~始まりと終わり~ 3
じりじりと狭まる包囲に全員が息を呑む。姿はほとんど捉えられず、捉えてもすぐに跳躍し別の誰かが狙われる。そしてその方向を見ていると更に別の獣が自分を狙っているのだ。いつしか皆が背をカバーし、円陣の様な形でいつくるか分からない攻撃に備えていた。
「ええい埒が明かん。狙われないというのがこれ程もどかしいとは」
「せめて動きが止まれば…… 私でも戦いようがあるというのに、くそっ防戦一方か!」
「待て、何か来るぞ。西の空だ!!」
アーロン殿の声に全員が視線をそちらに向ける。深い青に近い空にあって目立つ赤い光がこちらに向かっていた。徐々に近づくその影の輪郭が分かってくる。それは人影であるが、翼の様に背から炎が噴き出していた。そして降り立ったその姿は、恐らくこの場にいる誰もが覚えがあるだろう。所々が鋭利に突き出た翼のある赤黒い鎧。だが我々が知っているその鎧を纏う人間とは違う。黒い短髪に切れ長の目、何よりこいつは成人男性であり竜一の容姿とは明らかに異なる。誰もがその疑問を口にしようとしたその時、周りを飛び回っていた獣が一体、黒い騎士に跳びかかる。
「のわっ! いきなりだなオイ!!」
正面からの爪を両手で掴み止めた男が思わず声を出す。それに反応した様に他の獣達も次々と跳びかかり、黒い騎士は全方向からの攻撃を受けることになった。断末魔も呻きも聞こえず僅かに時間が経つ。全ての獣が覆い被さった塊から煙が上がり、何事かと思った次の瞬間、薄明りの黎明を眩く照らす程の巨大な火柱が上がった。完全に押さえ込んでいた獣達はあっという間に燃え尽き、文字通り灰になった。余韻の黒煙と灰を振り払い、黒い騎士は私達に対峙する。
「全く、戻った途端にこれかよ。まだ片付いてない場所はあるか?」
「……は? いや、誰だ貴様は!?」
「誰だって…… あ、そういやこの体で顔を合わせるのは初めてだったか。俺だよ、竜一だ」
「そんな事があるか!? 私の知る竜一は、なんというか、まだ少年だったぞ!!」
「まぁ、色々あってな。これが俺の元の姿だ。詳しくは落ち着いてから話してやる。とりあえず、本命以外は倒してるのか?」
その場の全員が驚きのあまり少しの間静止する。それもそのはずだ。そもそも知らされていた他人の体での蘇り、それだけでもにわかには信じられないというのに今度は自分の体を取り戻したというのか。一体何がどうしてこうなったのか想像もできなかったが、確かに長話をするには似つかわしくない状況だ。そうは理解できても、私は未だ混乱が収まっていなかった。
「ハハハ!! 小僧よ、貴様は本当に飽きさせんな!」
「テメェの為にこんな風になってる訳じゃねえんだよジジイ」
「城へ侵攻していた魔族は先程の者達で最後だ。私がここへ来る前に掃討して来たからな」
「アーロン、その時にミラか、黒いスーツの優男を見てないか? 男の方は知らないだろうが、そいつが本命だ」
「何? いや、どちらも確認できていない。その男がなんだというのだ」
「ミラを殺してすり替わった犯人、そして人間と魔族の殺し合いを引き起こした外道。名前はカロン」
「待て! 姉さんを殺した犯人が分かったのか!!」
「分かった、というより知っていた奴が犯人だった」
姉さんの名前に意識が戻り竜一に疑問をぶつける。簡単に聞いてしまったが、それはずっと追い求めてきた何よりも知りたい情報。しかも竜一はその犯人が知っている人物だと言ったのだ。どこの誰が、一体何の為に。
「竜一、そいつはどこに居る? 何故姉さんを殺したんだ!」
「俺もそこまでは聞けてない。話を聞いた時、俺もブチギレてたからな。だから本人から聞こうじゃねえか」
「我々魔族を引っ掻き回した理由も、同じく聞き出すぞ。同朋の誇りと命を使い潰した罪を償ってもらう」
「そうか、モルガンにもあいつを追う理由があったな。まあ、ここにいる全員で相手するなら勝ち目があるかも知れねえ」
「……全員で、か。それほどの強敵なのか」
「死神、だしな」
その一言に全員が押し黙る。この状況で竜一が冗談を言うはずがない。ならばそれは事実なのだ。人間でも魔族でもない、神。そんなものを相手にしなければならないのか。
「さて、なんだかんだ話し込んじまったが、こんなに役者が揃ってるんだ。そろそろ話の主役が出てきてもいいんじゃないか?」
