~老練と新星~ 3
(まさか本当に、こんなにもあっさりと…… いや、それが先輩なのだ。なら私は勝利の為に行動しなければならない。既に練られた分の魔力だけでも直撃させる)
再び根の杭が絶え間なく地中から襲い始める。泣いている暇は無い。回避を続けながら木の防御が出来ない程の至近まで詰めて叩き込む。それを狙うんだ。口を覆い動きを最小限に、それでいて少しでも近づく。思い切り息を吸えず、段々頭がぼやけてくる様だ。
「やはりこの程度。先に死ぬも後に死ぬも変わりない。無駄に足掻くも、知った顔をして誰かに託すも等しく愚かなこと」
ぼやけた頭でもその言葉は聞こえた。それは私と先輩を同列に並べ、あまつさえ貶したその言葉を。頭に血が上り目を見開いているのが自分でも分かるが、目指すのは勝利だ。他でもない先輩の為にそこを見失ってはいけないのだ。歯を食いしばり視線を逸らさない。この杭の嵐を潜り抜けて、絶対に焼き払ってやる。
(見えた! ここしかない!!)
何本の根を躱したか分からない。体中に傷を作って粘り続けたところでようやく道が見えた。体が半分幹に埋まった魔樹。その体なら動くことは出来ない筈だ。疲労で鈍る足に気合いを込め、一気に距離を詰める。表情まではっきりと分かる至近まで走り寄りこれで決まると右手を突き出そうとしたその時、目の前の顔が気味の悪い笑みを浮かべた。
「本当に、愚直なこと」
「っ! あああああああああッ!!」
足元から二本の根が飛び出し、両腕を突き刺して私ごと持ち上げた。二の腕の筋肉を貫く木の根が鋭利な刃物とは違う激痛を与え、まるで磔にされた様に宙に持ち上げられる。力を込めるだけで痛みが増し、足は完全に地面から離れ動けなくなってしまった。
「特等席よ。ここで守りたかった城と人が毒に沈んでいくのを眺めていなさい」
「このッ!! こんな程度で…… ぐあっ!!」
毒の花粉が広がっていく。南側だけで起きていた騒ぎは段々と東西の門まで広がり、同じ様な光景が繰り返される。呑み込まれた者は魔族も人間も関係なく苦しみ悶え、倒れた後もしばらく苦しみ、やがて動かなくなる。それはあまりに惨く、戦いの末にもたらされる死とはかけ離れた悍ましいものだった。
「こんなことに、なんの意味が……」
「ある訳ないでしょう。皆意味も無く死に絶える。それが私の望み。どいつもこいつも当たり前の様に命があって生きることを許されている。どれだけ望んでも手に入らなかったそれを、貴女達は始めから手に入れている」
「醜い逆恨みが……」
「苦しみを何も知らない小娘が。ああ、そういえば貴女を助けて死んだあっちの小娘も、何も知らない間抜けだったわね。自分の命を犠牲にするなんて、一番愚かで理解しがたい」
その言葉にもう一度目が開くのを覚えた。頭が熱くなり、痛みも構わずに拳を握る。こいつは、また先輩のことを。
「命を捨てることが出来るのは、生きることの幸福さを理解できない者よ。人とは生に執着し、貪欲で、忠実であるべき。まあ、今となってはどうでもいいし、どうせ皆殺しにするのだから後悔を抱いて理解しなさいということね」
「…………」
「すぐに貴女も死ねるから安心なさい。それとも風穴を開けてお揃いにしてあげた方が嬉しいかしら?」
何かが切れる音がした。血が沸騰したみたいに熱く、色々考えていた戦い方も全てが吹き飛んで、どうでもよくなった。どうすれば倒せるとかどの攻撃を止めなければならないかとか、違うんだ。出来るかではない、やるんだ。漏れ続ける花粉も腕を貫く根も、まとめて焼き尽くしてやる。
ちりちりと何かが焦げる音がする。目の前で広がる最高の悲劇から意識を引き戻したのはその音だった。周囲にはそんな要因など無かった筈、ならば先程の竜が一休みして戻ってきたかとも思ったが、空にも地上にもそんな影はない。では他に何が。そこまで考えが至った時に熱を感じた。その熱は近くで、まるで直接肌を炙る様に熱く感じる。視線を送った先にいたのは両腕を突き刺され動けない小娘が一人。その筈だった。
「貴女の言うとおりです。お互いどれだけ言葉を重ねても理解できないしする気もない」
「なっ、一体何が!?」
「大義名分も良心も関係ない。私達の大切なものを奪う貴女を、私は決して許さない」
突然炎が巻き起こる。突き刺していた根は焼かれ、広がる花粉までもその熱で焼けて波紋の様に灰になっていく。この小娘がまともな魔術を使えないのは事前の調べで分かっていた。ならばこの炎はなんなのだ。詠唱も無く魔具でもない。オーラの様に炎を纏い、小娘は地に下りて歩き始める。
「そうか、そういうことなんですね。認識、それが力となる訳です」
「訳の分からないことを!!」
十の根を地から突き出し再び串刺しを狙うが、咄嗟に飛び下がって攻撃を避けられる。仕留められなかったのは惜しいが、今は雰囲気が変わった小娘との距離が開いて僅かに安堵する。動揺が無くなり急に達観した様に落ち着き払うその様子は、化け物共と相対するのとは違ったざわめきを覚える。遊びは終わりだ。さっさと始末をつけてしまおう。
