~停滞と成長~ 2
「……夜闇に紛れずとも闇を纏い姿を消すとは。なんとも羨ましい術だな」
俺の声を聞いて無意味だと悟ったのか術者は姿を現す。紫髪の柄の悪い男、暗殺者や魔術師と言うより狂戦士と言った方が似合う面構えだ。現れた皮の軽装からは闇が滴り、怪しさを一層際立たせている。その姿は人が栄える街にあって、とても異質で似合わない。
「ほう、バレるとは思わなかったな。腑抜けしかいねぇと思ってたが少しは面白い奴もいるってか」
「姿は見えずともそれだけの殺気を隠さなければ自ずと分かるとも。同業者なら尚更だ」
隠密としての完璧と言っていい術を持ちながら、これからお前を殺すと目の前で武器を振り上げる様な殺気を指摘する。そうすると招かれざる客はにやりと口角を吊り上げ不敵に笑うのだ。
「俺は仕事じゃねぇ。殺したくて殺すのさ。だが俺が殺すのは最初だけ、お前達を殺すのはお前達自身だ」
「ここで見つけたからにはさせんとも。貴様の命、貰い受ける」
男はそれを聞いて歯を剥き出しにして嗤う。そして一瞬で足元の影から闇を延ばし、弾けて姿を消した。姿だけは。だがその剣で突き立てる様な殺気はそのままだ。まるで殺してみせろと嘲笑うかの様に。僅かな間の後、背後の空間からぬるりと手が伸びてくる。闇を滴らせ、短剣を滑らせた。その凶刃を逆手で構えたナイフで受け止める。しかし込められた殺気も力も軽すぎる。小手調べといったところだろう。
「……この程度ではあるまい」
「流石にこんなんじゃどうにもならんな。じゃあペースを上げるぜ」
再び闇が集まり奴の姿を覆う。昼間の太陽の下にあってもその姿は視認できないが、殺気と風を斬る音でどこにいるのかを判断する。確実にその攻撃を捉えなければ、瞬く間に八つ裂きにされるだろう。最少の動きで刃を受け止める。はたから見れば一人で踊っている間抜けの様だが、死角や背後から襲い掛かる殺意を凌ぎ続けるにはこうする他ない。殺されることは無い、だが攻め手に欠ける。何か切っ掛けはないか。
「やるじゃねえか。だがこのままじゃ嬲り殺しってだけだぜ」
「…… あれは!」
切っ掛けは手持ち無沙汰の見回りだった。いくら城壁の外で魔族を食い止めているとはいえ、その全てが正面から襲い掛かるとも思えない。コネクトを使うことに危険が伴う以上暴れ回ることも出来ず、俺は力を使わず街中の見回りに出ていた。
「? 何の音だ…… 百舌?」
道の真ん中で何やら百舌が動き回っている。初めは小さい魔物でも入り込んだのかと思ったが、時折聞こえる甲高い金属音は明らかにそうではないと悟らせる。近づいてよくよく見れば、百舌の周囲から襲い掛かる武器を持った手が伸びていた。あの金属音は、襲い掛かる刃を防いでいたのだ。ナイフで受け止め、腕を逸らし、体を捻り攻撃を躱す。魔術や兵装での派手な戦いを目にしてきたこの世界にしてみれば地味に見えるが、それは相手の動きを予測しどこを狙うかを見極め瞬時に判断しなければ不可能な業だ。更にここで見る限り敵の姿は確認できない。そんな状況で百舌はあれだけの戦いをしている。
「百舌! 今行く!!」
「来るな!! 貴様では手に負えん、こやつの姿が捉えられるなら別だがな」
「ぐっ、だけどよ……」
「足手まといだと言っている!!」
百舌にそこまで言われて、俺は何も言い返せなかった。これまでの戦いの様に、正面から突っ込んで力でごり押しする戦い方では返り討ちに遭うのが目に見えている。それどころか文字通り足手まといになりかねない。今の自分は一番の拠り所だったコネクトも使えないのだ。
「……報せて来る。死ぬなよ!!」
「無論だ」
不甲斐ない自分への苛立ちを押し殺し、俺は踵を返してその場から走り出した。戦えなくても何も出来ない訳じゃない、せめてこの事態を伝えて百舌を助けなければ。
