~白と黒~
谷沿いにある峠の町ストーラ。道沿いの木々は徐々に少なくなり、足元の傾斜は反比例するように険しくなっていく。そんな山道を一時間程歩くと小さな町並みが見えてきた。遠目には人の姿が見えず、なんだか寂れた印象を受ける。
「山道はキッツいな…… 人気が無いけど、ここでいいんだよな?」
町に着いても見かける人はおらず、思わず心配になって地図と見比べてストーラの位置を確認する。うむ、間違いない。治安が悪いって聞いてたけど、こういう寂れた町で治安が悪いって言うとかなり危険な感じだ。都会で治安が悪いなら人目が多い場所などまだ身を寄せる所があるが、こういうタイプの場所は町ごと危険なこともある。だがバルカニアまで一気に到達できる距離でもない。ここはやむを得ないか……
「まぁ、宿くらいあるか。今晩大人しくして、早朝出発するとしよう」
時刻はまだ夕刻前、夜が来る前に一先ず宿を確保しよう。出来るだけ人通りの多い場所を歩こうとするが、そもそも人がおらず不安が大きくなる。時折見かける商店には胡散臭い親父が座り、ようやく見かけた人影もすぐに建物に入ってしまう。看板を頼りに町を歩き回り、ようやく宿に目星を付けたその時、思わぬ事態に陥る。
「おっと、ごめんよ!」
小さい子供が俺に当たって走り去っていった、それ自体は問題ではないのだが、
「……やっぱりか、財布が無い。あのクソガキ……」
嫌な予感がしてポケットを確認すると、財布を盗まれた様だ。しかもかなり手馴れている様で、俺の視界に入ったのはぶつかる寸前の一回だけ。つまりその前から様子を見られて、財布の位置を確認されていたらしい。
「元警察舐めんなよ? この町の構造だと……」
あれくらいの歳だと裏路地に入って中身を確認するはずだ。この町は平屋の小さい家が多く、細い道が入り組んだ構造になっている。近くの小屋から屋根に上って辺りの様子を窺うと、俺が先程まで居た場所から繋がる小さな路地がある。
「ちょっと見てみるか……」
姿を死角に隠しながら路地の奥を覗くと、小さな子供が俺の財布を開いて中身を確認していた。大当たりだ。
「お! あの兄ちゃん思ったより持ってるじゃん!! これでしばらくは大丈夫だな~」
「何が思ったより持ってるだコラァ、いい度胸だなこのクソガキ」
財布の中身に気を取られている間に忍び足で近づき、逃がさないように襟首を掴んで声を掛ける。完全に財布にしか集中していなかった様で、俺に掴まれるとひどく驚き騒ぎ出した。
「おわぁ!? 話せよこの! なんでここにいるんだよ!?」
「お前くらいのスリなら直ぐに獲物を見たくなるからな、現場の周り見とけば捕まえられんだよ」
ガキから財布をひったくり中身を確認してポケットに入れる。ガキはひどく不満げに俺を見ているが、金を恵んでやる気は更々無かった。まぁこんな町だしガキが盗みを働く理由なんて大体決まってるが。
「ったく、金はちゃんと働いて稼げよ。盗むなんて自分の首を絞めていくだけだぜ」
「仕方ないだろ! 母ちゃんは男とどっかに行っちまったし、父ちゃんは酒呑んでばっかりだし。自分が生きていくには自分で稼ぐしかないんだ」
予想はついていたが、本当にろくでもない状況らしい。世界は変われど、どこでも荒んでいるとこはあるのだと肝に命じておこう。しかし、盗みで生きていくのはどうあっても厳しいはずだ。俺は働き口でパラニラを思い出し、目の前のガキに薦めてみる。こんな歳の子供でも盗みで生きていくよりはマシなはずだし、あの町なら受け入れてくれるはずだ。
「パラニラで働くのはどうだ? あそこなら鉱山にしろ店にしろ、人手を募集してるはずだぞ」
