~神と人と魔族と~ 2
竜一が斬り掛かるのを皮切りに、全員が次々と死神に襲い掛かる。拳に武器、魔法に魔術。持てる攻撃手段の全てで撃滅せんと攻めるのだ。私もその中の一人、パイルバンカーに魔力を充填し、最大推力で飛び込む。互いの攻撃に巻き込まれない様に、しかし敵に息継ぎさせる時間は与えない。モルガン殿が落とした雷の後、光が消えた直後にタイミングを合わせてバンカーを叩き込む。金属同士をぶつけた激しい衝撃音が響くが、未だ貫くには至っていない。助走をつけた一撃が防がれたならばこれ以上攻め続けるのは効果が薄い、盾を払いその場から飛び退く。するとすぐさま無数の竜巻が発生し、吸い寄せられる様に奴へ集まっていく。暴風によって空中から落とされた死神は、そのままボルトとラウル殿の拳を受けた。だがそれぞれの拳は奴の両手で正面から止められ、掴んだ拳を握り潰さん勢いで握り続けているのか二人の顔は苦痛に歪む。
「片手で止めてみせるか…… 儂もあと50年若ければな」
「アタシは兵装も使って全力なんだけど、こんなに通用しない相手は初めてよ」
「無駄口を叩くなんて随分余裕だね!!」
飛び上がり、腕の力で強引に二人を振り上げて地面に叩き付ける。更に掲げた右手に、拳を止めるために投げ捨てた大鎌が呼び戻される。しかし凶刃が振り下ろされる前に百舌が正面から首を狙い、アガレスが背後から鎌の柄に大斧を振り下ろした。けたたましい金属音と共に、カロンの動きが止まる。
「させんさ。こっちにも付き合ってもらうぞ!!」
「貴様は生かしておけぬ」
「次から次へと、鬱陶しいな!!!」
その時奴を中心に竜巻が起こった。しかしそれはアーロン殿の作りだしたものではない。凄まじい風圧に目を開けることができず、猛る風が轟音と衝撃を撒き散らす。風の摩擦で稲光が起きる程の暴風に思わず盾を構えるが、耐えているすぐ傍を百舌が吹き飛ばされていった。恐らくアガレスも同じことになっただろう。だが魔術を主に使用する為に離れていたクリスが狙いを付けていた。先程の炎を放った構えをとっているが、その中心にあるのは眩い光を放つ光球だ。かなりの魔力を集中しているのか、波動で地面にひびが入り破片が宙を舞っている。
「これが今の私の魔砲だ! 欠片も残さず消し飛べ!!」
先程の魔砲も私の知っているクリスの力とはかけ離れていたが、この魔砲は更に桁違いだった。掠めただけで地面を抉り、その破片ごと暴力的なまでの光が押し流す。光が奴に到達すると、その体を基点にして光が放射状に広がった。直撃だ、あの魔力量なら奴もただでは済まない筈。やがて奴は光を弾き飛ばし姿を現す。全身が焼け焦げ鎧にも傷やひびが入ったその姿は、誰が見ても満身創痍の風体だった。しかし一呼吸した死神にどこからともなく闇が集まり、すぐに傷も焦げ跡も消え去った。
「……集まり過ぎたせいで少し面倒になったな。なら切り離すとしよう」
そう奴が呟くと、辺りに黒い霧が、闇が立ち込める。あっという間に一帯を覆い、視界が完全に奪われてしまった。
「おい! お前らいるのか!?」
「儂はおるぞ!」
「私もいる! だが何も見えん!!」
竜一やラウル殿が発した声に応じると、他の皆も次々に声を出した。どうやら全員無事らしいが、その姿は全く見えない。なんとかしたいところだが、この霧は風で吹き飛ばすことができるのだろうか?
