~他人と家族~
一日が終わった。隊長達に比べれば遥かに楽で考えることは少ないだろうが、あんな恐ろしい戦場に一日出ているだけで心身共にとても疲れる。詰所の端に座りこんでしばし休んでいると、同じく一日の防戦を乗り越えたであろう男が話しかけてきた。その男も疲れている様で、隣に座り込んで大きく息を吐く。
「よう、お互い生き延びたな」
「ああそうだな。隊長達様々だ。正面から攻め込むなんてことにならなくて本当によかったぜ」
「デカい盾を構えて槍で刺しながら牽制すりゃいいんだから俺達はまだ楽なもんだ」
「このバルカニアで戦うって聞いた時はどうなるかと思ったが、この調子ならなんとかなるかもな」
水筒の水を飲み目を閉じているとこのまま眠ってしまいそうだ。流石にそれは迷惑になるので重い腰を上げてその場から離れる。食堂を目指して歩いていると、隣の男が再び口を開く。
「聞いたか? 狂ったみたいに暴れてる魔族共だが、中には知性が残ってる奴らもいるらしいぜ」
「どうせ襲ってくるのは変わらないんだろ?」
「まあな、だがそういう奴らは別格の強さなんだとよ。もしも目の前に現れたら逃げるか隊長が助けてくれるのを祈るしかないな」
「縁起でもない話をすんなよ」
「悪い悪い、でも最近南門の近くで目撃されたらしいぜ。ぶつぶつ呟きながらうろついて魔法を撃つピクシーが」
「うーん、でもまぁピクシーなら……」
「そう言った奴らは皆返り討ちに遭ったとよ。片方の羽が黒くなった“片羽の妖精”に」
脅かす様に語る男の話を聞き終わる頃に食堂に到着した。豪勢とは言えないが、食う物があるというのはとてもありがたい。今日も様々な仕事を終えた人間で溢れかえり、皆疲れながらもまだまだ気力が尽きないことを思わせる。
「どいたどいた! ごめんよー」
「おっと、気を付けろよ坊主!」
「入口でボーっとしてる方が悪いぜおっさん!」
「ったく、飯にしようぜ」
男に促されて気が付いたが、いくら様々な職種の人間が集まっているとはいえあんな子供がいただろうか。坊主は両手に料理を抱えて食堂を駆け回っている。避難民や住民の食事場所は別に開かれているのに何故ここに子供がいるのかという不自然さがどうにも気を引く。
「なあ、なんでここに子供がいるんだ? 市民の食事場所は別にあるだろう」
「さあな、聞いた話じゃニーナ隊長が遠征の帰りに連れて来たって話だが。まあここで働いてるってことは誰かの関係者だろう。それに引き籠ってるだけの連中よりよっぽど人間が出来てるってもんだ」
「それもそうか」
席について飯を食う。この当たり前の瞬間がなんと嬉しいことか。横の男はああ言ったが、誰もが生きたいのだ。その為に戦える人間は気張らなきゃならん。それは不公平でも役割でもない。個人個人の気力の差だ。そういった点でこの子供はただ生きるだけでなく、何かの為に生きたいのかもしれない。昔から守るものがある人間は強くなるもんだ。
「やっと終わったー、仕事って大変なんだな」
食堂の仕事って言っても昼と夜に決まったもんじゃない。今この街がとんでもない量の魔族に襲われていて、それから守る為に大勢の人が働いている。街を守る兵士や、食事を作るコック、薬を作る調合士。隊長さんから部屋に籠っていいって言われたけど、こんな時に自分だけ安全な場所にいるなんて絶対にできない。そう言って始めた給仕の仕事だけど、やっぱり仕事は大変だ。でも誰かから盗んだ訳じゃなく自分の力で得た成果ってのは、くすぐったいけど嬉しいもんだ。
「なんだかんだ遅くなっちゃったな。でも飯はちゃんと確保できたし、アジリオも喜んでくれるだろう」
手提げ籠に詰め込んだ果物やパンを落とさない様に部屋に向かう。最初は慣れない環境でどうなるかと思ったけれど、意外にもアジリオは大人しく過ごしている。飯も食べるし部屋の中では動き回る。それでも部屋から出たことは一度も無かった。城の中には小さいけど中庭もあって、そこなら喜ぶだろうと連れて行ったけどそれでも自分から向かおうとはしなかった。そんなアジリオの様子に少し不安を感じながらも、責任を持って世話をしようと自分では思って行動していた。今日もそんなことを考えながら、いつもと同じ様に扉を開けた。
「あれ? なんで鍵が開いてるんだろう……」
いつもと違ったのは鍵が壊された扉と部屋の中に見当たらないアジリオ。持ち物が荒らされた様子は無いが、窓ガラスは割られ明らかに誰かが忍び込んでいる。一体何がどうなってるんだ。
「アジリオ……!! そんな、ここにいるのは隊長さんにしか話してないのに!」
