~表と裏~ 2
「おーい新人、なんか事務所に来てくれってよ」
「はい、分かりました」
仕事も数日が過ぎ、作業にも慣れてきた頃に突然事務所に呼び出される。時間が合わなかったのか“兄貴”とやらに挨拶出来てなかったし、このついでに事務所で探してみるか。そんなことを考えながら向かうと、いつも仕事で寄らなかった事務所の更に奥に通される。見るからにお偉いさんの部屋って感じだ。
「失礼します」
「どうぞ」
ドアをノックしてドアを開けると、大柄の男が立派なデスクの脇に立っていた。服は白スーツの様な騎士の装いで身長は2メートルくらいあるだろうか、浅黒い肌に筋骨隆々の体、短い金髪を綺麗に整え、見るからに立場の高い人物だとうかがえる。両手足に白い角ばったリングをしているが、装飾品の類だろうか。とりあえず呼び出されたのはここで合っているのか聞いてみることにした。
「えーと、なにかご用ですかね?」
「アナタが『竜一』君ね? 色々と話は聞いてるわよ。トロールを斬ったらしいじゃない、まだ小さいのにやるわねぇ」
……? なんだか言葉遣いが、ひょっとしてこの人って。
「……はい、俺は竜一です。えっと、勘違いだと申し訳ないんですけど、男性ですよね」
「もう! はっきり言わないでよ! 心は乙女なんだから……」
あー、やっぱりか。こっちの世界でもいるんだな、オカマの人って。いきなりの衝撃に一瞬思考が止まったが、そういえば俺は呼び出されたんだった。話を戻して用件を済ませよう。
「あっと、話が逸れてすみません。何かご用件ですかね」
「そうよそうそう、アナタの力について、ちょっと皇帝からご命令を賜ってね? 内容は二つ、一つはアナタの力がどの程度のどんな力なのか。もう一つは……」
皇帝から命令って言ったか? 歩きながら俺の前まで近づき、男性はそこまで言って動きと言葉を止める。どうしたのかと反応を待っていると、
「アナタが帝国の敵になるか否か」
「はっ? ぐおっ……!!」
その言葉と同時に凄まじい拳が俺を襲う。咄嗟に両腕で顔を守ったが、その拳は村で戦った怪物の大剣と大差ない衝撃で、俺の体は部屋の窓をぶち破って事務所前の開けたスペースに放り出された。
「不意打ちのつもりだったのにやるじゃない。正直ゴブリンくらいなら今のでも気絶するんだけど、ちょっと自信なくしちゃうわ」
「がはっ……! いきなり何しやがるテメェ!!」
両腕が衝撃でジンジンと痺れ、叩き付けられた背中が痛むが、それよりもいきなり殴りつけてきた相手を視界に捉えておく為に立ち上がる。男は軽く窓枠を飛び越え、俺の前までゆっくりと歩み寄ってきた。
「自己紹介が遅れたわね。アタシは『ボルト・ブライト』。皇帝陛下直属第六部隊の隊長をやってるの。アナタを見極めるために、少し付き合ってもらうわよ?」
「勝手に何言ってやがるッ…… くそっ、聞きやしねぇ!!」
それ以上俺は喋れなかった。一気に踏み込んできた男が風を起こすような速度で何度も拳を振るったからだ。必死に避けようとするが、辛うじて顔への直撃を避けるのが精一杯で、その拳は掠るだけで皮膚が軽く裂ける程だ。
「中々いい反応ね、それじゃもうちょっと上げてみましょうか」
「チッ、訳が分からねェぞ!!」
不穏なことを言い残し、俺の目の前で殴り続けていた男がいきなり姿を消した。いや、消えたのではない。凄まじい速度で俺の周りを移動し、視界の外から殴りと蹴りを放ってくる。俺が村で怪物相手にやった方法と似てはいるが、スピードとパワーが違い過ぎる。防御しようにもどこから拳と蹴りが飛んでくるか分からない。
「がっ…… くそっ……」
「トロールを斬ったっていう力は使わないのかしら?」
正直これだけ襲われていながら、驚くほど攻撃から殺意が伝わってこなかった。自分や誰かが殺されるかもしれないならあの力を使うのも考えるが、威力の違いがあれどまるで空手の稽古のような攻撃に、俺はどうしたらいいか迷っていた。そんな風に思いあぐねていると不意にこれまでより重い一撃が腹に入り、俺は廃棄された岩石の山に吹き飛ばされた。
