~停滞と成長~
バルカニア防衛戦、三日目。押し寄せる魔族の数も落ち着きを見せ始め、壮絶な魔族とのぶつかり合いは少しずつ、本当に少しずつ余裕を生んでいた。だがそれは隊長を始めとした一騎当千の戦力が戦い続け、気力と体力を摩耗させた結果手繰り寄せたものだ。城壁の外に死山血河を築き、耐え続けて気付いたことがある。奴らには優先順位が無い。城壁の中へ突撃する者はおらず、実力差に関わらず一番近い場所にいる人間に襲い掛かる。騎士も一般人も、こちらに加勢しているモルガンやアーロンにもお構いなし。それはつまり、彼らにはもう仲間を判断する思考もない、群れで獲物に襲い掛かる凶暴な蟻の様なものだ。どれだけ振り払い、潰しても、まだまだ終わりは見えない。
「でぇいやッ!!」
インパクトに力と雷撃を加えた上段蹴りを叩き込むと、トロールが水面を跳ねる小石の様に吹き飛んでいく。進路上の木端を散々巻き込み、丘に叩き付けられてようやく動きを止めた。頭からめり込みピクリとも動かないところを見れば死んだことが一目瞭然だ。だがそれをゆっくり眺めている暇はない。
「ふう、今日もハードね。せいやッ!!」
「逃がしても構わんが城壁には行かせるな。当番制だから誰がヘマしたかはすぐに分かるぞ。はあッ!!!」
「分かってるわよ。アタシは仕事で手を抜かない女なんだから」
「……そもそも女じゃねえじゃねえか」
「ふんッ!!! 何か言ったかしら?」
「なんでもねーよ」
お互いに図体のデカい的を沈めながら、攻撃に雑魚を巻き込み出来るだけ効率的に処理をしていく。力に緩急を付け戦い続けるのは楽ではない。しかしそこは隊長格、自分も近くで戦うアガレスも交替まで辛抱するのは問題なく出来る。この大群に対処する為に、自分達と部下の騎士達は交替で戦い続けている。休息を忘れず、無理はせず、必要なのは一瞬の全力ではなく継続する持久力だ。もう三日も戦い続けていれば嫌でも加減は身に付いてくる。部下達は守りに徹し、留まっている敵を自分達が遊撃し食い荒らしていく。初めはそんなにうまくいくのだろうかと不安だったが、その不安を払拭したのは他でもない魔族の協力者である。彼女達の動向にも気を掛けていなければと目を光らせていたが、その覚悟と戦いは本物だった。自分達と彼女達、どちらが上かなんて野暮な考えはこの際捨てておく。彼女達の奮闘を、今はありがたく思っておこう。それでも魔族と共闘というのは、やはり複雑な想いだが。
「今日も派手に雷落としてるわね。あの威力はちょっと羨ましいわ」
「お前があんな威力の魔術身に付けたらそれこそ悪魔だ。そのまま拳で戦っててくれ」
「ふんぬッ!! アタシ、足癖の方が悪いの」
「おー、おっかねえ」
アガレスはちょくちょく軽口で話しかけてくる。だがそれはふざけているわけではなく、緊張状態の連続を一時的に緩めてくれているのだ。どんな人間もずっと集中することはできない。張り詰めた緊張は精神を削り続けるのだ。長く戦い続ける上でその負荷は致命的、適度に力を込め、回復するインターバルを忘れない。勝利とは敵を滅ぼすことだけではないのだ。
「もうじき交替だ。ちゃんと蹴散らしておけ」
「もちろんよ。丁度いい相手も来たしね」
のそりと巨大な体を揺らし、雑魚を押し退けながら巨大な獣が現れる。元になったのはウェアウルフだろうか、大きな口から涎を零し爛々と光る眼をこちらに向ける。力任せに鉤爪を振るい、他の魔族が巻き込まれるのもお構いなしだ。だがそんな攻撃が当たる筈もない。
「芸がないわね。これならパラニラで相手したリザードマンの方がまだマシだわ」
