~表と裏~
首都バルカニアから徒歩で一週間の場所。最初は鉱山で働く労働者達の宿が固まっているだけの集落だったが、食事処や商人の住居が集まり出し徐々に大きくなったのがパラニラの成り立ち、らしい。なんでも鉱石の需要がここ十年で大きく伸び、その規模はどんどん拡大したとのことだが、その場所は採掘が始まる前は魔物に占拠されていたそうだ。地図を片手に村とパラニラを繋ぐ道を歩いていく。
「しかし、おっもい……」
自分で見繕った荷物の他に、エミリオの父親に念のためと怪物を斬るのに使った剣を持たされていた。だが、この体には少し大き過ぎるようだ。なんとか歩みを進めているが、背中の荷物に括った剣が地面を擦りそうになる。しかし、荷物も含めて結構な重量だが、歩けていることに少し驚く。最初、カロンに力を貰う前は怪我をしていたとはいえ、小さい怪物にあっさり剣が受け止められるくらいの筋力だったが、あの戦いの後から、身体能力が向上したように感じる。これもあの“呪い”の作用なのか。
「今は、日が暮れる前に、町に着かなきゃな……ッ」
日没後の移動が危険なのは俺でも分かる。俺は休憩を削って歩き続け、日没寸前にようやく噂のパラニラに着くことができた。
「あぁーっ、クタクタだよ。こんなに歩いたの久しぶりだな…… それより宿をどうにかしないとな」
町の中央、鉱山の入り口まで貫くように大きな道があり、その両脇に食事処、商店、酒場が大いに賑わっている。夕方なこともあってか仕事終わりの人が溢れ、そこかしこでどんちゃん騒ぎだ。空腹も手伝って漂ってくる旨そうな香りにとても惹かれるが、まずは宿を確保しなくては。そこらじゅうの飯屋に後ろ髪を引かれながら、宿を探すのだった。
「はぁ~、疲れた~。これでやっと落ち着ける」
町中を小一時間歩いてようやく予算と見合う宿を見つけ、部屋でごろんと横になる。。村を出る際にお礼として幾分かお金を貰っていたが、やはり稼がずに旅をするには厳しい予算だ。怪我は治りきっていないが、この町でしばらく日雇いの仕事でも探して金を稼ぐか。まさかこんな世界で日本円が流通しているとは思わなかったが。
「仕事かい、随分若いように見えるけど、そんな体で大丈夫かい?」
「こう見えて慣れてますんで大丈夫です。出来れば一週間くらいの短期で仕事したいんですけど」
鉱山麓の事務所らしき場所を訪ね、何か仕事が無いか問い合わせる。窓口のおっさんは値踏みするように俺をじろじろ見ていたが、やがて後ろを向いて書類をガサガサと漁ると、一枚の書類を指し出した。
「この書類に記入して持ってきな。一週間の限定だが、誰でも出来る鉱夫の仕事だ。周りに迷惑かけたら減給だからな」
「はい、ありがとうございます」
限定とはいえ働き口を見付け、ようやく安心できた。とりあえず記入を済ませ、おっさんに書類を提出する。『エミリオ』の名前だと色々ややこしいし迷惑が掛かるか、名前は『竜一』にしておくことにした。
翌日午前7時、鉱山の事務所前に鉱夫が集合し、朝礼を行う中で自己紹介して作業に入る。仕事の内容は至ってシンプルで、指定された場所の石を掘る、それだけだ。現場が鉱山ということもあって相当過酷であると覚悟していたが、意外にも休憩や交替がしっかり整えてあり、きつくはあるがいい仕事だと感じた。
昼の休憩に入り近場の飯屋に昼飯を食いに行く。現場が一緒だった数人と空いている所を探し、何とか空席に滑り込んだ。
「しかし『竜一』ってのはここいらじゃ珍しい名前だな、顔を見るに日本の出身って訳でもないだろうに」
「ま、そこは色々あるんだろう、余計な詮索は野暮だぞ」
「新入りよう、しっかり食っとかないと昼から持たないぞ。ずっと鉱石掘るんだからな」
目の前で大きなサンドイッチを頬張りながら、一緒に作業している鉱夫達が俺に話しかける。この名前についてどう思われるか少し心配だったが、思いの外すんなり受け入れられて驚いた。そういえば気になっていたことがある。
「そういや俺達が掘ってる“鉱石”ってどんな物なんですかね。村から出てきたばっかで何も知らないんですよ」
ずっと採掘をしている“鉱石”。ぼんやりと青白い光を放つ以外は普通の石ころに見えるそれを、この鉱山では熱心に集めている。俺は余計なやり取りを省こうと、何も知らないということでその理由を聞いてみた。
