~他人と家族~ 4
「なに、これ……」
「アジリオ?」
俺は死んだと思った。でも俺の考えたことを真っ直ぐに伝えて、言わなきゃいけなかった。だからピクシーが光を撃っても、動かなかった。逃げたら自分の言った事からも逃げてしまいそうな気がしたから。痛いのかな、それとも何も感じずに死ぬのかな、そんな事が頭をよぎったけれど光は俺に届かなかった。腕の中にいたアジリオが吼えると不思議な模様が盾みたいに俺の前に出来て、そこに当たった光を取り込んでいく。やがて最初から何もなかったみたいに模様も光も消え失せ、腕の中には満足げに鼻息をするアジリオがいた。……守ってくれるってことか。それなら俺にはまだやらなくちゃならないことがある。
「……ピクシー」
「ちょっと、何よ。放しなさいよ!」
アジリオを足元に下ろし、両腕でピクシーを抱きしめた。もう、どこにも行って欲しくない。何をされても、何度突き飛ばされても、ピクシーが俺を嫌って必要ないと言うまでは諦めたくない。俺のことを大切だと言ってくれたのと同じ様に、俺も、
「嫌だ、絶対に放さない。お前が俺を大切だって言ってくれたのと同じで、俺もお前のことが大切なんだ。だから放したくない」
「そんな、こと……」
「俺が死ぬか、お前に嫌われるまで、俺は絶対に放さない。もうどこにも行かせない、置いて行かない。お前と、一緒にいたい」
「…………」
彼女の動きが止まった。黒かった片羽の色が霧の様に抜けて、全身の力が抜けたかの様にその場に崩れ落ちる。
「……ヒューッ。これは、最初からボク達の手助けなんて野暮だったかな?」
「そうですね。あれには勝てないでしょう」
先輩の手を借りて立ち上がりながら、自分達の邪魔者さに少々笑ってしまう。先輩の言った通り私達の助けなど無くとも、彼は彼女を取り戻すことが出来ただろう。それはあの竜が助けたからだとか私達がここまで守ったからいうことではなく、彼のあの想いがこの結末を引き寄せたのだ。人の想いとは、決して醜いだけではない。こんな純粋な想いを繋ぐ為にも、私達はこの戦いに勝利しなくては。
「えーっと、ねぇクリスちゃん。あれ、なんだと思う?」
「何の話ですか? ……なんですかあれは」
一段落した安堵も束の間、先輩が指差した先にあったのは森の中からそのまま浮かび上がった様な大樹。それが枝先から根までくり抜かれた様に浮かんでいる。
「クリスちゃん、ボク急に嫌な予感がしてきたなぁ」
「奇遇ですね、私もです」
そんな軽口を返してみたが、内心私は冷や汗で気が気ではなかった。あんな物があんな状態にあること自体が異常なことである。そしてタイミングが敵だったピクシーが無力化されたこの時、であれば行き着くのは。
「トニー君!! その彼女とアジリオ君を連れて逃げるぞ!!」
「今からではあれだけの質量を消せる魔砲が間に合いません! とにかく逃げるしか……」
そこまで言った段階で予感が現実になる。浮かんでいた大樹が物凄い速度でこちらに向かってきた。近づいてくるとその巨大さが更に浮彫りになってくる。走り出したものの、このまま城へ向かって走り続ければ城壁の兵士にも被害が及びそうな代物だ。逃げるとは言ったものの、正直どうやって乗り切ったものか対策がちっとも思い浮かばない。
「うわわわわ! なんだよあれ!?」
「……あの人の部下ね。私が配下じゃなくなったからまとめて始末する気よ」
「そんなに落ち着いて喋られてもねえ!?」
「私も体が動かないし、これはもう……」
足を動かしながらも先輩と私はどこか諦めが入っていた。いっその事犠牲を最小限にする為にここに留まるということも頭にちらつき始めたが、トニー君だけは諦めていなかった。
「諦めてどうする!? 俺はピクシーを連れて帰るって決めたし、隊長さん達にも助かって欲しいんだ!! 二人が足を止めたって、俺が引っ張って行く!!!」
それは無茶苦茶な言葉だった。だが今私達に足りない命への執着があった。がむしゃらで、不恰好で、何より真っ直ぐな想いが。
(しょうがねえ、世話の焼ける親父達だぜ……!!!)
それはこれまで聞いた誰の声でもなかった。しかしどこかから聞こえたという訳ではなく、頭に直接響く声。それはまだ幼さの残る少年の声だが、その歳に似合わない落ち着きと重さを伴っていた。
「なっ、アジリオ!?」
「……これは、ボク達はとんでもない瞬間に立ち会っているのかもしれないねぇ」
トニー君に抱えられていた竜が光を放つ。その光は一度弾けて立ち止まった私達の後ろ、迫る大樹と私達の間に集まっていく。それは一際強く輝き、光が収まったその場所には一体の竜が佇んでいた。いや、変化する前も竜には違いないのだが、その外見は明らかに異なっている。深い翠色の鱗に覆われた体は3メートル程にまで成長し、鋭利な牙や爪には幼かった面影など微塵も無い。翼は背ではなく両腕に翼膜として存在し、その剛腕の印象を更に強く刻み付ける。やがてその竜は巨大な咆哮を上げる。あまりの音量と衝撃に両手で耳を塞ぐが、眼前には更に驚きの光景があった。咆哮と同時に竜の口に光が集まり、凄まじい熱量であろうブレスが放たれた。その光は大樹を丸々呑み込み、消えた後には灰さえも残さず消し飛ばした。
「……アジリオ、なのか?」
トニー君の問いかけにその竜はゆっくりと振り返り、声を出すことなく答える。
(おう、言っとくがあんなん連発できねーぞ親父)
「親父って、いやでもそうか。えっでもいきなりこんなになるって……」
「……私が撃った魔法を吸収したからかしら。まさかこんな成長をするなんて」
「ボクは今、文字通り歴史的瞬間に遭遇している!! 目の前で竜が成体になる光景を見られるなんて!!!」
「先輩、とりあえず落ち着いて下さい。まだ終わっていないようですよ」
皆が安堵と興奮に湧いている中、私は未だその喜びに浸ることができなかった。それは森の方向から歩いて近づいて来る。一人の人影が見えたからだ。