「うーん、中々やる気になってくれないわねぇ。もう少し煽った方がいいかしら」
「……ぶはっ! いきなり襲っておいてそっちの都合で話すんじゃ、ねぇよ……」
岩石を押し退けながら顔を上げると、俺は再び言葉を止めてしまった。男の両手に激しい光が現れ、稲妻の様に周囲へ伸びては消えを繰り返していたからだ。
「アタシ、雷撃系の魔術得意なのよね。これでも出し惜しみするかしら?」
「おいおい冗談じゃねぇぞ……」
魔術をこの目で見たのは初めてだったが、まるで銃を突きつけられたような恐ろしさだ。喰らえば死ぬ、そんなひどく具体的な恐怖が俺をその場に縫い付ける。凄まじい光の量に、作業中だった鉱夫達も何の騒ぎだと遠巻きに集まってきた。
「さ、そろそろ見せて頂戴? アナタの切り札を」
その言葉を切っ掛けに雷光が激しさを増していく。稲光が鉱山と地を走ったその時、野次馬の鉱夫達がいる一角の背後に亀裂が現れ、岩肌が崩れ始めた。
「うわっやべぇぞ!!」
「おい逃げろ!!」
「気を付けろ! 兄貴の魔術に当たっちまうぞ!」
そこに居たのは同じ作業場の先輩達だった。このままでは崩れ落ちてくる岩に押し潰される、そう思った時には体が飛び出していた。右手を強く握り、手の甲に意識を集中する。右手から赤黒い炎が駆け上がり、右腕が黒い鎧に変わる。先輩達の間をすり抜け岩の前に飛び出し、なんとか落ちる前に受け止めることができた。
「くっそッ……重すぎるッ……」
受け止めている間に先輩達は逃げることが出来たようだが、思ったよりも岩が重すぎる。放り投げることもできずにゆっくりと膝が折れていく。このまま潰されるのか、冷や汗が頬を伝った時、後方から凄まじい速さで何かが飛んできた。閃光の様に突っ込んできたそれが先程から相手にしていた男だと理解したのは、目の前で岩が砕け散り、思わずへたり込んだ俺の前に降り立った、恐ろしい迫力の後ろ姿を見た後だった。
「いやぁー!! アタシったら得意だって言っておきながら作業員を巻き込むなんて! はぁ、これは反省ね……」
岩を粉々に砕いたその光景とのギャップに思わず黙り込む。俺が座り込んだまま呆然と眺めていると、
「でも、アナタが敵じゃないことは分かったからまだ良かったかしら。助けてくれてありがとうね。いきなり攻撃しちゃってごめんなさい」
そう言ってボルトは俺に手を指し出して助け起こす。その手を取り立ち上がるが、どうやらもう攻撃する意思は無いらしい。この腕で戦う必要は無さそうでよかった。そういえばどうやって戻すんだ? 試しに俺は再び右手の甲に意識を集中した。すると黒い鎧から元の腕に戻り、そこには変わらぬ×印の傷が現れる。どうやら使う時と同じ方法でいいらしい。右手を握って開いて感覚を確かめていると、すぐ傍に先輩鉱夫達も集まってきた。
「おい新入り大丈夫か!?」
「っていうか一体何がどうなってこういうことになったんだ?」
「いや、まずは新入りに礼を言おうぜ」
なんであのような事態になっていたのかを知らない先輩達は、ボルトと俺を交互に見ながら話を聞こうとしたりお礼を言ったりと忙しない様子だ。とりあえず怪我は無いようだな、先輩達の様子に一安心したところでボルトに視線を戻す。どうやら先輩達を巻き込んでしまってばつが悪い様だが、ここで曖昧にする訳にはいかない。そもそも何故俺なんかが皇帝に目を付けられているのか、それは今後の旅を大きく左右する事項だ。果たして敵か味方か、その真意を確かめようと、俺はボルトに話を促す。
「おい! いきなりこんなことしておいて謝って済むと思うなよ。話を聞かせてもらうからな」
「あら、普段の喋り方は顔に似合わずワイルドなのね。そっちの方が好みだわ。ちゃんと説明するから安心してOKよ」
なんというか相手にするのが疲れる奴だ。先輩達には作業に戻ってもらい、俺達は窓をぶち破ったボルトの仕事部屋に場所を移して、一体何が起きているのかを確認することになった。




