~停滞と成長~ 4
無音。目が痛くなる程の闇。この空間も何度目だろうか。これまでと違うのは戦う黒い騎士がいないこと。眠っているのかどうかも分からなくなってくる。エミリオの剣が胸に突き立てられ、今度こそ終わりなのかと思ってしまった。やはり無理なのか。絶対に許したくないと心に思いつつも、自分とはあまりに違う存在に気が遠くなる。世界が違う、力が違う、そもそも人間であるかも怪しい。そんな場所に手が届くのか。殺すことができるのか。本当は叶わぬ夢で、全てを忘れて気ままに暮らした方が良かったのではないか。最近はそんなことが頭を回る。でも、それでも、最後に思考が辿り着くのは。
「休憩かな? 竜一君」
「……カロンか。久しぶりだな」
「ああ、僕も色々とあってね」
「丁度いい、聞きたい事がある」
「何かな?」
ここのところ感じていた小さな違和感、エミリオの言葉で大きく膨らんだそれをカロンに問う。
「……俺の幼馴染、綾を殺したのは、お前か?」
「……そうだ。僕が殺した。君を導く為、その為に。誰でもよかった。でも君でなければならなかった。他に選ばれる者がいなかったから。だから、僕が彼女を殺した」
「エミリオに力を与えたのも、魔族を引き連れて来たのも、街を落とした奴らを連れてきたのもお前か」
「そうだ」
「シリウスの姉を殺して入れ替わったのも、モルガンの配下を洗脳したのもお前か」
「そうだとも」
「あの日何の罪も無い綾をナイフで刺して世界を越えて姿を消した挙句に死んだ俺を生き返らせたのがお前か!」
「ああ、そうだ」
諦めた方がいい、そんな時折現れる幻をかき消して、やはり最後は湧き上がる感情がある。どんなに迷っても、微睡んでも、あの光景を思い出した瞬間に全てが吹き飛ぶ。
「くくくく、ははははは…… ハハハハハハハハハハハ!!!! そうかよ、お前かよ!! やっと見つけた、辿り着いた!」
「ああそうだ、だが君は僕を殺せない。今君は死んでいるからだ」
「関係あるかよ! この魂があるなら殺してみせる!! あの呪いも、マギナイト兵装も、魔力の使い方は十分に学んできた! 体が無いなら創り上げて、テメェを殺す!!!」
「ならばあの世界で待っているよ。そうそう、君を殺して体を取り戻したエミリオ君だが、今は故郷に向かっている様だね。そして彼の故郷からはこの戦禍を免れる為に住民が避難を始めている。一番近いパラニラに向けてね」
「パラニラ、あそこはもう……ッ!」
「そう、果たして彼はとても大切な家族と幼馴染を守れるだろうか。実に面白そうだろう?」
「この……ッ 外道がッ!!」
「では先に往くよ。さあ、君の全力で殺しにおいで」
闇に溶ける様にカロンが消えていく。咄嗟に手を伸ばそうとして手がないことに気付く。手だけではない、足も胴も顔の感覚も、よくよく意識すると分からない。もう俺は奴の言った通り魂だけの存在なのだろう。だが関係ない、これまで俺は何を作った。剣を作った、拳を作った、呪いの力で鎧が出来る様を見た。入る為の体はもう無い。それに誰かの体を借りるということは、必ずその誰かや繋がりのある人に影響を与えてしまう。だから今度は自分で創り上げるんだ。そして誰でもない自分自身が、奴を殺す。
「こんな所で燻ってられるかよ。必ず戻る。やっと辿り着いたんだ。絶対に、絶対に!!」
燃え上がれ。世界の境界なんて、この熱で貫いてしまえ。
急げ、もっともっと速く。この鎧で飛ぶのは慣れていないけど、今はそんな弱気でいる場合じゃない。急がなければソニアが、父さんや母さん、兄さんも危ない。久しぶりの体は驚くほど動き易く、以前よりも鍛えられている気さえする。仇を討ちたいという竜一さんには悪いけど、これだけは譲れない。僕はまだ間に合う。間に合ってみせる。だからもっと、もっと速く。
「もうじきパラニラだ。頼む、間に合ってくれ……ッ!!」
更に大きく羽ばたいて、翼の間から噴き出す魔力を上げる。スタミナなんて考えずに飛び続けて到着したパラニラでは、丁度街に入ろうとしている小さい一団が見えた。そして、鉱山の方からゆっくりと歩いて出迎える一人の男。上等な服を身に纏っているが、ぶくぶくと太ったその体は今の時代に似つかわしくない。
「ハワード……ッ させない!!」
両者の間に急降下して一気に飛び込む。地面に激突する前に翼を広げて着地、立ち上がると同時に剣を抜く。この体が持っていた物だけど、ここは使わせてもらおう。後ろからざわめく声が聞こえるけれど、今は説明している暇がない。なんとしても、目の前の敵を倒す。僕の背中には守りたい人達がいるんだ。
イメージだ。エミリオの体に入る前、まだチンピラを相手にしていた警察官の頃を思い出せ。頭、胴、腕、腰、足。少しずつ、少しずつ創り上げていく。服は最近着ていたあのスーツでいいか。徐々に構築していく光景はまるで3Dプリンターで物を作る様だが、今創っているのは今後長く付き合うであろう自分の体だ。やがて足先までイメージは到達し、ゆっくりと目を開ける。視覚はある。手を握る、足踏みをする。遠くの喧騒に耳を澄ませる。場所はエミリオに刺されたバルカニアの通路の様だ。道端の壊れた商店に転がっている果物を一つ齧る。味覚もある、ちゃんと果物の味がする。砕けた鏡の欠片で自分の顔を見てみると、あの頃と同じお世辞にもいいとは言えない目つきに懐かしさを感じる。変わらない顔つきと久しぶりの高さの目線に安堵するがこれで終わりじゃない。
「奴は殺す。だがその前に行かなきゃいけねえ場所が出来た。絶対に、助けてやる」
自分に改めて認識させる様に声に出す。ここから先は俺だけの恨みじゃない。そしてこれ以上俺や綾の様な人間を出してたまるか。鎧を作る。もう繋げる必要は無い、魂はここに在るのだから。だから俺がやるべきは繋げるのでは無く、燃え上がること。
「イグニション……ッ!!」
黒い炎が燃え上がり、鎧を構築していく。サイズは今の体に合わせているが、基本的な形は変わらない。刺々しい赤黒いフォルム、真横に伸びる飛行機の様な翼。隙間から漏れ出る炎を締め上げ、翼に火を入れる。使い勝手は変わらない、ならここからひとっ飛びでパラニラまで行ける筈だ。
「これ以上テメェの思い通りにさせるかよ」
地面を蹴り空に上がる。翼の出力はもちろん全開。あの勇気ある少年を、俺と同じにはしない。




