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その境界の先  作者: nao 11
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~神と人と魔族と~ 4

 周りの霧の様な闇が晴れた時、あいつが立っていた場所には錆びた鎧を纏ったままのカロンが苦しげに呻いていた。気付けば俺にシリウスにモルガンの三人が、三角形を描く様にカロンを囲んでいる。他の奴らは闇から避難していたのか随分と距離が開いていた。


 「参ったね…… 落とし易そうなのを選んだ筈だったんだけど。意外とガードが堅かったね」

 「……成程な。こいつらも、何か見せられてたのか」

 「この期に及んで姉さんの姿を利用するとは、覚悟はできているだろうな?」

 「私も完全に頭に来たわ。もう二度と余計な口を利けない様にしてあげる」


 始めに構えたのはシリウスだ。右腕でその重厚な盾を振り上げ、可変翼を開き噴射機構に火を入れる。目つきは鋭いが、それは闇雲に襲い掛かる様な凶暴なものではない。冷静に、しかし決して恐れない。闇ではぐれる前とは明らかに違うものだった。


 「ここで終わらせるために、絶対に逃がさない!!」

 「ぐっ!? こいつ、さっきよりも威力が!」


 一気に突っ込み、パイルバンカーを突き立てる。噴射の勢いで突き刺したまま、カロンの体ごと飛んでいった。


 「俺らも行くぜ。遅れんなよ」

 「当然、あの神を滅ぼしてやるんだから」


 そう言い残してモルガンが閃光と共に消える。あいつに借りがあるのは俺も同じだからな、俺だって逃がすつもりはない。そう、ここが最後になってもいい。あいつを逃がしちゃ全てが終わる。


 「最初から全開だ。派手にやろうぜ!!!!」


 俺は翼を噴かせた。決着をつける為に。




 「機構がイカれても構わん!! 貫けぇ!!!!」

 「がはっ!? ふんっ、一発入れたくらいで……」

 「一発で済むなんて優しい真似する訳ないでしょ。“九十九折・冥雷蝶”」


 バンカーの衝撃で吹き飛ばした奴の腹には向こう側が覗ける程の穴が開いていた。だがその傷は闇が集まりあっという間に元通りに治ってしまう。しかしその背後には追い討ちを掛けるためにモルガン殿が現れていた。周囲を数えきれない程の蝶が舞う。淡い紫の光で形作られた蝶は、辺り一帯を制圧せんばかりに漂っていた。美しく巨大な蝶の羽を背中から現すモルガンが、カロンへ向けて掌から雷を放つ。その雷は何本にも分かれ、数多の蝶を伝い、何倍もの光量に膨れ上がり全方位から襲い掛かる。


 「おおおおおおッ!! まだ、まだまだだッ!!!」

 「そうでなくっちゃ。ほら、まだ来るわよ?」


 その言葉の後に私の真横を突風が通り過ぎた。いや、突風ではない。これまで見たことがないスピードで飛ぶ竜一だった。噴き出す炎が一筋の線を描き、まるで流星の様に見える。そして大鎌を作り上げたカロンと衝突した。爆発したかの様に大気が振動し、二人を中心に地面が割れ、破片が弾け飛ぶ。


 「なんだ、これは!? こんな力を君が持っている筈がッ!?」

 「お前が言っただろ、魂がデカい魔力に変わるってよ。なら簡単なことだ、自分の魂バラしながら戦えばいいだろ!!!」


 破片を避けるために手で顔を庇い逸らしていたが、そんな言葉に思わず顔を向ける。降り注ぐ破片の中で、竜一は奴を鎧の上から斬り払い、大きく斬られたカロンはたたらを踏んで数歩下がった。袈裟切りにされた傷からは血と闇が流れ出るが、その傷もまた直ぐに治ってしまう。


 「はっははっ。まさか、そこまでやるなんてね……」

 「やっぱりすぐ治るらしいな。だが関係ねえ。死ぬまで殺すだけだ」

 「やれやれ、まだ生まれてもいない僕を何回殺すつもりだい?」

 「もちろん、消えてなくなるまでだ!」


 竜一が上段から振り下ろした剣は更なる衝撃を生み、カロンは翼で空に飛び上がった。だが今更見逃す筈もない。ここには三人もいるのだ。息も荒く空に留まる奴の周りには、依然として無数の蝶が飛び交う。蝶は互いに雷で線を結び幾重にも重なった檻となり、その雷の全てが収束する。多段に及ぶ雷撃はカロンを焼き続け、光が消えた瞬間を狙って私は飛び込んだ。休ませる暇を与える気などない。フルブーストで空に上がり、真横から回り込む様にして再びパイルバンカーを叩き込む。


 「撃ち抜く、止めてみろ!!」

 「があッ! その玩具を、下ろせ!!」

 「何っ!? 可変翼がッ!!」


 もう一度腹に穴を開けたのは良かったが、その場で耐えた奴が大鎌を振り下ろし盾の可変翼を破壊した。既に突撃した勢いは無くなっていて、体が推力を失って空から落ち始める。


 「シリウス!! 盾捨てろ!!!」

 「……ッ! すまん!!」


 かなりの重量がある盾から手を離す。それでどうなるというところだろうが、私は咄嗟に従っていた。嫌な浮遊感を感じながら空が遠ざかっていく。だが私が墜ちる前に、竜一が飛び込み受け止めていた。


