黙り込む。
「……それはアタシの口からは言えないわね。知りたければバルカニアまで行って『第七部隊の隊長』に聞きなさい。……それはとても残酷なことだけど、どうしても知りたいならそれしかないわ」
それまでの明るい口調から一転して静かに重くボルトは言った。そこにどんな事実があるのか、それは予想もつかないが、俺にとっての何よりも重要なことだ。そこまで聞いて、俺は部屋を後にした。
「なんていうか、複雑なのねぇ……」
「放置してよかったのか? ボルト」
部屋の隅、影の中から忍者装束の一人の男が現れる。この登場はいつも心臓に悪い。
「ちょっと百舌ちゃん、黙って聞いてるなんて人が悪いんじゃない?」
「奴を見極めろと陛下から命を賜ったのはお前だ。俺はその報告を聞きに来ただけだ」
皇帝陛下直属第三部隊の隊長、それがこの『百舌』だ。諜報部隊である第三部隊を率いて、自らも国内のあちこちに飛び回る。必要があれば無慈悲に音も無く障害を排除するその戦い方は、敵にとって恐怖の代名詞だ。
「聞いてたなら分かるでしょ? あの子は“帝国”の敵にはならないわ」
「……その言い方は少し引っかかるぞ、報告の仕方を考えろ」
無愛想な顔が少しだけ歪む。そのはずだ、今回のこの命令、どうにもアタシは腑に落ちない。懐柔にしろ殺害にしろ、立ち位置を決めるならそれでいいはずだ。だがそのどちらでもない“見極めろ”という言葉。近年の税や守備隊が、地域によって明らかに差があるのもそうだ。ここ数年の陛下は、人類の味方でありながら、敵になろうとしている。もちろん証拠なんて何もない、しかし漠然と心を覆う不安感はアタシに付き纏って離れない。
「……ごめんなさい。陛下が治める帝国の敵になるとは考えにくく、力も取るに足らないと、陛下には報告して頂戴」
「……それでいい。それともう一件、お前がパラニラ周辺に出していた偵察部隊がリザードマンの部隊に捕らわれた。部隊は50を超えるリザードマンと5体のトロールで構成されている。早く救出しなければ、殺されるだろうな」
さらりと百舌が告げる情報にアタシは目を剥いた。奴らの領域には深入りせずに様子を窺うだけだったはずなのに、予想より早く奴らが町に迫っているのか。
「アンタそれを知ってて何もしなかったの!?」
「俺には別に皇帝から賜った命がある。それに部下の失敗に責任を持つのは上司の仕事だろう」
百舌は平然と言い放ち、ドアに向かって歩いていく。部屋から出る前に、
「お前ならば余裕だろう? 俺がやったら皆殺しにしかねん」
そんな不穏な言葉を残し、アタシの部屋を後にした。一刻も早く救出作戦を練らなければ。どの地点で何が起きたのか、地図を広げ思案していると、部屋の中に傷だらけの部下が事務員に連れられアタシの部屋に入って来た。
山の麓の森の中、設営された野営地で、我々は夜を待っていた。縛り上げた人間共を中心に置き、斥候によって敵勢に生き残りが帰還した報告を受ける。
「カカカカッ、これで奴らは我々と正面から戦えない。隊長さえ殺してしまえば残りは物量で呑みこまれる」
「ここを奪い奴らの国を切り崩すぞ。我々が生きる為だ、どんな手でも使ってやる」
捕虜の人間共が怒りの目を向けるが、そんなことに構っている余裕は無い。我々には元よりこの世界に居場所は無い、ならば奪うしかないのだ。
「日没を待って山を迂回し、奴らの町に侵攻する。お前らトロールと我々の仲間40匹が進むがいい、儂と残りはここで人間共を捕らえておく」
「ご老体に隊長相手は辛かろう。そいつらは貴重な人質だ、目を離さないようにしてくれ」
隊長クラスの力は強大だ。決して油断せず、そして万全な策の上で排除する。ここで作戦を成功させれば我々にも勝利が見えてくるのだ。魔族の未来の為に、我々は歩みを進める。




