~停滞と成長~ 5
「エミリオ君、君は何故この世界にしがみつく。崩壊は既に取り返しのつかない段階まで到達している。しかもそちらに付くのなら我らは敵になる、今の世界でこれほど恐ろしいことはあるまい。穏やかに滅びを待つのが賢明ではないかな?」
「僕はただ守りたい人達がいるだけだ。この体に戻った以上貴方達に味方する意味は無いし、何より家族やソニアを危険に巻き込もうとする貴方達は敵だ!」
「愛か、君は一度死して尚理解していないのだね。人の根幹は全て自分の為。私は飢えに苦しんだ末に狂気に陥った人間を数多く見てきた。家族や友人を殺して喰らうその様は、当時とてもおぞましかった。だが私は理解した。飢餓であろうが、危険であろうが、人は自らを生き残らせる為に獣に戻る。その時に情などなんの意味を持たない」
「違う、人には絶対に譲れないものがある。獣だって仲間を命懸けで守る。貴方は考えることを止めた獣以下だ」
「それで結構。もうすぐこの世界は終わるのだから!!」
ハワードの腹が膨れ上がっていく。5メートルはあろうかという球体になった後、両脇から蜘蛛の様に巨大な足が生えてくる。服が破れ眼前に晒された腹には横一文字の線があり、それは上下に開いて腹の大きさそのままの口になった。獣なんてものじゃない、魔族の方がまだ可愛げがあるとさえ思える異様な化け物。足が地面を踏む度に地響きが起き、真っ白に変色した肌と生々しい口内を晒すその腹部はこれまで感じたことの無い恐怖をばら撒く。足が震え、歯が噛み合わない。腹の上部にある不釣り合いな上半身から声が聞こえる。
「終わりが避けられぬ結末ならば、自分の好きに生きて何が悪い! 仕事終わりに味わう上等な食事、そんな平凡な幸せなどとうに叶わぬのだ。私は終わりのその時まで、好きに喰らい好きに生きる! 他者などその為の食糧、家畜に等しい!!」
両腕も白く変色し、大蛇の様に変貌していく。掌にも口が現れ、鋭い歯と涎を隠しもせずに唸りを上げる。こんな化け物に勝てるだろうか。いや勝たなければ意味がない。守る為になんだってやると決めたんだ。震える手を握り直し、剣を構える。
「絶対に勝つ。守り抜く!!」
心と翼に火を入れ飛び上がる。あんな巨大な口だ、正面から突っ込むのは危険過ぎる。体の周りを飛び、回り込もうとするが巨体に似合わず振り向きが早い。触手の様に伸びる手が襲いかかってくる。剣で斬り払うけれど、まるで鉄を斬っている様に手応えが浅い。
「すばしっこいな。ああ面倒だ、ならばこうしようか」
攻撃を防いだ安堵と攻撃が効かない不安に挟まれていると、こちらを向いているハワードが片腕を明後日の方向に伸ばす。その先は、
「ッ!! やめろっ、ぐぅ……」
「こうすれば簡単だったな。折角だ、このまま食事としよう」
「やめろ!! やめろおおおおおおおお!!!!」
家族に向けて伸ばされた腕に気を取られもう片方に絡め取られる。しかも奴はそのまま食うつもりだ。翼を噴かせても腕に力を入れても緩まない。こんなあっさり、僕はなんの為に。だけど最悪の瞬間は来なかった。空から落ちてきた赤い何かがハワードの腕を斬り落とした。
「ぐあああああああああッ!! 貴様!!」
「間に合ったな、エミリオ」
煙と炎が収まって現れたのは、初めて見た顔の男性。だけどその鎧で直ぐに分かった。彼は、体を取り戻す為に僕が剣で突き刺した。この手で殺した、竜一さんだった。
全力全開で噴かし続けて飛んだおかげで間に合った。碌に着地なんて考えずに飛び込んだせいで全身が痛いが、その勢いで腕を潰して切り落としたのでよしとしよう。
「ぬうんッ! 黒騎士が二人とはどういうことだ、ミラは一体何を!?」
「成程、お前はただの手駒らしいな。そうでなくてもここで終わりだが」
「ほざけッ! 私は最後の最後まで生き残るのだ、貴様達家畜を喰らい続けて!!」
巨大な口が開き光が収束していく。恐らく大きさそのままのレーザーで撃つつもりだろうが、そんなものは通用しない。それは水鉄砲で撃たれても何も効かないことが分かっているのと同じ様に直感的に理解する。後ろにいる人達が巻き込まれるから避けるのは論外、なら正面から突き破る。
「俺は決めた! これ以上お前らに勝手な真似はさせねえ!! その為にお前らを、全員ぶちのめす!!」
「今度こそ死ぬがいい! 妄執の迷い人よ!!」
右手に力を込める。そこに傷はもう無い。だが迷いも無い。咄嗟に作り上げたせいで結晶を削り出した様な雑な物だが、今はこれで十分だ。身長程もある結晶の槍を構え、翼を噴かせて襲い掛かる光線に突っ込む。切っ先が触れると強い抵抗があったが、光線は様々な方向へ引き裂かれ乱れ飛んだ。腹の中まで飛び込んで、真上に方向を変える。内側から串刺しだ。
「フルブーストだ、ぶち抜け!!」
「がっ、かはっ、こんな、ところで……」
腹と体を破って上空まで飛び出した俺が見たのは、全身を赤黒い炎に焼かれて燃え尽きていく怪物のなれの果てだった。同時に拘束が解かれてエミリオも家族とソニアの元へ飛んでいく。皆困惑を隠せないでいるが、やがて説明が終わったのか全員に抱きつかれて涙を流していた。これで一先ずは安全になるだろう。
(守ってやれよ、お前なら出来るさ)
踵を返してバルカニアに向かって飛ぶ。戦ってから休まず飛ぶが、相変わらず時間がない。今度はカロンと残りの敵を片付けなければ。
「もう逃がさねえ、もう誰も殺させねえ」




