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その境界の先  作者: nao 11
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~献身と欲望~ 3

 「事態は一刻を争う。既に四つの街から連絡が途絶え、百舌の報告によればそれぞれの街には襲撃の原因が確認されたそうだ」

 突如もたらされた最悪のニュースに全員の顔が強張る。当然だ、可能性はあったとはいえ時期が早すぎる。会議室を包んでいた沈黙を破ったのは、比較的落ち着いていたボルトだった。

 「……遂に始まった、ということかしら?」

 「遠目には只の人間にしか見えなかったが、それぞれに何らかの方法で街を制圧している。その証拠に奴らが来てから、街中で普通の人間を見ていない」

 「……皆殺しなのですか?」

 「北のアルバカナクと東のブラトニクでは恐らく。西のパラニラと南のベタハは少し違う。パラニラでは皆が家に籠っている様だが、定期的に数人が鉱山へ向かい、誰も帰って来ない。ベタハでも籠っているのは変わらんが、様子が違う。誰もが咳をし、満足に動けない様だった。どの街でも侵入まではしていないが、大規模な軍勢が確認できない」

 クリスの問いに百舌が答えるが、詳細な情報を得るごとに事態の深刻さが浮き彫りになる。単独で街を落とす程の実力者が、バルカニアを囲う様に都市を奪い、更に魔族の大軍勢が後ろに控えているのだ。少しの消耗もすることなく、力と士気を保ったままに。

 「少数精鋭、どころか単騎駆けか…… ならばその先があるな。早急に追加のバリケードと防壁を築け」

 「無論、しかし問題が」

 「なになに? よっぽど強そうな相手だったのかい?」

 「ある意味な。東のブラトニクで確認した敵は、ミラ・ベオウルフだ。少なくとも外見は同じに見える」

 その報告に全員が更に驚愕する。最初に聞いた時は俺だってそうだった。無事でないことはあると考えていたが、裏切って魔族に取り入るなんてことは誰にとっても完全な想定外だ。誰よりも“救う”ことに拘っていたあのミラが、真逆の道を選ぶなんてな。

 「なっ、そんなことはあり得ん!! よりにもよってそんな!」

 「情報に誤りはない。そして恐らく時間も無い。部下の一般騎士にバルカニアの防御を任せ、我々隊長は各都市の奪還へ向かうことを提案する」

 「押し潰される前に血路を拓くか…… 異論がある者は?」

 「「「…………」」」

 「ぐっ、ならばブラトニクには私が。頼む、行かせてくれ」

 「……お前だけでは駄目だ。もしもミラが揺るぎない敵だった時、お前は殺せるか?」

 「それは……」

 「では儂も行こう。それなら問題あるまい、アガレスよ」

 食い下がるシリウスを助ける様に会議室に入り同行を申し出たのはラウル元皇帝だった。装いは騎士と同じ服装になり今は一介の戦士だと公言するが、その威圧感と闘志は全く衰えを見せない。既に権力はなくとも、その言葉には大きな説得力がある。それならばと自分も含め反対する者は誰もいなかった。

 「……貴方がそう仰るならば。ではその他の振り分けを決めましょうか。各都市に二人ずつ、状況をここで食い止める為に一気に攻め落とす。出発は明朝、各自隊員への指示と装備の確認を済ませておく様に」

 「……了解した」

 「あっ、シリウスさん待って下さい……」

 解散となった後シリウスは真っ先に会議室を飛び出し、呼び止めるアニタに続き他の隊長も部屋を後にしていく。その場に残ったのは、俺と百舌とラウル元皇帝。三人とも眉間に深く皺を刻み、今後の行く末がどう想像しても悪い方向にしか思い浮かばないのだろう。

 「あの小僧は間に合わなかったか。何も知らぬまま殺し合うのは避けたかったが」

 「そちらの様子は確認しておりません。只では死なぬとは思いますが」

 「ま、打たれ強さはまぁまぁだがな。心の方がちっと心配だ」

 果たしてあの小僧は何かを得たのか、それとも文字通り果ててしまったのか。気になるところではあるが、そこに拘っている時間はない。もはや止まれない地点まで事態は進んでしまったのだ。

 「ああ、しかし、こりゃ大騒ぎになりそうだな。しかも強敵揃いと来た」

 「うむ、全くあの馬鹿は何をしておるのか……」

 「黒騎士のことですか?」

 「いや、そうではない。儂が言っておるのは」

 「私のことだろう? 言われずとも分かっておるわ」

 「なっ、いつの間に!?」

 閃光と共に突如現れた魔族らしき女性に、俺と百舌は武器を構える。しかしそれを制し、話を促したのは陛下だった。全く動じずに会話を催促されたせいなのかは分からないが、女性は明らかに不機嫌そうに返事をする。

 「全く、こんな場所に来たくはなかったが、そうも言っておれん」

 「ふむ、と言うことはやはり、奴らは魔族ではないのだな?」

 「そうだ。だからこうして見たくもない顔を見ておるのだ」

 「陛下、この魔族は?」

 「名はモルガン。魔族の長である。っと、陛下呼びはやめい。もう儂は違うのだ」

 その言葉に俺と百舌は一瞬固まるが、直ぐに武器を握り直す。魔族の長、その存在を知ってはいたが、実際に目にしたのは初めてだ。先の大戦の後、魔族との戦いが小規模になって以降にこの魔王とも言える女が目撃された例はない。時代が変わったこともあり、直接顔を見て知って生きている人間は、最早陛下だけなのだ。

