~始まりと終わり~
生きることは戦うことだと聞いたことがある。それは映画や漫画で死の危機に瀕し、命を犠牲に何かを成そうとする者が諭し諭される時に登場する言葉だ。命よりも価値のあるもの、僕にはそれが分からない。家族を守る父親、祖国に殉じる若者、子供の為に身を捧げる母親。例を挙げればキリがないが、そのどれにも共通するのが“他者の為に命を掛ける”といったものだ。命、資産、形に違いはあれど、その考え方はどの世界や時代でも見受けられる。だから僕は羨ましかった。自分の命さえ無い存在には、天秤に掛ける大切なものも対価もない。その空っぽの存在を終わらせたい、僕にも尊い何かが欲しかった。
僕も、“生きたかった”のだ。
生きる意味、そんなことは考えたことも無かった。街で目にする人々と同じ様に仕事に明け暮れ、ある程度の年齢で結婚し家庭を持ち人生を過ごす。そんな珍しくもないありふれた景色、漠然と思いつくその光景はあの日に消し飛んだのだ。何をしても身に入らず、無力な自分に苛立ちひたすらに勉強に励む。必死に動いている間だけは、空しさを感じずにいられた。警察官になってからは仕事に紛れて調査の毎日。犯人を見付けて殺したとしても、そこには何も生まれない。そんなことは分かっている。それをやり遂げて初めて、マイナスからゼロに戻れる。それだけを信じて戦い続けた。何度も死ぬと思ったが、それでも立ち上がり続けた。立ち上がるしかなかった。その様子がまるで屍の様でも。
俺は、“生きてもいい”と赦されたかった。
その戦い方は対極的でありながら、誰もが目を奪われる有様だった。片や荒々しく拳を振るい怪物をものともしないラウル殿と、片や舞う様に優雅な手振りで苛烈な雷撃を放つモルガン殿。未だ生き残りの魔族を相手にしながらも、多くの騎士はその光景を目に焼き付けていた。自分達とは正に格が違う高みの戦い。かく言う私もその一人だった。
「次元が違う…… しかし、それでも崩し切れんか」
「シリウスさん、私達は防御に専念しましょう。加勢したところで、火力が違い過ぎて意味がなさそうです」
「悔しいが、事実か。ならばせめてあの怪物に取り込ませない様に死体は遠くに弾き飛ばすぞ!!」
「わかりました。そういう仕事でしたら私の兵装が役に立ちそうです」
あれ程の巨体に対抗する力は無い、だが出来る仕事はこなしてみせる。私とアニタは兵装で、既に動かない死体を可能な限り遠くへと飛ばした。その間も双璧の猛攻は絶えず怪物に降り注ぎ、その体を少しずつ剥がしていく。周りには黒焦げになり粉々に砕けた肉片が零れるが、それでもその巨体は少しだけ小さくなった程度だ。
「ええい、纏わりつく羽虫か。焼いても焼いても動きおる」
「こちらもまるでサンドバッグだな。ちっとは削れた様だが、なんと面倒なことか」
そのしぶとさに二人とも辟易とした様子だが、決して力が及ばないと絶望したそれではない。忌々しげに睨みながらも、どこか余裕を感じさせる。この土壇場での違いが強者ということか。
「我が雷は長い時間注ぎ続けるものではない。貴様得意のゴリ押しでなんとかせい」
「ハハハッ! 確かに儂にはこれしかあるまい。ならば少し、本気を出すか!!」
ラウル殿は小さな結晶を取り出し、宙に向けて放り出した。しかも一つ二つではなく十数個はある。そしてその全てが輝きだし、初めに造りだした双腕ほどではないがいくつもの腕を造り上げる。完成したのは従者の様に取り巻く十数本の腕、全てが拳を握り怪物へ向け構えられている。
「ゴリ押し力押しおおいに結構! 突き詰めたならば一つの極みよ。これぞその形、“闘式・ヘカトンケイル”!!!」
まるで爆発音の様な打撃音が炸裂する。初めの双腕も含め全ての腕が怪物へ叩き付けられ、絶え間ない衝撃で焦げた肉塊を砕き始めた。やがて焦げた部分が剥がれ、未だ鮮血が滴る肉と骨が露出する。それでも拳は止まらない。流体で作り上げられた拳を真っ赤に染め上げながら怪物の体を抉り続ける。
「全く、どれだけの死体を取り込んでおるのだ。この技でもしばらく掛かるとはな」
「自分からやれと言っておいてなんだが、これほど力押しの戦いをする奴が他におろうか」
「おらんだろうな! ハハハハハハハハハハハ!!」
時間は掛かるが大勢は決したか。最早怪物はよろめくだけで進むことも叶わず、雨の様に降り注ぐ拳を受け続けるだけとなった。更に生き残ってまばらに攻め続けていた魔族を暴風が吹き飛ばし、アーロンと言ったか、モルガン殿の従者が姿を現した。
「陛下、残敵の掃討はほぼ完了しております。残るはこの歪な死体だけです」
「うむ、それも間もなく片付くだろう。……死した後も弄ばれるとは、あの魔女には地獄を見てもらわねばな」
モルガンは憂いげな表情で殴られ続けるその死体を見やる。狂化が施され、既に命を落とした者達であったとしても、それは紛れもないかつての同朋だったからだ。例え魔族であろうとそうした想いに違いはない。私はそんな当たり前のことを改めて認識した。周囲に動く影も無くなり怪物が人の大きさになった頃、私は守備を騎士達とアニタに任せてその場へ向かった。この恐ろしい所業、その元凶に近づいている気がして。




