~生と死~ 4
村のあちこちに松明を焚き、動かせる物を使って気休め程度のバリケードを作る。なんとか形になった頃には、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。村の周りが真っ暗な中、静まり返った村の中心部でやってくるであろう怪物共を待つ。村に残った男達は総勢12人。皆が神妙な面持ちで武器を握りしめている。俺も残っていた剣を一振り借りて静寂の中で待っていた。
そしてその時は訪れる。闇夜の中から土を踏み、進軍する音が聞こえてくる。待っていた全員に更なる緊張が走り、やがて怪物達の姿が見えてきた。剣や棍棒を携えて歩を進める集団を、3メートルはある巨大な怪物が先頭で率いて向かってくる。自分がとんでもない世界に来てしまったことを、俺は内心恐怖しながら改めて認識していた。
簡単に壊せるバリケード、震えながら固まって下がる人間、なんとも面白みのない仕事だ。この場にいる人間の中で戦う意志のある者が何人いるだろうか。オーク達と数度剣を打ち合わせただけで顔が引き攣り、情けない声を上げながら次々と逃げていく。そもそも斬り合うことすらしない、なんと張り合いの無いことよ。元々少なかった人間が逃げ始め更に数を減らした頃、微動だにしない小僧が目に入る。大人の人間が次々と倒れたり、我々から少しでも離れようとしている中、その小僧はじっと俺を見詰め動かない。
「小僧!貴様は戦う気があるのか? このままでは退屈で仕方ない」
「勝手に押し掛けといて戦えってのは迷惑な話だなァ!! さっさと出て行ってくれねェか!!」
俺が自身の背丈程もある大剣を向けて挑発すると、その小僧は小柄な体躯で精一杯声を上げおる。少しは面白そうな奴がいたか、俺は笑みが零れるのを我慢し、その場のオーク共を嗾けた。
まずい、後ろに敵はいないようだがあの時のチンピラの比じゃない。何度か力一杯斬りつけてみるが、呆気なく受け止められてその隙に周りから斬られる。腕や足が落とされる程じゃないが、ただでさえ力で負けているのに腕が痛みで下がってくる。
「クソッ!! 止めきれねェ!!」
襲い掛かる剣や棍棒を出来るだけ避けようと後ずさりするが、既に怪物共が回り込んで退路は無い。容赦なく振るわれる打撃と斬撃を受け、いつかの様に倒れ込む。背中に鋭い痛みが走り、再び刺されたことを理解させられる。数えきれない怪物達がのしかかるように集まり、踏みつけられる。
(威勢よく啖呵切っておいて、この様かよ。情けねぇ……)
視界が暗くなる。踏まれる音も遠ざかっていく。今度こそここで終わるのか。
掴んだチャンスを活かせず、口にするだけで何もできず、無様に死ぬ。
完全な闇に包まれた時、聞き覚えのある声が響いた。
「君は力が欲しいかい?」
その声にはっと目を開くと、俺は立っているかも怪しい真っ暗闇の中に『秋山竜一』の姿で放り出されていた。そして目の前に笑顔を浮かべたカロンが佇んでいた。右手を指し出し、その掌には赤黒い光が浮かんでいる。
「これは君の魂に刻まれる“呪い”。これを手にした時から君は人ではなくなり、使えばその度に君を蝕む。だがこれを手にしなければ、今度こそ君は転生し、君は君でなくなるだろう。さて、どうするかい?」
その言葉に、俺は躊躇うことなく飛びついた。その光へ手を伸ばし、手が触れた瞬間、光はゆっくりと俺の右手に吸い込まれた。
「このまま消えるくらいなら、呪われてでも生きてやるよ」
自分の仇、村の人達、放り投げて死ねるかよ。光に触れた手を握りしめ、カロンに向かって啖呵を切る。今度こそ、口だけじゃ終わらない。
「そうか、では君の行き着く先を楽しみにしているよ」
そう言い残しカロンは消える。そのすぐ後に、右手を中心にして体が熱くなって、掌を中心に右手が何かに変わり始める。まるで西洋の甲冑が黒く染まった様な腕、太くはないが関節には鋭利な棘があり威圧的な印象を受ける。その変化は肩までは届かず終わり、体中に力が湧くのを感じる。これなら勝てる。
次の瞬間、俺の目に入ったのは変化した右腕と、倒れた俺を囲む怪物達の足だった。相変わらず踏まれているようだが、今なら負ける気がしない。足を踏ん張り倒れていた体を起こす。自分に籠る熱を解放するように雄叫びを上げ、圧を掛ける怪物共を吹き飛ばしてやる。
やってやろうじゃねェか。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
群がり山のようになっていたオーク達が一斉に吹き飛ぶ。その中心には呆気なく刺され死んだはずの小僧が、絶叫しながら立っていた。その右腕は黒いガントレットの様に変わり、両手を握りしめて俺を睨んだ。先程までの小僧とはまるで違うが、その生意気な目は同じだった。オークが落とした身の丈ほどの剣を拾い、切っ先を俺に向け更に言い放つ。
「おい! お前が大将首だな。お前をぶった切って、周りの奴らもぶった切って、終わらせてやるよ!!」
「……何をしたか分からぬが、ようやく戦う意志を持った奴が出てきたか。斬り合いはむしろ本望よ! 来い小僧!!」
