~献身と欲望~ 2
「分かっちゃいたが、手応えなんてねぇな。アルバカナク制圧だ」
殺したのは最初の数人、後は勝手に殺し合った。不安と疑念はあっという間に街に広がり、誰もが誰も信じられなくなる。俺が抱え、与えるのは憤怒。その身を焦がし、心を乾かす終わらない憤怒。故に人間は殺し合う。自らだけが生きたいと願って。
「いい様だ。他人を裏切り、家族を見捨て、恋人を憎悪し、自分を殺す。そうやってどんどん失くしていくといい。そして先には何も無い。その虚無に耐えられずに自らを殺すんだ。その瞬間の顔を、もっと見せろ。それだけが、今の俺を楽しませてくれる」
眼下の光景が感情を昂らせる。しばらくここに滞在しなければいけないのが不満だが、直に大騒ぎの大混戦になるだろう。そうなれば退屈ともおさらばだ。
「さあて、精々抗えや。恐怖を刻んで悉く殺し尽くしてやるぜ」
閉め切られた家々は物音すら立てず、それは狩られる寸前の獣が息を潜めて捕食者が通り過ぎるのを待っているかの様だ。普段は活気に溢れているであろう鉱山や店も静寂に包まれているが、その願いは叶わない。この街における絶対の強者であり捕食者の自分はここに居座らなければならないのだ。であれば、彼らの末路はもう決まっている。要はそれが早いか遅いかという違いになるだけ。
「ああ、やはり戦いは面倒だ。しかし、仕事も終えたし後はのんびりとできそうだな。うむ、正に気分はビュッフェというもの。このパラニラは最初の店といったところか」
頭を潰せば組織というのは案外脆いもの。それは一つの街にも言える。自分達を守る騎士が成す術も無く殺されれば、恐怖に押し潰され逃げる気力さえも無くなる。今この街を覆うは恐怖、しかしそれはやがて焦燥に変わり、更に飢えへと行き着くだろう。なぜなら、私が全てを奪うからだ。人は先が無いと知りつつも、その場の生を諦められない。命と天秤にかけて、生きるのに必要な物を差し出していく。そうしなければ、僅かな時間といえど生き延びることすらできないからだ。
「さてしばらくはバカンスといこう。レオン君にユウリィ君も、各々仕事を終えた頃だろうな」
(苛烈な攻撃なんて必要ない。私はただ、ここにいるだけでいい)
虐殺も殺し合いも起こさない。そう、自然に人は死んでいくのだから。病の前に人はあまりに無力。気力も体力も削ぎ落とし、絶望の果てに命を奪うのが病。それは誰の前にも訪れる。老人だろうが子供だろうが、奴隷だろうが権力者だろうが。じわじわと広がる病は確実に街を呑み込んでいく。蛇が獲物を呑み込んでいく様に。
(魔法陣の展開に気付く程度の騎士もいない。これならもうベタハは制圧したと言っていいでしょう)
何もできはしない。始めは小さな違和感から、やがて普通の生活が難しくなり医者に助けを乞う。だがその時にはもう遅い。考えうる限りの手を尽くしても、眉唾な治療法に縋っても、着実に体は蝕まれていく。そして満足に歩くこともできなくなった時に悟るのだ。自分は死ぬのだと。その瞬間に感じる絶望がどれ程大きなものか、皆も思い知るといい。誰も近寄らず、誰も触れず、誰も話さない。誰も、誰も、誰も。あの孤独、空虚を思い出すだけで身震いする。だが今は違う。私は私の願いの為に、なによりもあの方の為に、こうして呪いを振り撒くのだ。
(ああ、もっと、もっと呑み込んでゆけ。この願いが世界を覆うまで)
実に静かだ。風のそよぎ、木々のさざめき、静寂を妨げる者は何もいない。この街の住人は、皆一様に首を刎ねられ地に伏している。自分にとっては歩くことと変わらない程簡単な作業だ。その簡単な作業が、人間達にとっては何よりも恐ろしい。抵抗してもせずとも、この大鎌が命を刈り取ってゆく。その光景に刻まれた恐怖、戸惑い、怒り。描き出される感情はなんと美しいことか。
「素晴らしい、素晴らしい景色でした。私も早く、それを描く側になりたいものです」
ブラトニクの景色は真っ赤に染まり、美しかった景色は塗り潰されてしまった。次はもっと大きく、美しい感情で描かなければ。
「楽しみですね。バルカニアはどんな光景を見せてくれるのでしょう」