荷物を部屋に投げ捨てて走り出す。扉の鍵が壊されていたなら、この城の中に入り込んだかもしれない。どこに行ったかなんて心当たりはないけど、それでもじっとしていられなかった。忍び込んだ奴なら人目を避けようとするはず、倉庫に端の通路、使われてない客室。分かる場所を手当たり次第に探したけど見当たらない。だけど通りがかった中庭で、月に照らされながらアジリオを抱えてそいつは立っていた。たとえアジリオを抱えていなくてもすぐに侵入者だと分かっただろう。だってそいつは、ここにいる筈がないのだから。
「なんで…… どうしてここに、お前が、どうやって」
「久しぶりの再会なのに随分な台詞じゃない? トニー」
ピクシーは憂う様な表情でこちらを見る。その顔は前みたいに棘があっても元気が良かった妖精とは真逆の顔つきだ。腕の中のアジリオもそんな雰囲気を感じてか、もがく様に手足を動かしている。
「でも元気そうで安心したわ。アジリオのことも頑張って育ててくれたのね」
「それは、もちろん頑張ったけど……」
「こんな場所で生きるのは辛かったでしょ? アジリオだってのびのび遊ぶことができないし。今日はね、貴方達を迎えに来たの」
そう言って笑顔を向けたピクシーの目は、なんていうか、とても濁っていて怖かった。今すぐにでもその場から逃げ出したい、このまま一緒にいてはいけない。理由なんて分からないけど体が勝手に動きそうになる、そんな怖さだった。
「迎えって、なんだよそれ」
「そのままよ。もうすぐ人間はほとんど死ぬわ。あの人にすれば殺す事なんて見つめるだけで終わる。でも私は特別に貴方達を迎える許可を貰ったわ。だから私と一緒に行きましょう? 家族はいないし他人だらけ、故郷でもない見知らぬ街、貴方が此処に拘る理由なんて無いでしょう?」
「それはそうかもしれないけど、だからって自分だけ逃げるなんて間違ってる! ピクシーこそそんな危ない奴と一緒にいるなんて止めて逃げてくれ。流石に城には居られないだろうけど、隊長さん達の戦いに巻き込まれない様に逃がすことは出来ると思う。だからさ……」
必死に説得しているつもりだった。でもピクシーの顔は俺の提案に納得して受け入れた様には見えない。次第に笑顔は消え、濁った目がじっとこちらを見る。理解できない不思議な何かを見る様な表情で、ボソボソと呟き始めた。
「おかしいわおかしいわおかしいわ。どうでもいい人間も街も捨てて私と一緒に来るのが一番幸せなはずよ。なのに私の誘いを断るなんて絶対におかしいわ。アジリオだって一緒に暮らせるし同じ人間に見下されることだってない。そうよ余計な人間が多すぎるんだわ。だから妙な責任感を持たされて離れられないのね。やっぱり他の人間なんて邪魔でしかないわ。ならここはとりあえず一緒に来てもらいましょう。そうそれがいいわ。それが一番なのよ」
目を見開いたまま呟き続けるピクシーは寒気が止まらない程怖い。しかもいつの間に掴んでいたのか俺の手首を強く握って離さない。片手で抱えるアジリオもしっかりと押さえられ、俺達は身動きが取れない。いや、もし全身が自由だったとしてもピクシーが怖すぎて足が動かないだろう。冷や汗は止まらず、何を言えば以前の様な受け答えをしてくれるのか必死に考える。でも何も思いつかない。ここにいるのは確実に何かが変わってしまったピクシーで、すぐ傍で話している今も何を考えているのか分からない。
「行きましょう。大丈夫、私が人間からも魔物からも守ってあげる。今の私ならそれが出来る。だから……」
「……っ!!」
下がろうとしても掴まれた手は全く動かない。それどころか少しずつ引っ張られていく。どうにもならない、何かが終わったと思ったその時、誰もいなかった通路から何かが飛んで来てピクシーの足元で破裂した。
「次は当てます。今すぐにその手を放しなさい。貴女もその少年の前で死にたくはないでしょう」
「ストーラの時の隊長さん!」
「……ああ、また邪魔が入るのね。私達は静かに暮らしたいだけなのに。どうしてなのかしら、どうしてこんなにも私達の夢は邪魔されるのかしら」
暗がりの中から何かを構えたまま隊長さんがゆっくりと歩いてくる。ピクシーはその様子に心底鬱陶しいと書いてある様な顔で視線を送った。そして小さな溜息と同時に、俺の手首から手を離した。
「私は諦めないわ。トニー、貴方もよく考えて。どうでもいい他人とこの子、どちらが大事なのかを。そしてこの子を育てるなら私の助けが要るわ。生かすと育てるのは違うの、貴方の答えを待ってるわ」
「あっ、待ってくれ! ちゃんと話をしてくれ、ピクシー!!」
手を伸ばしても今度は掴んでくれなかった。ピクシーはアジリオを抱えたまま吹き抜けから空へ飛び去って行く。その濁った目でこちらをじっと見つめたまま。