「そりゃまともに仕事した方がいいに決まってるけど、そういう訳にもいかなくて……」
俺の提案に少年はなぜか口ごもり、俯いてぶつぶつと呟いている。働くのが嫌って雰囲気でもなさそうだが、何か働けない理由でもあるのだろうか。
「おい、なんか働くのに都合の悪いことでもあるのか? こんなとこで盗みしてるよりいいだろ」
「そ、それは…… 言えない……」
ここまで関わるとその理由が気になってきた、このまま放置して再犯されるのも寝覚めが悪いしな。俺は少年を咎める言い方から問題を解決する言い方に変え、改めて少年の抱える問題を問いただした。
「ここで俺に捕まったのもなんかの縁だ、盗みを辞めるいいチャンスだと思えよ。染みついた癖は治らねぇぞ? 少しは役に立てるかもしれないし、話してみろって」
「……騎士達に言わないって約束してくれるか?」
俺の言葉にしばらく迷った後、少年はそんなことを口にした。騎士に内緒ってことは、あんまり大っぴらには出来ないことって訳か。盗みをしてる時点で内緒も何もないと思うが、俺は少年に秘密を守ると約束し、とある場所に案内された。
「こんなところ通るのか? もう町から出てるじゃねぇか」
「いいから来いって、もうちょっとだから」
別の路地から小さな隙間を通って谷の内側に繋がる道を歩く。場所の割に大きな道で助かったが、もしも谷に落ちてしまったらと想像すると寒気がする。そんな心臓に悪い道を終えると、そこには洞窟の様な空間があり、そこかしこに物が置かれた様子はまるで子供の秘密基地だ。そんな空間の奥に、何かが動く影がいる。もぞもぞと動くそれは、ゆっくりとこちらに向かって動き、やがて入り口からの光に晒されてその姿を現した。
「なんだこりゃ? でっかいトカゲ!?」
「トカゲじゃないよ! ドラゴンの子供さ!!」
少年が重そうに抱え上げて見せたのは、体長60センチはある大きなトカゲ、もといドラゴンだという。ドラゴン、ファンタジーに詳しくない俺でも聞いたことはある。だが俺の知ってるドラゴンって言うと、大きな翼で羽ばたき、長い首を蠢かせて灼熱の炎を吐く。そんなイメージだったが、そんな生物にも幼体の時期というのはあるのだろうか。そもそも本当にドラゴンなのか?
「トカゲにしか見えねーけど、本当にドラゴンなのか?」
「本当だよ! 騎士の部隊がちょっと前に巣を潰した時にこいつの卵だけ残ってたんだ。それを俺が見つけて孵したって訳さ!」
腕の中で動くドラゴンを抱き直し、少年は自慢げに説明した。そして話を聞くに、コイツが働けない理由になっているらしい。
「コイツは魔物だから帝国に生きてるってバレちゃいけないんだ…… でもこんな子供だし見捨てることもできなくて…… だからコイツが周りに見つかるような所じゃ働けないんだ」
「うーん…… まだ子供だし素直に言えば大丈夫じゃないのか?」
「駄目だよ! 皇帝の命令で一帯の魔物を全部殺せって言われて騎士達が動いたんだ。こんな子供でも見つかったら何されるか分かんないよ」
ボルトと話した印象では割と理解があるかと思っていたが、魔物が関わるとそういった判断は厳しくなるのだろうか。確かに飼い慣らせるとは限らない状況で、のほほんと育ててくれるとは思えない。人類の将来を思うが故に、共存の道は選ばないのか。
「……そこまで厳しいなら、育てるのは無理じゃないか? 自然に返すしかないんじゃ……」
「だ、駄目だよ! それじゃあの子になんて言えばいいか、それにコイツが大丈夫か分からないし……」
うーむ、打開策が見つからない。騎士に言うのは駄目、自然に返しても安全か分からない、中々難しい問題だ。そういえばこの少年、今『あの子』って言ったか?