 「うおおっ、危ねえ。流石に大の大人が落ちてくると結構重さがあるな……」

 「う、うるさい! 早く下ろせ!!」

 「痛って! 殴るなって!!」


 顔が熱くなるのを見せない様に竜一の腕から下りる。いかん、こんなことをしている場合じゃない。上空を見ると三度カロンの傷は治り、更に奴を包む様に闇が湧いていた。それを見て竜一が飛び上がる。


 「悪いけどこれ以上はキツいからね。ここはさよならだ」

 「テメエ! 逃がさねえ!!」


 振り上げた剣は闇の残滓を払い、奴の体には届かなかった。まさか、逃がしたのか。私とモルガン殿はしまったと唇を噛んだが、竜一は左手に炎を纏わせ、目の前に突き出す。するとその空間はまるでガラスを割った様に穴が開き、竜一はその中に腕を突っ込んだ。


 「逃がさねえって、言っただろ?」




 出来るかどうか、そんなことは思いもしなかった。空間で隔てた闇の中、息を整えているカロンの襟首を掴んで引きずり出す。そのまま地面に向けて投げつけ、落下の勢いも乗せて全力で突っ込む。奴は咄嗟に大鎌を作りだして俺の剣を防ぐが、衝撃は伝わりまた地面が抉れクレーターの様に割れていった。お互いの武器を構成する魔力は粒子になって少しずつ削れ、刃を挟んで睨み合う。


 「厄介だね、そんなに僕のしたことは業腹だったかい!?」

 「お前が最初に抱いた願いは悪いことじゃねえ。だがその為にお前がしたことは、お前が何より欲しがった『命』を、お前の勝手で殺し回った最悪の身勝手だ!」

 「欲望の為に殺し合う人間がそれを言うかい? 僕となんら変わらないじゃないか!?」

 「別に人間だけじゃねえ、意志があればそれがぶつかることもある。それは確かにその通りだ。だからってお前を認めてこの世界を見殺しに出来るかよ! お前がお前の勝手で世界を殺すなら、俺が俺の勝手でお前をブチ殺す!!」


 ひびが入った。俺の剣を受ける大鎌の柄に亀裂が走り、鎌全体へと広がっていく。そして命を刈る鎌は砕け、俺はもう一度袈裟に切り裂いた。カロンは傷もそのままにクレーターの中から空へ逃げる。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 「くそっ、悪足掻きを」

 「往生際が、悪いっての!!」


 俺からは逃げられたが、その先でモルガンが雷を落とす。何度目かもう分からない雷撃を受けて、カロンは焦げながら落下した。更にその場所に、半壊した盾を構えたシリウスがいる。


 「機構がもう保たん。これが私の最後の一撃だ……!!」


 これまでと違い噴射機構が炸裂し、周囲には鉄の破片とマギナイト粒子が散っていく。だがその一撃は真上から落ちてきたカロンを捉え、もう一度直上へと撃ち上げた。飛ばされた奴は体中の傷もそのままに、力無く宙を舞っている。


 「決めろッ!! 竜一ィ!!」

 「応よッ!!」


 最後だ。翼から炎を噴射するが、足りない。回してる魔力が尽きかけてる。仕方ねえ、両足の分の魔力を回し、全速でカロンへ飛び込む。足は崩れて無くなり、体も端から粒子になっていく。だが今は構わねえ。この一撃が、奴に届けば。


 「じゃあな、此処がお前の揺り籠だ」


 全力で振り抜いた剣はカロンの胴を横薙ぎに両断した。俺もカロンも、血と闇と魔力の粒子を零しながら落ちていく。勢いを削ごうと何度か翼を噴射したが、その力も足りず地面に落下した。何とかそのまま衝突なんてことは避けられたが、正直体が動かねえ。目だけで奴を追うと、奴はすぐ傍にそのまま落下していた。切断された上半身だけで仰向けに倒れていてピクリとも動かない。なんとかその最期を見ようとするが、力が入らない上に腰まで体が消え始めているので起き上がることも出来ない。腕だけでもがいていると、傍に二人が近寄って来た。


 「竜一お前、どうしてこんなことに!?」

 「俺の体は魔力で作った紛い物だからな。あいつが治すのを超えて斬り続けるのに、魔力が足りなかったのさ……」

 「……体を維持できない程に魔力に変換してたなんてね。ホント、呆れた根性だわ……」


 シリウスとモルガンに起こされ、漸くしっかりと見ることができた。カロンの目は開いていて、俺を捉えている。だがそれは恨みの籠った目、というよりは何かを悟った様な静かな目だった。そして右手を俺に向けると、奴から光の粒子がゆっくりと移動してくる。


 「貴様ッ、何のつもりだ!?」

 「……もう僕は終わりだ。このままこの世界に溶けて無くなるだろう。だけどその前に、最期の悪足掻きってやつさ」


 何事かと思っていれば、体に力が戻ってくる。これは魔力だ。俺の体に魔力が注がれている。それに比例する様に、カロンの体は崩れていく。


 「君はもう、人間じゃない。魔族でもない。魂だけで体を作り上げた君は、魔力の消耗さえなければ死なない存在だ。その死が無い命で確かめるといい。僕の願いが、選択が、間違っていたかどうかを……」

 「……何かを望んで、行動して、そして死ぬなんてよ。お前、これ以上ないくらい“生きた”じゃねえか。お前の名前は俺が覚えておく。だからよ、なんて言うか、お前はどんな在り方でも、ここに“居た”んだ」

 「…………」


 最期にあいつは何も言わなかった。だけどその顔は、穏やかな笑顔だった。


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