 「分かってはいるのですが、どうも長年の癖で。しかし、その長が何故この城に?」

 「大方は予想がつく。だがそれを口にしなければならんのはこの女だ」

 「そう嫌味に言う必要はない……そちらから来たと思われる魔女に、我らの軍勢はほぼ牛耳られた。配下の魔族は狂戦士と成り果て、今このバルカニアに向けて進軍をしておる。私の力だけで解決できる範疇を超えてしまった為に、ここへ助けを求めに来たのだ」

 「な、そんなことが……」

 「卑屈になるでない。部下の為にプライドを捨てられるのはお前が賢い証だ」

 「気休めはよい。私が差し出せるのは知りうる限りの情報と私自身くらいだ。だからここで、“お願い”しよう。交渉でもなく要求でもなく。奴らを倒すのにどうか協力して欲しい」

 俺は目の前の光景に口が塞がらなかった。あの魔族の長が、我々の前で頭を下げ、協力を願っているのだ。

 「その格好の意味は分かっているな。頭を下げ、差出し、首を預けているわけだ」

 「斬りたければ好きにしろ。ただしその時は必ず奴らを倒せ。そして生き延びた魔族の生存を認めよ。それが叶えば、この首など捧げてもよいわ」

 「……陛下」

 部屋は静まり返り、陛下は無言で頭を下げ続けるモルガンを見詰めている。だが、やがておもむろに彼女の肩を掴み顔を上げさせると声を発した。

 「うむ! その心意気やよし!! しかしお前は殺さん。我らの為にも、何よりお前の同朋の為に、精々全力で力を振るうがよい」

 「……そうか。少し前に似た奴に同じ様なこと言われた事を思い出したわ」

 「似た奴?」

 「そうだ、魔女の情報を調べる為に協力を頼んだ。で、何か欲しいものはないかと問えば『お前らも協力しろ』だと。まだ小僧のくせに妙に達観して、そうかと思えば仇を見て激昂する。全く、落ち着いてるのか不安定なのか」

 少しだけ安堵した様に呟くモルガンの言葉に思い浮かべるのは、数日前にこの城から送り出した黒騎士の少年。どうやら百舌と陛下も同じ事を考えていた様で、顔を見合わせその少年について問いかけた。やはりあの少年が追い求めていた仇は、ミラだったのかどうか。

 「それは、黒い炎と鎧を纏った小僧か? そして恐らく戦ったのだろうが、その相手はミラか?」

 「その通り、まるで歯が立たなかったがな。あの小僧もただの人間ではなかったし、本当に大変だったわ」

 「ただの人間じゃない、とはどういう意味だ?」

 「そのままだ。激昂した時に黒い炎に呑み込まれ凄まじい勢いで大暴れ。私と部下が力尽くで止めてようやく静まったが、斬り飛ばした腕を炎で繋いで再生するなんて芸当も見せおってな。私の知らぬ魔族ではないか疑ったくらいだ」

 ……一体何が起きたのか。穏やかとまでは言わないが、少なくとも常識はあり物事を考えることが出来るあの少年が、自分を呑み込む程の炎を噴き上げ魔族の長とその部下が止めに入るまで暴れ回った。その事実はにわかには信じ難かった。だがそれだけ、彼の恨みは、怒りは強かったのだ。大切な人間を目の前で殺された仇、言葉で知っているのと目の当たりにするのは雲泥の差であり、彼はきっと未だそれを抱え続けている。俺達や陛下と戦った時とはまるで違う、私怨に囚われた戦い。その有様は、あまりに危険だった。

 「それは、当てにするには物騒過ぎるな。戦力は少しでも多ければと思ったのだが……」

 「とても御しきれる代物ではないぞ。今は私の部下と共にこの城を目指しておる。本当はメッセンジャーをあ奴らに任せるつもりだったが、魔女共の行動があまりに早くてな。お前達が何も知らずに向かうのを止める為に、止む無く私がここへ来たのだ」

 「百舌、急ぎ今の情報を他の隊長に伝えてくれ。魔族との共闘については、このモルガンと生き残りらしい部下とやらだけだ。狂戦士になった魔族とは正面から闘り合うことになる。そこの違いは特に間違いない様に通達してくれ」

 「了解」

 会議の後に大きな情報が入ってきたものだ。百舌に連絡役を任せたのはいいが、俺もそろそろ人員の振り分けや兵装の準備に取り掛からなければならない。しかしモルガンがいる間は離れられんと思っていたところ、それを察したのかあちらから戻ると言い出した。

 「そろそろ私はここを出よう。いつまでも居座っているのは都合が悪かろう」

 「分かった、俺達は明朝出発する。各街には二名ずつ隊長が向かう予定だ。そちらの頭数は少ないだろうしこちらの勝手で扱うつもりもない。自分達の実力を考え、効果的に敵を倒せる様にそちらで振り分けてくれ」

 「あい分かった。ではまた戦場となった街で会うとしよう」

 「手を抜くでないぞ? しかしそれにしても……」

 話がまとまったと思ったところで、陛下は妙な反応をする。それは笑いを堪える様な、見ていられないものを見ているかの様な、そんな微妙な顔。

 「その喋り方、似合わんな!!」

 「……五月蠅いわ、この化け物ジジイが」

 不意にこれまでのモルガンとはかけ離れた言葉が聞こえた気がしたが、それを確かめる前に光に包まれ彼女は消えてしまった。

 「はっはっは!! 見栄を張りおって、まぁ話の中身は偽りない様だ。まさか魔族がそんなことになっていたとはな。儂でも見抜けなんだ」

 「随分と見知った仲の様でしたが、会話したことがあったのですか?」

 「会話と言えば会話だな。なにせ三日間も全力で闘った仲だ。お互いの本質などお見通しよ」

 やはりこの方は計り知れない。少し頭が痛くなるのを我慢しつつ、俺は明日までに終わらせる仕事の為に走り出すのだった。


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