「なんだと、貴様は、一体何を!!」
「そう、避ける必要は無かったんですよね。触れる前に灰にすればいいのですから」
全方位、それこそ空を飛びでもしなければ回避不可能な根の杭の檻。小娘は全身を串刺しにされて断末魔さえ許されずに死んでいる筈だった。だがなんだこれは。手をかざすこともなく、詠唱もなく、全ての根はその体に触れる寸前で燃え尽きたのだ。溶岩に突っ込んでも数秒は形を保つだろう。だがこの小娘は何をしたのか、根は一気に燃え尽き灰になって崩れ落ちた。眼前で起きていることが理解できない。先程まで私は絶対的優位に立ち、毒で溶ける街を眺めている筈だったというのに。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! 戦いが未熟な最も落としやすい隊長だったはず!?」
「ええその通りでしょう。私自身もこうなったのは驚きですが、それでもこの程度のことで狼狽えている様では、貴女は私以下なのでしょう」
初めて小娘が手をかざす。その手には小さな火が宿り、ゆらゆらと照らしている。足元には赤く光る魔法陣が浮かび、魔術が放たれることが冷や汗と同時に嫌でも理解させられる。木を伸ばせ、壁を作り阻むのだ。それも正面だけではなく全方位に。あの根を見るに普通の火力ではない、周りを埋め尽くす勢いでやるのだ。そうでなくては何が襲い掛かるか分かったものではない。
「其は始まりの灯、禁忌をもたらした巨神の名を以て、人々の敵を灼き尽くせ」
小さな火は天へ昇った。正直拍子抜けだった。これほどの防御を固めて一撃を耐えるつもりだったのに、いざ目の当たりにしたのは火球と呼ぶのも躊躇う様な小さな小さな火。だがその直後に私はまた信じられない光景を見る。火が昇った空に、巨大な魔法陣が浮かぶ。自分の真上で赤く輝くそれを見て、私は悟ってしまった。ここが、私の最期だと。
「ああ、ミラ様。願わくば私の魂が、貴女の糧になりますよう」
「……原初の灯」
魔法陣から堕ちた火は最早赤い光の柱になって真下の魔樹を灼く。降り注いだ時間は僅かな間だが、それで十分だった。魔樹も女も既に燃え尽き、そこには灰も残っていない。本体が消えたおかげか毒の花粉も消え失せ、再び混乱と動揺が街に広がり始める。
「魔砲以外の魔術、ようやく出来ましたよ。先輩……」
この空しさは、堪える。いや、ここで塞ぎ込んでミラさんの時と同じ様になったらそれこそ笑えもしない。踏みしめろ、座り込むな。
「……そうだ、せめて亡骸を」
「誰のだい? 騎士達の亡骸を回収するのは、今は難しいんじゃないかな?」
「えっ、なっ、えええええ!! 先輩!?」
心臓が飛び出るかと思った。喜びよりも驚きが大きく、一体何故という疑問で頭が埋め尽くされる。声を掛けられた方へ向き直ると、そこには倒れる前に見せていた笑顔で話しかける先輩が立っていた。
「先輩! だってあんな傷がッ……」
「うん? ああ、中々癒すのに苦労したけどね。この通り、流石に服は直せなかったよ」
先輩の服は腹部に穴が開き、血が染み込んでいた。だがそこから見える腹は傷も無く、あの目が眩んだ光景は見る影もない。しかし、あんな状態からこんなに傷も残さないレベルでの治癒が可能だとは。
「その、こう言ってはなんですが、完全に息はないかと思っていました」
「正直死ぬほど痛かったけどね。それでも即死ではなかったのさ。だから最上位の治癒魔術を遅行発動させて、後から治癒を完了させる必要があったんだ」
「あそこまで負傷すると分かっていて、やったんですね」
「そりゃあの時点で勝ち目なんてクリスちゃんの魔砲しかなかったからね。ボクの戦闘力なんて素人に毛が生えた程度のもんだし。だけど流石に、無茶をしたかなあ」
そこまで話して先輩がへたり込む。暗くて分かっていなかったが、よく見れば顔色も悪い。倒れそうな背中をすぐに支えると、立っているのも辛かったのか体重を預けてきた。
「かなり消耗しているじゃないですか」
「いやあ、治癒魔術は基本的に受ける者の治癒能力を高めることで治すからね。要は体力前借りで傷を治すのさ。当然傷が深ければ深いほど借りる量は多くなるし、あの魔術はボクの魔力をほとんど使い切って発動するからね。今のボクは体力も魔力もすっからかんさ」
「とりあえず、城の中まで戻りましょう。トニー君たちはまだ見えませんし、今の状態で夜に探し回るのは危険です。さあ、背中に」
先輩を促すと流石に恥ずかしいのか、僅かな呻き声の後に私の背中に体を預けた。少しだけ重さはあるが、今はこの重さと暖かさが嬉しい。足に力を込めて立ち上がり歩き出す。そうだ、背負う覚悟も無しに戦うなんて甘すぎた。あの瞬間に感じた恐怖や喪失感はその証拠だ。私はあの感覚を忘れない。もう二度と、味わうことが無いように。
「……大きな背中になったねえ」
「なんですか。そんなにサイズは変わってないですよ」
「そういうことじゃないさ」