「お前以外にもコイツも知ってる子がいるのか?」
「う、うん。この町には住んでないけど、コイツをとても大事にしてるんだ。だから……」
そういうことか、友人との秘密の約束ってところだろう。しかしいつまでもこの生活を続けることはできない筈だ。その友人も含めて話し合い、今後のことを決めるべきだろう。
「その子と会ってどうするか決めないと、このままじゃいずれ見つかるだろうし。話しにくいなら俺も一緒に話してやるよ、どうだ?」
「……分かった。ここで待ってればあの子が来るからその時話そう」
腕の中のドラゴンを床に置き、少年は傍に座り込んだ。落ち着かないのか片手であやしながら、ずっと黙り込んでいる。そのまま無言で待つのも辛いので、俺は話でもして場を繋ぐことにした。
「俺は竜一。お前、名前はなんて言うんだ?」
「……俺はトニー」
それから他愛もない話をした。好きな食い物、ドラゴンのこと、そんな話の後にこれからどうしたいのかを聞いてみた。周りの反応を考えずに望む“これから”。
「俺は、コイツをずっと育てたいなんて言わないけど、せめて安全に育って欲しい。魔物だってことは分かってるけど、コイツは何もしてないじゃないか。人間も魔物も、お互いにのんびり生きることは出来ないのかな……」
俺はその言葉に何も言えなかった。人間が生活圏を取り戻したのはここ100年のことだと聞いた。侵攻されるだけでなく、滅亡寸前まで追い込まれたのなら、その戦いによる犠牲者は数えきれない程いただろう。そんな出来事があった世界だ、魔物に対して排斥する考えが根付いても当然のことだ。しかし、俺の目の前の子どもと竜はそんなことを微塵も感じさせずにじゃれている。その光景を見つめていると、洞窟の入り口に空から降り立つ影が差した。
「トニー、その人は誰? ここに知らない人は入れないって決めたじゃない」
「待ってくれピクシー、今から説明するから……」
空から洞窟に入ってきたのは、トニーと同じ子供の様な姿に透き通る羽を生やした、見たことも無い女の子だった。羽以外に人間と違うところは見当たらない、しかしハチドリの様に羽ばたくその羽は、彼女は間違いなく人間とは違うと理解させられる。
「俺は竜一。旅の途中にストーラでコイツに財布を盗まれて、盗んだコイツを捕まえて理由を聞いてここについてきた人間だ。君は、人間じゃないな」
「私はピクシー。私だけの名前は無いわ。……トニーがここに居てアジリオも大人しそうだし、とりあえず害は無さそうね」
相手が相手ということもあり戦いにもなるかと内心冷や冷やしていたが、一先ず攻撃することは無い様でよかった。この様子だとトニーとも親しそうだし、二人でドラゴンを育てていたのらしい。
「アジリオっていうのはこのドラゴンの名前か」
「そうよ、言っておくけどこの子に危害を加えるなら容赦しないわよ」
「待ってピクシー、この兄ちゃんはアジリオを捕まえに来たんじゃないんだ」
攻撃せずとも警戒を緩めないピクシーに、トニーはこれまでの経緯を話した。話がドラゴンのことに及ぶとピクシーは険しい顔をし、俺を睨む様に見てくる。聞きたくない話かもしれないが、アジリオの今後を考えるなら避けられない。
「で、お前たちはどうしたいんだ? 静かに育てるにしろ、町の近くじゃ難しいだろう。アジリオはピクシーに任せて町から離した方が安全じゃないか?」
「それはそうなんだけど、正直私の力じゃ守りきれるか分からないの、守る親がいない子供のドラゴンなんて魔獣に狙われて餌になるだけよ。だから人間の町の傍でトニーに面倒を見てもらってたんだから」
うーむ、結局話が戻ってしまった。アジリオを守って育てたいらしいが、人間の町でもピクシーでも安全は確保できないようだ。3人で唸り続けていたが、妥協点を提案するべく俺が口を開く。
「一度騎士に話をしたらどうだ? 魔獣とかは言葉が通じないだろうが、人間ならまだ望みがあるんじゃないか? このままここで暮らすのは限界がある、なら僅かでも可能性がある方に頼った方が良いと思うが」
「……俺も考えたけど、それしかないと思う。信用できる訳じゃないけど、話すことは出来ると思うから」
「……私は信じた訳じゃない、けど、アジリオが助かるかもしれないのはそれだけなんでしょう? なら私はそれに従うわ」
俺とトニーが提案すると、ピクシーは明らかに不満げだったがその案に同意した。万が一の時はアジリオとトニーを自分達の住処に連れ帰ると、保険を掛けた上の妥協だったが。




