~他人と家族~ 3
「やあやあ、これはまた壮観だねえ。人の盾、駈ける矛、難敵ではあるが負ける気はしないな」
「暢気な事を言わないで下さい。今から私達はこの波を掻き分けて行くのですよ」
「ふむ、アジリオ君の魔力は幼いながら人間とは比にならない。その痕跡はこの有象無象の波があろうが色濃く残っている。そしてそれはここから一直線に進み、丘を越えて森に入る感じかな。そこまで分かれば後は簡単だろう?」
「罠という可能性は?」
「彼女に限ってそれはないね。ボクらを殺す気は満々だろうけど、それはボクらが余計な邪魔者だからだ。彼女の目にはトニー君しか見えていないよ」
「…………」
ニーナ先輩の分析を聞いて少年は黙り込む。それは何を思っての沈黙なのか、私は先輩としばらく待った。少年から発せられる言葉を。
「……行こう。絶対に取り戻す」
「うん、いい答えだ」
「では行きましょう。味方が周りにいる状況で本気は出せませんし、彼は私が抱えて行きます」
「行こう! 心を囚われた少女と心を通わせた竜を救うとはなんともロマンに溢れる戦いじゃあないか」
盾の壁を飛び越えて走り出す。案の定越えた先は血に飢えた魔族とその死体の山。そしてそこに飛び込んだ私達はまるで格好の餌だと言わんばかりに周りの全てが襲い掛かる。
「この程度ならば片手分で十分。焼き払え!」
「おおー! すげー!!」
威力に加減はいらない。放った魔砲は直線上の全てを焼き払い、都合のいい道を作り上げた。今はこれで十分、出来上がった道を駆け抜ける。だがそれを防ぐ様に横槍が飛んでくる。爪、牙、自らの持つ武器をそれぞれ掲げ、焦点の合わない目を向けて飛び掛かってきた。
「た、隊長さん!」
「全周囲の敵は対応できません。傷は覚悟で前を……」
「はっはっは、ボクに任せなさい。千ッ! 光ッ! 鞭ッ!!」
それは初めて見た先輩の兵装だった。普段は一本、正に鞭の形状をしているマギナイト兵装が、いや鞭であることに違いは無いのだがその本数は桁違いに増えている、走りながら振るうそれはあっという間に襲い掛かっていた魔族を絡め取り、後方へ向けて振り下ろされた一回の動作で捕えた全ての魔族を地に叩き付けた。流体の鞭が消えた先にあったのは、体の半分以上が地面に打ち込まれた魔族達の塊だった。
「どーだい! ボクも中々の腕だろう。強力な一撃は出来ないけれど、雑魚の掃除はお手の物ってね」
「……ありがとうございます。しかしこんな技を使えたとは意外でした」
「ふふーん、皆が成長しようと頑張っているのにボクだけ置き去りは嫌だからね」
駆けながらそう言うニーナ先輩は、どこか自慢げな表情だった。
城へ殺到する魔族の波を押し退け進み丘を越えて森の入り口に辿り着いた時、件の彼女が姿を見せた。体は華奢な妖精、幼い顔立ちやサイドテールに結った髪が一層可憐さを際立たせる。これで向けられる表情が笑顔で、背中から見える片羽が白のままなら見る者を皆穏やかな気持ちにさせるだろう。だが今彼女を包む雰囲気はそんなものとは真逆と言っていい。虚ろな目は何を捉えているのか分からず、その両腕に小さな竜を抱えたまま微動だにせず佇んでいる。お互いが姿を捉えられるところまで進んだところで、私は少年を地面に下ろした。
「来たわね、トニー。何が大切かは分かったかしら?」
「そんなこと、最初から分かってる」
「そう、でも余計なものが付いてきてるわね。まずはそれを消しましょう」
「おっと、こちらには問答無用かな!」
「トニー君と言いましたね。自衛の為の戦闘は許してください!!」
彼女は竜をその場に下ろして飛行を始める。ピクシーの羽は飛び回ると言っても鳥の様に空を翔ける物ではない。その飛び方は蝶に近く、本来移動速度はゆっくりとしたものだ。だが今こちらに襲い掛かってきた彼女はそんな常識が嘘ではないかと自分を疑いたくなる程の速度で飛ぶ。しかもそれは逃げる為の飛翔ではない。彼女の周りに練り上げられた光球がこちらに向けられる殺意を如実に物語っている。
「これはッ! ちょっと、まずいかなぁ!!」
「くっ、速すぎて捉えられない……」
光球は光の槍に変わり私と先輩に撃たれ始める。私達のマギナイト流体の様に固形化はしていない様だが、その勢いと量はまるで攻城兵器のそれだ。しかもトニー君も傍にいるせいで迂闊に動き回ることもできない。
「結光盾ッ! 防ぐことは出来るけど、長くは保たないよ!!」
「……ならば動けなくなる程度に弱らせます。はあッ!!」
降り注ぐ光槍を先輩に任せ、私はこの攻撃を止める為に魔砲を放つ。大丈夫だ、威力は加減し説得の余地を残す。上からの攻撃を防がれたことで彼女は正面に回り込む、チャンスはこの時しかない。しかし私の魔砲は彼女に当たる手前でぐにゃりと曲がり、明後日の方向へ飛ばされてしまった。
