~老練と新星~
私にとって、外の世界は正に憧れだった。暖かな日差し、穏やかな風、香る花々。普通の人々にとってはなんでもないその当たり前が、私には手の届かない場所だった。日差しは私の肌を焼き、風は私の呼吸を妨げ、花々は毒で私を殺した。ほとんど動けないベッドの上で、私はずっと考えた。私が一体何をしたのだろう。どんな大罪を犯してしまってこんな仕打ちを受けているのだろう。盗んだことも喧嘩したことも殺したこともない。助け合うことも献身も護ることも素晴らしいと感じることができる。そんな自分が、何故こんな生きる屍の様な生き方をしなければならないのだ。日に日に生きるのが辛くなる。今眠れば次に目が覚めるのだろうか、そんなことを考えると眠れない。生きるのが辛いくせに死ぬのが怖い。でも自分ではどうしようもない。私の前にあの方が現れたのはそんな地獄の日々の只中だった。
「辛いですか? 苦しいですか? 自分は何も悪いことなんてしていないのになんでこんな目に遭うんだ、そうは思いませんか? 真面目に生きても、好き勝手に生きても、結局自分の力が及ばないところで生き方を決められる。そんなことならいっそ、貴女の好きに生きてみませんか?」
いつ死ぬか分からない病状になって誰も訪れなくなった私には、そんな言葉を掛けてくれたことがとても嬉しかった。意味なんて良く理解していなかったが、自分のことを考えて手を差し伸べてくれる。その事実だけで涙が出る程嬉しかった。
「妬ましいでしょう。恨めしいでしょう。自分の好きに生きているのに、当たり前に“生きていられる”人々が。私が貴女を助けましょう。健康な体に強大な魔力、そしてそれを活かせる戦い方。それらを全て差し上げます」
だからこの人と共に生きたいと思った。この人の為に生きて、死にたいと。
「私と一緒に、世界に復讐しませんか?」
この人の為なら、世界だって殺してみせる。
森から歩んできた女は、一見華奢な只の女に見えた。痩身で黒髪、上等とは言えないボロボロのローブに身を包んだ姿はまるで幽霊の様な不気味さを感じる。こちらの傍には竜が佇んでいるというのに、その女は一切怯まずに近づいて来る。
「これはこれは、幹部クラスのご登場かな?」
「そろそろ自分の手で戦う気になりましたか。ベタハの件といいピクシーといい、中々良い性格をしている様ですね」
先輩と一緒に見据え軽く挑発してみるが、女は鬱陶しげに睨むだけだ。
「好きに言いなさい。どうせ分かり合えぬ、どうせ理解できぬ。お前達は眩しい陽の下を歩んできた者達なのだから」
女の足元に花が咲く。それは何もなかった地面から急激に成長し狂った様に花弁を開く。色は様々に咲き乱れ、その統一性の無さは不気味さすら覚える程だ。そして目に見える濃度の花粉が零れる。色が混じり濁った霧になったそれは一目で人間にとって良くないものだと判る。
「意識が無くなり、死ぬその瞬間まで覚えておきなさい。私達は“黄昏の葬列”。私はユウリィ・カニンガム。あの方の為に世界を枯らす、何でもない一人の人間よ」
「トニー君、彼女を連れてアジリオ君と逃げてくれ。これは君達を庇いながら戦える相手じゃない」
「……ッ!! 分かった、二人とも死なないでくれよ」
多くを語らずとも彼は彼女を連れて逃げ出してくれた。アジリオ君に乗って逃げたならば一先ずは安全だろう。しかし彼が何も聞かずに逃げたのも理解できる。この女は、これまで会ってきたどんな奴よりもヤバい気配がする。何も見えない程に昏い沼の底からこちらを見上げて引きずり込もうとしている様な、理解を越えた化け物を眼前に捉えている感覚。
「話し合う余地が無いのはお互い様です。ここで消えなさい!!」
「まあ最初から容赦するつもりなんてないけどね!!」
クリスちゃんが正面から撃ち、自分は左右から鞭を伸ばす。回避する余地をなくした圧し潰す攻撃、だがそれは呆気なく防がれることになる。突如地面から伸びた木が全ての攻撃を受け止めたのだ。魔砲に晒されたものは簡単に焼け落ち、鞭を止めたものは叩き折られるが、女には届いてない。
「これは、一体……」
「まあ簡単にはいかないよね。しかしこれは珍しい魔術だ」
「人間が死ぬのは何も戦いの中だけではないわ。私がそれを教えてあげる」
その言葉を皮切りに、今度はこちら側の地面が揺れる。僅かな揺れの後、地中から杭が伸びてきた。いや、それは杭ではない。これは根だ。人を串刺しに出来る程に成長した杭の様な木の根が飛び出してきたのだ。本人に動きは無いが、地中から襲い掛かる攻撃は苛烈そのもの。しばらくは回避に専念して攻撃できる隙を探さなければ。
「!! 先輩、奴が離れていきます」
「分かってるけど、この根っこがどうにもならないんだよねッ!」
余裕の表れなのか、あろうことか女はこちらに背を向けて歩き出した。その無防備な背中に攻撃を叩き込みたいのは山々だが、足元の根は収まる気配がない。飛び出しては戻り、狙いを定めてまた飛び出す。一本だけならともかく、こう複数が次々と飛び出してきては回避に専念どころか回避しかできない。しばらく避け続けていると、視界の端で何かが蠢いた。それはメキメキと音を立てながら、奇妙な形に変わっていく。徐々に姿を変えたのは、離れてこちらに向き直ったあの女だった。
「あの方の声が、私を引き戻す。だから私はあの時の絶望を決して忘れない。足元が既に崩れているなら、狂い咲いて散るだけ」
足は根に、体は幹に埋もれ、巨大な魔樹が出来上がる。葉が一枚も無い枯れ木に、無数の小さな花が咲いた。血の様に真っ赤なその花は、流れ続ける血を想起させる花粉を零す。
「貴女達にも私の味わった苦しみを分けてあげる」