雄叫びを上げながら小僧が飛び込んでくる。剣術も何もない、力任せに身に合わぬ大剣を振るうだけだが、その一撃一撃は重く受け止める剣から心地よい振動が伝わる。真っ向からの力と力のぶつかり合い。オーク達が観客のように声を飛ばす。これこそが戦い! これこそが闘争! 弱き者を蹂躙するだけなど戦いに非ず。口が歓喜に歪むのもそのままに、俺は剣を振るう。この久方ぶりの瞬間を味わうために。
何度も何度も斬りつけるが、難なく剣で止められてしまう。腕が変わる前と比べたら格段に動きも力も良くなっている。だがそれでもまだ届かない。
「畜生が、化け物かよ!」
「こんなものか、まだまだ足りぬぞ!!」
怪物が横凪に力一杯大剣を振るう。その威圧感に負けて思わず剣で防ごうと構えるが、直後襲われた衝撃にあえなく吹っ飛ばされる。民家の窓に体ごと突っ込み、ガラスの破片に塗れながら頭を振って立ち上がると、さらに大きな衝撃が俺を襲った。
「がッ……!! こいつ家ごと斬りやがった!?」
「死ぬには早いぞ小僧! さぁもっと足掻くがいい!!」
衝撃に再度吹き飛ばされてごろごろと地面を転がる。歯を食いしばり足に力を込めて立ち上がる。向かい合った怪物は変わらずにやけたままだった。
「いいぞ小僧、まだお前は負けていない。さぁ来い!!!」
「……ああ、俺は負けてねぇよ」
一発貰うだけで洒落にならん。正面から突っ込むのは分が悪いな、アプローチを変えて行くか。飛ばされた場所は村の中央部、周りには民家と下っ端の怪物共、一撃が重いなら避けるだけだ。
全力で走り続ける、下っ端怪物の頭と民家の壁を足場にジャンプしながら回り、デカブツの背中を斬りつける。動きながら斬る程度では深い傷を負わすことはできない。それでも怪物がカバーできない死角を狙って斬って斬って削り続ける。
「ほう、戦いの中で学ぶこともできるか。益々殺すには惜しい小僧よ」
こっちが息もできずに動き続けているのに、向こうは斬られながら余裕で笑っていやがる。動悸が激しく、心臓が酸素を求めて暴れ回るようだ。たまらず動きを緩めて呼吸をする。その瞬間を見逃さず、俺の頭上に影が延びた。
「休んでいる暇は無いぞ!!」
巨大な剣が視界を埋めていく。喰らえば死ぬ、咄嗟に勢いのまま前転し直撃を避けるが、大剣が落ちた地面は抉れ、爆発したかと思う様な衝撃が再び体を襲う。周りの怪物が歓声を上げ、吹っ飛ばされてゴミみたいに転がり、全身をひどい痛みが襲った。切り傷や打撲だらけだが致命傷は無い、しかし勝てるのかどうか疑問が浮かんでしまう。駄目だ、こんなところで終われないからこの力を手にしたんだ。
「まだ立てるか、本当にお前は面白い。だが次で終わりだ」
「そうだな、こっちも限界だよ。そろそろ決めようぜ」
剣を構え、怪物と対峙する。周りの怪物共も黙り込み、剣を向け合ってお互いを睨む中、静寂が周りを包み込む。いつ仕掛けるか、構えたまま続く睨み合いは、怪物が剣を揺らしたことをきっかけに崩れた。斬られる前に斬り込む! 俺は全力で地面を蹴り出し、怪物に飛び込んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「はああああああああああああああああ!!!!!!」
剣と剣がぶつかり衝撃で腕まで痺れそうだ。巨大な体と大剣が押し潰さんばかりに向かってくる。体全体を使って剣を押すが、じりじりと押され足が地面にめり込んでいく。ギリギリと剣が嫌な音を立てる中、怪物は俺に向かって笑いかける。
「少しは楽しめたがここまでのようだな、騎士でもない身で中々やりおったわ。賛辞を抱いて死ぬがよい!!」
「勝手に勝った気になるんじゃねェよ。負けてねぇって言っただろうが!!!」
力を込めて剣を押し、直後に腕を引いて怪物の剣を逸らす。考えていない動きだったのか、怪物は押し潰そうとした勢いをそのままに俺と紙一重に体勢を崩していく。引いた腕をそのまま大きく振りかぶり、がら空きの胴に剣を横斬りで叩き込む。
「いけえええええええええええええええ!!!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
嫌な手ごたえに負けず、フルスイングで返り血を浴びるのも構わずに無我夢中で力を込め振り抜く。途中で抵抗が無くなり辺りに鮮血が飛んだ。振り返ると、腰で両断された怪物が呻き声を上げながら蠢いている。その様子を目撃した周りの怪物達は、大声で何か叫びながら森の方向へ逃げ帰っていく。
「がっ、はぁっ……見事、だったぞ、小僧……」
「はぁっはぁっ……そんな上等なもんじゃねーよ、この化け物がっ」
腕の力で仰向けになった怪物が息を荒くして話しかける。まだ息があるのかと驚いたが、正直俺の体力はもう残っていなかった。だくだくと切断された胴から血を流し続けながらも怪物の目は俺を捉え、語りかける表情はどこか満足げな物だった。
「任務は、果たせなかったが……久方ぶりの滾る戦い、楽しかったぞ……」
その言葉を最後に怪物は動かなくなり、今度こそ事切れたようだ。いつの間にか空は白み始め、あれだけの殺し合いが嘘の様に静まり返っていた。やがて村から退いていた男達が戻り、村の中を調べ始める。その中の数人は、傍らに怪物の死体が転がる俺に戸惑いながらも近づいてきた。
「お、おい。お前がやったのか?」
「マジかよ、トロールがこんなに…… 一体どうやったんだ?」
俺はその声に答えられなかった。全身の傷が痛み、体力の限界で瞼が重い。抵抗する間もなく、俺は意識を手放した。