「なっ!?」
「うええ!? 何があったの!?」
「無駄よ、魔力を使う攻撃は私に届かない」
狙いに誤りはなかった。威力にも手を加えられる程十分に自分の手が届いていた。なのにあの現象はなんなのか。まるで木の枝を手でへし折る様に私の魔砲は曲げられた。ひょっとするとこの相手は最悪の相性かもしれない。
「クリスちゃんの魔砲が駄目なら、これでどうだ!!」
攻撃を防ぎ、今度は先輩が攻めに転じる。無数の鞭が彼女を捕えようと襲い掛かるがその鞭は触れる寸前で動きが止まり、表面にひびが入った後ガラスの様に砕けてしまった。
「あぁ、これも駄目かー……」
「もしや魔力による攻撃や制御されている兵装は、彼女に無力化されるのでしょうか」
「だろうね、ボルトさんやシリウスちゃんなら直接攻撃だから何とかなりそうだけど。ボク達にとっては相性が悪いねぇ」
再び彼女の攻勢が始まる。先輩の盾と私の魔砲で光槍を防ぐことは出来るが、動きを止めるどころか攻撃を当てることすらできない。
「いい加減に諦めてくれない? 貴女達の攻撃は私に届かない。こうしていても時間の無駄よ」
「はっはっは、随分強気だねぇ。しかしそれにしても暴れ回るじゃあないか。アジリオ君やトニー君に当たってしまうんじゃないかい?」
「そんなことは無いから安心しなさい。貴女達だけを射抜いてあげる」
どうやら攻撃が止むことは期待できなさそうだ。しかしそれは彼女の攻撃そのものに期待すればの話だ。先輩の方を見やると先輩もこちらに視線を向けていた。どうやら考えることは同じらしい。彼女から少し離れた場所には放たれた竜がこちらを見ている。
「ふむ、君はかなり自信がおありの様だ。だがこっちはどうかな!!」
「なっ!? やめなさい!!」
盾を作っていた兵装を鞭に戻し振るう。しかし先輩が鞭を伸ばした先は彼女ではない。地面に留まったままの竜を掴もうとするが、そこに飛び出してきた彼女に鞭は打ち消される。しかし動きは止まる。
「大人しくしなさい! 私達は貴女を殺す気などありません!!」
「嘘よ! 放しなさい!!」
竜を庇う為に止まった彼女に飛びつく。魔力が通じない以上腕力で何とかするしかない。懸命に押さえつけもがく彼女を宥めるが、説得に応じる気配はない。それどころか体の間に光球を作りだされ、炸裂させた衝撃で吹き飛ばされてしまった。
「がっ、かはっ」
「ううむ、上手くはいかないもんだね」
「私達は穏やかに暮らしたいだけ。でも私達にとってそれはとても大変なことなの。貴女達には分からないでしょうね。半端な力のせいで人間からも見下され、魔族の中でも立場が弱く隠れ住むしかできない。しかも私達は人間とは比べものにならない時間を生きるの。長い時をひたすらに隠れ住むことの惨めさったらないわ。それがトニーとアジリオに出会ってやっと生きる意味が出来たの。それを奪う貴女達を絶対に許さないわ」
衝撃に眩暈を覚えながら必死に意識を繋ぎ止めると、そこには再び現れた無数の光槍があった。今度の攻撃は防げそうにない。先輩も兵装を構えているが、その手は震えていて同じ心境なのが分かる。この感覚だと恐らく串刺しか、頭を一撃で吹き飛ばされて死ぬか。そんなことを考えていると、目の前に立ちはだかる影がある。それは竜を抱えたトニー君だった。
「何故なの?」
「……俺だって一緒に暮らしたいのは同じだ。でもだからって他の皆をどうしたっていいとは思わない。お前が俺とアジリオを大切に想ってくれるのと同じ様に、皆にも大切な誰かはいるんだ。なら、その誰かを悲しませたくない」
光槍が放たれ始める。それは威嚇の為か、ギリギリのところで攻撃を外されている。手足に光が掠りあちこちに傷を作るが、それでも彼は歩みを止めない。傷から血を流すが、呻き声さえ上げずに進み続ける。だが彼女まで2メートルといったところまで近づいたところで、これまでとは明らかに大きさの違う光槍が構えられる。
「自分達だけ助かって何が悪いの? 大切な存在だけを守って何が悪いの? どうでもいい誰かを守る必要なんて無いじゃない!」
「俺には難しいことは分からない。でもそんな自分勝手な考えで、胸を張ってお前達の傍には居られない。俺はそう思うよ」
「そんなこと、貴方が勝手に思ってるだけよ!!」
彼の上半身が易々と圧し潰されてしまいそうなその光が動いた。それは真っ直ぐにトニー君へ向かう。私も先輩も最悪の光景を想像した。せめて盾を作ろうと先輩が駆け出すが、とても間に合う距離ではない。光は直ぐに彼の影を呑み込んだ、彼も含めてその場に居た誰もがそう思っただろう。




