~献身と欲望~
目が覚めた時、何も考えられなかった。思考はぬかるんだ泥沼の様で、体はひどく気怠く、起きるのがとても億劫になる心地だった。だが徐々に頭が回転していく。俺は何をしに来たのか、いや行ったのか。そして何があってこの廃墟で寝転んでいるのか。何を相手に戦ったのか。そこまで至った時、完全に目が覚めた。飛び起きようとするが、全身の筋肉と骨が悲鳴を上げる様に激痛が走り起き上がれない。
「ぐっ…… おお……」
「目が覚めたか、全く手間を掛けさせる」
「よかったわー、竜一ったら丸一日寝てるんだもの」
「あれだけ打ちのめして一日で回復されるのも複雑だがな」
周囲にはアーロンとペトラ、そして離れた場所にモルガンがいる。その様子を見てようやくここがアミナだと分かった。傷は無いが、全身の痛みと気怠さは消えない。苦痛に顔を歪めながら、あの時何があったのかを聞いてみる。
「なあ、俺はあの時どうなった? 何があった?」
「ひどいものだったさ。あの魔女に向かって馬鹿みたいに突撃した挙句、今度は我々を巻き込んで大暴れ。だから陛下と私がお前を力ずくで止め、ここまで運んだのだ」
「モルガンも来てたのか? 何も覚えてねえ……」
「情報は得られたが、肝心の魔女は取り逃がしてしまった。もう余裕は無い」
「急ぎバルカニアまで行かねばなりません。恐らく始まってしまうでしょう」
俺の呟きなどお構いなしにアーロンとモルガンは話を続ける。その眉間には皺が寄り、何か重大な問題が発生したことを匂わせる。
「一体何が始まるんだ?」
「全面戦争の開幕だ」
痛みが走る体を無理やり引き摺り、バルカニアへの道を急ぐ。モルガンは先行し首都の付近に潜むと言い残して消え、俺とアーロンはひたすら首都への道を歩いていた。本来なら走り通しで急行せねばならないのだろうが、今の体では歩くのが精一杯だった。
「ああ、くそっ。洒落になってねぇ」
「文句を言う前に足を進めろ。わざわざ人間の足に合わせてやっているのだ」
「体力がきつくて文句言ってるんじゃねえ。あの銀髪女の思い通りの使われたのが頭に来てるんだ」
あんな露骨な挑発に乗って暴れた挙句、利用されてこの事態になってしまった。俺はモルガンとアーロンからあの廃墟で何があったのかを聞いて怒り半分、自分への情けなさ半分で歩を進めていた。なんと浅慮で短絡的な行動だろうか。しかもそのせいでモルガンを引きずり出され、魔族と人間、全面戦争の引き金にされたのも自分への呵責へ拍車をかける。
「そうだ、愚かで先を見ず目先の怒りに囚われた行動だ。実に感情的で浅はかだ」
「……分かってる」
「だが、その怒りは本物だ。大切な誰かを奪われ、恨みを諦められずに追い続ける。私もあの方を失ったなら、恐らくそうなるだろう」
「え、どういうことだ?」
「誰にでも大切に想う誰かは存在するということだ。貴様の行動は褒められたものではないが、その想いは理解できる。さっさと歩け、急ぐぞ」
そこからはガトー達の住処に辿り着くまでお互い無言で歩き続けた。詳しく話さなくてもお互いの考え方をおぼろげに理解し、性格は違えど似た者同士だと感じたからだ。譲れないものの為になんでもしてやろうという自分の考えは、恐らくアーロンも持っているのだろう。それはとても危険だが真っ直ぐで、この優男がそんな考えを持っているのはとても意外だった。そして俺はそんな一面を見せたアーロンに、不思議な親近感を覚えていた。
「用があるのだろう。さっさと済ませろ」
「悪いな、放って行くのは気が引けるんだ。しかし、これは……」
ガトー達の住処に着くと、そこは以前よりも多数のバリケードに囲まれた異様な風景になっていた。木製の棘が入り口周りを埋め尽くし、間を縫って近づくのもなかなか難しい。どうしたものかと思案していると、バリケードの隙間から顔を覗かせた男が一人、こちらに気付いて話しかけてきた。
「おお兄貴、ご無事でしたか。とりあえずそこを通って中にどうぞ。お連れさんもそちらへ」
「お? なんだこりゃ、まるで塹壕だな。物々しいこった」
「なんだ、こんな場所を通れだと? お前だけ行け。俺はここで待っている」
「まぁいいさ、じゃ話してくる」
アーロンを外に残し、以前は無かった筈の塹壕を進む。そこは突貫工事で作ったことが明らかに分かる程、簡単で粗雑な作りのトンネルだ。人間一人が屈んで進むのがやっとの通路を土に汚れながら歩んでいく。やがてその通路は住処に繋がり、俺はそこで籠っていたガトー達と再会することとなった。
「兄貴、よく無事で。しばらくはここに居た方が安全です」
「ガトー、この通路といい一体何があった? バリケードも随分増量してるじゃねえか」
「実は、昨日の晩から魔族共の動きが激しくなったんです。この辺りはバルカニアから離れてはいますが、それでも魔族がうろつくことなんて滅多に無かったんです。それが昨日の晩からやけに魔族が徘徊してるんです。それも特定の種族だけじゃなく、オークもトロールもサキュバスもアーケロンも、住処や縄張りなんてお構いなしに。どいつもこいつも死んだ様な目で呻きながら、まるで獲物を探してるみたいでした。だからなんとか夜を越して、昼の内に急ぎでこしらえたんでさぁ」
「もう動き始めてるのか…… おい、動けるなら一緒にバルカニアまで来い。詳しく話すと長くなるが、奴らはこれから大規模な襲撃を始める筈だ。ここで隠れ続けるのはどう考えても悪手だ」
「逃げることも考えたんですが、今のバルカニアに俺達が入れる場所なんてあるんですかね?」
「んなこたぁ行ってから言いくるめるんだよ! こんな所で物資も無く、引き籠るのはゆっくり死ぬ様なもんだ」
「は、はい! 今すぐ支度してここを発ちます。兄貴はどうされますか?」
「俺は連れもいるし、なにより急がなくちゃならない用ができちまった。お前らの口利きだが、すまん。少し後になっちまう」
「こんなことになりましたし、構いませんよ。なに、むしろ魔族だらけで仕事にありつける可能性が上がるってもんでさぁ」
「……悪い、じゃあ俺は先に行く。バルカニアでな」
再び通路を這い進み、外で退屈そうに拳を振るい暇を潰していたアーロンに合流する。俺が出てくるのを見て、アーロンは不満げに口を開いた。
「随分掛かったな。奴らを連れて行く、なんて言い出すなよ? こっちはただでさえ遅いのを我慢しているのだ」
「安心しろ、とりあえず一緒に行きはしない。先で会うかもしれないがな。出発しよう」
一先ずガトー達に連絡はできた、ここからは急いで目的地に向かうのみ。話していた間に休めた足を動かし、先程までよりも早足で歩き出す。次は、シリウス達に話をしなければ。予想していたよりも、事態はずっと悪くなっている。