「なっ!? お前は、なんで、何がどうなってる!?」
通りを全力で走り大通りの手前に差し掛かった時、目の前に居た者に思わず足が止まる。俺の前に現れたのは、血色が悪く儚げな印象が際立っているが、紛れも無くエミリオだった。そう、今俺が入っているのはエミリオの体だ。なら、目の前に居るのは何者なのか。
「貴方が竜一さんですか、すっかりその姿で馴染んでいる様ですね」
「お前は、エミリオなのか? 俺がこの体に入った時には既に死んでいた筈じゃ……」
「少し、神様の手助けがありましてね。そんなことはどうでもいい、僕は急ぎの用があるんです」
そこまで言ってエミリオの雰囲気が変わる。腰に下げた剣をいつでも抜けるよう身構え、視線は俺を捉えて離さない。これは、まさか、
「その体、返して貰います!!」
腰の剣を振り抜いて俺に斬り掛かる。嫌な空気を感じ少し離れていたおかげで躱すことができたが、エミリオは追撃の手を緩めない。しかもその動きは田舎の少年が剣を振り回しているものとは思えない、無駄のない剣士のそれだった。
「ぐっ、くそっ」
「力は使わないんですね。それとも使えないんですか? どちらにせよ楽ができて助かります」
これまでの経験で剣を振り、斬撃を受け止める。だがその斬撃の重さと速さは、斬られる直前で防御するのがやっとだ。やがて大きく振り払われ、体が数メートル離される。まるでアガレスを相手にした時の様な、相手の隙が無く攻め方に困る状況だ。しかも自分の奥の手は使えない。どうしたものか。
「さっさと終わらせましょう。時間がないんです。貴方を殺して、僕は故郷に帰るんです!!」
そう言うとエミリオは右手の甲を向ける。そこには俺の右手と同じ朧気に紅く光る×印の傷があった。そして赤黒い炎が噴きだし、エミリオの体を包み込む。まさか、そんなことがあり得るのか? この力はカロンから渡された呪い。だがもしも、奴が俺以外にも力を授けていたなら、既に死んだエミリオに力を与えて何らかの形で生き返らせたとしたら。様々な考えが頭を巡るが、目の前の光景に引き戻される。ここに現れる黒騎士は、敵なのだ。
「では、死んで下さい」
炎が弾け飛んで露わになった姿は、正に黒騎士だった。細部の形状は異なり、俺の飛行機の様な翼と違い鷲の様な翼を背負っている。マギナイト結晶が付いていなかった普通の剣も炎に覆われ凄まじい威圧感を放っていた。
「マジかよ…… 冗談じゃねえぞ!!」
炎を纏った斬撃が襲い掛かる。剣の腹を向けて両手で身構えると、まるで落石でも降ってきた様な衝撃に腕が痺れた。炎の熱がじりじりと灼き、腕に掛かる重さは衰えずに剣を押し続ける。とてもじゃないがこのままでは勝てる相手じゃない。だが、あの力を使って周りに被害でも出たら、それこそ洒落にならん。
「ここまでになっても使わないんですね」
「うるせえ! お前には関係ねえよ」
後ろに飛び下がりなんとか剣を逸らす。だがエミリオの勢いは止まらない。振り下ろし、横払い、突き、更には飛び上がってからの兜割りまで。その全てが凄まじい力と熱で、剣で受けるのが精一杯だ。どうすればいい、勝つための手段がまるで思いつかない。やがて体を捻って放たれた強烈な横払いに剣を弾かれる。
「チッ、畜生……」
「既に死んでいるんです。ようやく順番が来たと思えば、どうということは無いでしょう」
胸倉を掴まれラウルに殴られた時の様な抗えない力で城壁に投げつけられる。衝撃で肺から息が全て吐き出され、痛みに眩暈がする。ちかちかと光る視界の中心で、剣を構えた黒い騎士が飛んで来た。
「それじゃあ、返して貰います」
いつかに味わったこの感覚。灼ける様な熱と流れ出る血、凍る様に冷たくなっていく手足。暗くなる視界、何もできなかったことに残る後悔と諦め。最後に見た光景は胸に刺さる剣と、流れ出る血で出来た血だまりだった。