「あれは“マギナイト鉱石”ってもんだ。元はただの岩石だが、長い時間魔力を浴び続けて岩石自体に魔力が宿った代物らしい。なんでも魔力を流し込むと液体状の流体が出るらしいが、俺達みたいな素人じゃ何の反応もない。ま、俺達は上に言われた通りに採掘しとけばいいのさ」
鉱山の町と聞いててっきり鉄か銅あたりだと思っていたが、何やら“マギナイト”なる聞いたことの無い物らしい。魔力が関わっているのは、この世界ならではといったところか。俺も先輩鉱夫達と同じくサンドイッチを頬張りながら、改めて世界の違いを実感していた。
「よーし、これで今日のノルマは終わりだ。一応終業時間までは少し時間があるから、もうちょっと追加で掘っていくぞ」
昼食後作業に戻り、ツルハシと杭とハンマーで岩を砕き続けた結果、無事ノルマを達成し鉱山を後にした。やはり作業には機械を使わず、全ての作業は人力で行っていた。マギナイト鉱石といい、馴染みのない風景、作業の連続に夢ではないかと錯覚しそうになるが、この世界でこそあの仇に近づける。まずは追跡に不自由しない環境を整えて、着実に痕跡を追わなければ。
「おう新入り、お前がいる期間は短いが歓迎会だ。この後大通りの入り口に集合な」
「この町の旨い飯屋も知らないだろ。行きつけの店教えてやるよ」
「あ、ありがとうございます」
一週間という短さもあり作業場の人達と親しくなることはないと思っていたが、現場の先輩達はとても好意的で、作業に慣れずにもたついている俺にコツを教えてくれたり、今の様に食事に誘ってくれたりととても親切だ。鉱山とか工事現場というと時間とノルマに追われるという勝手なイメージを抱いていたが、現場全体の空気も穏やかで、だからといって緩んでいる訳ではない良い雰囲気の職場だ。
「じゃあ一週間の新人に乾杯!」
「ちっこい体の割に中々動けるじゃねぇか。もっと長く居てもいいんだぜ?」
「はっはっは! ノルマは増えていくけどな!」
先輩方に連れられ、酒場で歓迎会となった。食事は向こう側と大きな差は無く、出てくる食事は洋食でどこか見覚えがある物だ。魚のオーブン焼きをつまみながら、楽しく机を囲む。一応エミリオの体が十代ということもあり、酒は控えるが。
「ここらへんいつも賑わってますけど、いつも皆飲みに出るんですか?」
「そうだな、他に遊ぶところもないしな」
「ここで働いてる奴らは店の従業員か出稼ぎの鉱夫だから酒飲んで飯食うくらいしか楽しみが無い」
「給料は良いから文句ないけどな!」
確かにこの町に来てから物価を見て仕事を選んだが、鉱山の仕事はとても割のいい仕事だ。正直ここでしばらく仕事をしておけば、少しはのんびりできる程度に稼げるはず、出稼ぎの鉱夫が多いのもそのせいだろう。
「いやぁ、ホントここで稼げるのは兄貴のおかげだな」
「兄貴がいなけりゃ今頃もここは魔物の巣窟だろうしなぁ」
「最近は魔物に動きがあるらしいが、兄貴がいれば大丈夫だろう」
「……すいません。“兄貴”って誰ですか? なんか凄い人みたいですけど」
パラニラの状況を聞けたところで、先程からちらほら耳にする“兄貴”という人物について聞いてみる。それらしい人物を見かけていなかった俺は、なんだか随分慕われているようなその人物が少し気になっていた。
「おお、そういえば兄貴のこと知らないのか」
「俺達が兄貴って呼んでるのは『皇帝直属第六部隊 隊長 ボルト・ブライト』兄貴のことさ」
……なんだかまた分からん用語が出てきたな。後半の方は人名として、頭についていた部隊長みたいな肩書きはなんだろうか。
「えーと、皇帝直属の部隊で隊長をしてるんですか?」
「そんな単純なモンじゃねぇ。このバルカニアのトップは皇帝だが、その下に役割分担された七つの部隊があるんだ」
「兄貴が隊長を務める『第六部隊』は“攻撃部隊”。魔物との戦いで先陣切って主力を担う部隊さ」
「そもそも皇帝直属の部隊は騎士だけで構成されたエリート集団だからな。そのトップで活躍する兄貴は凄いってことさ」
どうやら物凄いエリート部隊のリーダーらしい。さっきのセリフから想像するに、ここを根城にしていた魔物を倒して人間の領地にしたのも“兄貴”率いる第六部隊なのだろう。皇帝の命令ではあるだろうが、最前線で戦って魔物を倒す姿はやはり憧れの存在なのだとか。
「そういや、明日は兄貴がバルカニアから帰ってくるんじゃねぇか?」
「おお! お前も挨拶しておけよ新入り」
「まぁ初めて会った人間は皆驚くけどな……」
噂の“兄貴”の武勇伝を肴に先輩達の酒は進み、その日は大盛り上がりの歓迎会となった。