竜一がそんな言葉を放つと、目の前の地面に黒い闇が集まる。そして間欠泉の様に闇が吹き出し、その中から人影が現れた。その姿は、姉さんだった。しかしその目は昏く濁り、私の知る姉さんの雰囲気からはかけ離れている。見た目は同じでも受ける印象は全くの正反対だ。こいつが、姉さんを……
「流石ですね竜一君。そろそろ私の性格も読まれてしまいましたか」
「うるせえ。あとシリウスの前でその顔で喋るな」
「……竜一」
「……まあ、この姿も既に用済みだしね。“僕”も、元の姿の方がやりやすい」
再び大きく闇が噴き上がり、その闇から男が現れた。白髪を揺らし、喪服で佇む姿は明らかに異様だ。そしてそこには、姉さんの痕跡は欠片も見当たらない。
「竜一君に聞いただろうけど、今回のこの舞台は僕が演出した。本当は生き残りがもっともっと少ない筈だったんだけどね」
「貴様! これだけの惨事を引き起こし、我ら魔族を壊滅まで追い込んでおいて不足だとほざくのか!!」
「当然。目的は死滅なんだから不足に決まっているさ」
「儂ら人間についても、同じ考えなのだろう? 若造よ」
「そちらも当然。魔族との総力戦で疲弊したところを刈り取る予定だった」
モルガン殿とラウル殿が問い詰めても、目の前の男はどこ吹く風といった顔で答える。それはまるで仕事の予定を答える様に平静としたものだった。
「何故姉さんを殺した。そして何故成り済ました!!」
「僕がこの世界に来た時に一番近くに居たし、何よりその立場、魂、体は好都合だった。事実魔族への介入はともかく、姿を見られても一見すれば只の人間。知っている者からすれば手を出しにくい。そういう依り代は決して多くない」
「そもそもだ、“何故殺す?”人間も魔族も見境なく殺して何になるんだ」
積み重なる追及に無表情で答えていたカロンだったが、その竜一の問いを聞いて満面の笑みを浮かべた。誰が見ても分かる。それこそが奴の真の目的だ。
「僕が、人として生きる為さ」
その答えに全員が沈黙した。私もそれを聞いて何を言っているのかが分からなかったが、竜一が切り返した。それは一度死に、他人の体で生きたからこそ思いついたことかもしれない。私にとっては竜一の言葉も意味が分からなかった。分からなかったが、それでもカロンの言うことが決して許してはいけないということだけは理解できた。
「……死神を辞めて、人間になるってことか?」
「その通り。自我のある生命体には魂がある。そして感情や記憶によって大小の差はあれど、魂とはとても大きな魔力になるんだ。在り方を変えるというのは膨大な魔力が必要でね、それはアップグレードでもダウングレードでも関係ない。黄泉平坂の魂に手を付けても良かったけど、あの段階まで進んだ魂はもう抜け殻みたいなものだ。一つ当りの“収穫”が悪くていけない。だから僕はこの世界に目を付けた。世界規模の闘争、ほんの僅かな生き残り、そしてその地獄に負けない魂が存在しているこの世界にね」
「呆れる程自分勝手な理由だな。お前が生まれ変わる為に、世界丸ごと食い尽くそうってのかよ」
「自分の持つ力を自分の為に使って何が悪い? 時間の概念すら忘れる程の時をずっと、僕は魂を見送って過ごした。僕には生も死も無い。だが目の前を通る魂達の感情はなんと輝かしいものか!! 愛、憎しみ、悲しみ、安堵、充足、絶望。そんな言葉では説明しきれない、万華鏡の様に輝く美しさがあった!! 僕はその輝きを紡ぎたい。ああ、僕は何の変哲もない人間として生きたい!!!」
カロンの言葉を聞いて皆が静かに身構えていた。全員が奴を許せず、各々が全力を以て戦おうと決心をしたのだ。人間の、魔族の滅び。そんな程度ではない、奴が目指していたのは私達が生きるこの世界そのものを殺し尽くすことなのだから。
「戦うのかい? 出会った時の僕ならまだしも、それなりに魂を喰らった今の僕には勝てないよ?」
「知るかよそんなこと。テメェは逆鱗に触れたのさ。俺だけじゃない、ここにいる全員のな」
「なら始めようか。なに、直ぐに分かる。この世界の滅びは、運命だったってね」
「そんな運命ひっくり返してテメェに叩き付けてやるぜ!!!!」
何もない空間から竜一が剣を造り出し、雄叫びと共に斬り掛かる。しかしカロンの足元から炎が吹き出し、全員が数メートル弾き飛ばされた。炎が収まったその場に居たのは、竜一とは対照的な、純白の鎧を纏ったカロンだった。
「掛かって来なよ。神とそれ以外の差を、魂にまで刻み込んであげる」