力を流し、雷を練る。拳と足に纏わせ兵装を魔力で満たす。余力は十分、一撃で屠れる。
「歯を食いしばりなさい」
一気に懐まで飛び込み打撃を叩き込む。両手足の兵装から魔力を噴射し加速を乗せたまさに乱打。一撃一撃を抉り込む様に打ちながら、速度は落とさず殴り続ける。止めていた息が苦しくなる五秒程度サンドバッグにして、最後に下から蹴り穿つ。
「雷樹神衝!!!!」
既に焦げていた腹を雷が貫き全身を焼き焦がし、ウェアウルフらしきデカブツは焦げた肉塊に変わった。しぶとい相手を残さないように一気に仕留めたが、これは中々疲れる。しばしその場に立ち呼吸を整えるが、そこに再び雑魚が飛び掛かってきた。
「弱った相手を見逃さないのは褒めてあげる。でも注意が足りないわね」
次の瞬間、襲い掛かる雑魚達が無残にも細切れにされる。自分の背後から飛んできた無数のぬいぐるみ達に八つ裂きにされたのだ。今日はここで交替の時間。
「……お疲れ様でした。後はこちらに」
「了解、そっちも調整お疲れ様。何かあったら直ぐに呼んでね」
「はい。シリウスさんが使いこなせるといいのですが」
「可変翼異常なし、推進装置も大丈夫だ。射出装置の充填も完了。……行くぞ」
(バンカーや盾が大型化したことで推進装置の数も増えています。重量が増したのは当然ですが、ブーストと撃ち込みに必要な魔力量も以前の比ではありません。それに加えて重量バランスは最悪と言っても過言じゃないです。それらのデメリットと引き換えに、防御力とバンカーの威力は跳ね上がってます。これまで以上に使用には気を配って下さい)
右腕で完成した兵装を構える。自分自身よりも重いのではないかと思う様な重量が腕に掛かるが、これは腕力だけで扱う代物ではない。細かい噴射と遠心力、体のバネで振るうのだ。可変翼を開き、推進装置に集中する。目標は前方に存在するトロール、遠目で見ただけだがアガレス隊長が意図を察したのか射線から退いた。このタイミングだ。
「さあ、生まれ変わったお前を使いこなしてみせよう!!」
途中の雑魚を蹴散らすために最初からフルブーストで矢の様に飛び出す。盾を前方に構えで突き進めば、巻き込まれたり飛びついてくる有象無象は盾に弾かれる羽虫の様だ。トロールの前で思い切り足を踏ん張り、勢いそのままにバンカーを腹に殴りつける。
「前より大口径だ。威力は受けて確かめろ!!」
突き刺したままバンカーを撃ち抜く。轟音と衝撃が波になって響き、それに貫かれたトロールはバンカーの口径の何倍もする風穴を腹に抱え、何も吠えずに崩れ落ちた。確かに魔力の消費は激しい、だがこれなら、今度こそ護ることができる。護ってみせる。
「おーおー、こりゃまた一段とごつくなったなぁ」
「それだけ気合いが入ってるってことでしょ? ミラの話を聞いた後でも凹んでないのは成長した証かしら」
離れた場所で盾を振るう彼女を眺め、城壁の上で腰掛けながら戦況を見守る。その場で寝転がりたいくらい体は疲れていたが、兵装を新調した彼女の戦いを見ておこうと戦場が見える場所に留まったのだ。今のところ自分達が相手した以上の敵は存在せず、シリウスもその剛腕と大盾で奮戦している。心配は杞憂だった様だ。
「あの様子なら大丈夫かしらね」
「ま、そうでなくちゃ話にならん」
「問題は坊やの方かしら」
「やると言った以上は働いてもらう。それにああいった問題は自分で落としどころを見付けるしかない」
彼女は自分の芯を取り戻した。それは盲目的であってはならない。拒絶せず全てを見て、自らで考えて選ぶことが必要だ。今の彼は、それができるだろうか。