「空へ飛んでみたが、周囲500メートル程度の円状になっている。その範囲外まで出れば霧は途切れているぞ」
「私の竜巻では引き飛ばない、これは霧ではないぞ。奴がいた方向の逆に進め」
先に百舌とアーロン殿が試してくれていたが、除去は難しいようだ。不意打ちを喰らう前にこの闇から脱出することにしよう。一刻も早く抜け出す為に走り出す。真っ暗で先が見えないがここは平原の筈だ。どれくらいの範囲で広がっているかも分かっている。なのに、どんなに走っても終わりが見えない。
「皆! もう脱出したか!? どうだ!?」
おかしい、先程は返ってきた声が聞こえない。不気味な程静かで、誰も周りにいない気さえする。それでも足元に気を配って走っていると、先に人影が見えた。霞がかったぼんやりとしたシルエット、だがその姿は徐々にはっきりと浮かんでくる。長い髪、ローブ姿、体の線から想像すれば女性だ。いや、この顔は、
「姉さん!? いや、違う。貴様はまだその姿で!!」
顔、姿は正しく姉さんだ。しかし、それはまやかしだ。私は奴が姉さんの姿に化けていた事を知っているし、目の前でその姿を変えたのも見た。だから絶対に騙されることは、
「シリウス…… お願い助けて…… まだ間に合うの……」
「なっ、ふざけるな!! そんな戯言を」
「違うわ…… あいつが弱ったから出てこられたの…… ここはあいつを見逃して。そうすれば誰もいなくなって油断したあいつを内側から裂くことが出来るわ」
「そんな、馬鹿な事が」
「それだけじゃない。あいつから魔力を奪って甦ることだって可能よ」
その言葉は、私の頭を大きく揺らした。目の前の姉さんは偽物の筈だ、そうは思っていてもその言葉はひどく残り続ける。そんなことを言って奴になんの利点がある? せいぜいこの場から逃げおおせるくらいなものだ。奴は我々隊長クラスや魔族の長達が束になってやっと渡り合える強さだ。そんな力を持つ奴が逃げる意味などあるのか? ならばこの申し出は、本当に姉さんなのだろうか。
「……本当に生き返るのか? そんなことがあり得るのか?」
「もちろんよ。また、あなたと一緒にいられるの。あなたの力になるわ」
「そうか、本当に生き返るのか。なら……」
「何も見えぬ。空を飛んでも変わらぬとは、面倒なことよ……」
私は闇の中を進んでいた。何も見えず声も聞こえないが、抜けることは出来る。だがその前に厄介なことになった。私の前から歩み寄って来るのは、鎧を纏っていない喪服のカロンだ。雷球を用意しながら睨みつけてやる。
「わざわざ鎧を脱いで死にに来たのか」
「まさか、この格好で来たのは話し合いの為ですよ。お互いの為に、ね?」
胡散臭い笑顔を浮かべ、軽薄な態度で死神は語る。両手を広げ、私の雷球など意にも介さず話し続けた。
「単刀直入に言います、この場で僕を見逃して下さい。僕にとって皆さんを殺すのは難しくないんですけど、割に合わないですよね。折角集めた魔力を結構使わないといけないので、それは避けたいんですよ」
「ふざけたことを喋るな。結局貴様にとっての都合ではないか」
「いえいえ、モルガンさん。貴女を貴女として殺せるのは僕だけですよ? あんまり追いつめられると、僕は口を滑らせるかもしれません」
「何の話だ」
「貴女が、元人間だってことですよ」
思わず目を見開く。それは、もう誰も覚えていない遠い過去の話。何も選べず、何も捨てられなかった忌まわしい昔の話。
「僕の世界を行き来して巡らせた策は、貴女の行動で思いついたことですからね。全ての元凶、この世界を別の世界に繋げて魔族を呼び込んだのは、他でもない貴女なのですから」
「なんで、それをっ、あれはもう気が遠くなるほど昔の……」
「伊達に死神をやってませんよ。世界が繋がるなんて一大事、黄泉平坂からでも分かりましたから。時間はほんの一瞬、と言ってもこの世界では数日間でしたが、あれは僕の常識を覆してくれましたよ」
ケタケタ笑う死神に、私は何も言えない。あの地獄は、もう誰も覚えていない、知っている者はいないから今の私がいる。どれほどぶりかも分からない冷や汗が顔を伝う。魔力も集中できない。呼吸も乱れ、今にも膝をついてしまいそうだ。
「いやあ貴女は良かれと思ってやったというのに、招いた結果は想像も出来ない最悪の結末。しかも世界が繋がった時に浴びた魔力の余波で自分は人間から魔族になっていたなんて、誰も想像できないでしょうね」
「…………」
「戸惑いながらもせめてもの償いにと暴走する魔族を止めていたら、力の強さもあってか配下となる魔族がどんどん増えていく。貴女が漸く魔族の頂点とも言える地位に輝いた時、既に人類は滅ぶ寸前。自分が招いた魔族で死にゆく人間と、勝手に呼ばれた世界で厄災として無条件に敵意を向けられる魔族。さぞ悩ましかったでしょう、さぞ苦しんだでしょう。正体が分かった瞬間、貴女はこの世界に住む全ての敵になるのですから!!」
そう、自分はどちらでもない。人間から変わり、魔族を止めようと戦った末に祭り上げられ、どちらの戦いも止めることが出来なかった。取り返しがつかない過ちだとは思っているが、今となっては誰も分からない。ならば魔族の長として、何とか戦いを収めようとした。だが魔族を抑えれば人間が、人間を抑えれば魔族が、お互いを潰そうと殺し合う。そこまで来ては最良の結末など迎えられない。だから私は魔族の側についた。そうでなければ味方など、誰もいなかったからだ。
「だから、まあ脅迫ですよね。真実を明かされたくなければ、『魔族の長 モルガン』として死にたいならば、僕に協力しなさい。そうすれば貴女は世界の為に戦った者として死んでゆける」
「私は……」
「貴女は生きている限り裏切り続ける。それが終わるのは、死ぬ時だけ。誰も知らなくても自分の心はそれを抱え続ける。もう、疲れたのではないですか?」
「…………」




