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その境界の先  作者: nao 11
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~生と死~ 3

目が覚めてから時間が経ったこともあってなんとか安定して歩けるようになった。扉を開け、壁に手を添えてゆっくりと廊下を歩く。距離はほんの3メートル程だったが、体が辛いのかスタスタと歩けない。体の調子を確かめながら先へと進む。その先は小さなエントランスのようになっていて、そこに先程の女性の他に青年一人と中年男性が一人、そしてカロンから聞いた家族構成には無かった少女が一人立っていた。


「あなたは、『エミリオ』ではない。そうおっしゃるのですか」

場所を広間のテーブルに移しお互いの確認が始まる。目の前の父親と思われる中年男性は、厳しい表情を変えぬまま俺に向き合っている。母親らしい女性は俯き、兄らしき青年は顔を青くして座りテーブルを囲んでいる。家族とは違うらしい少女はじっと俺を見詰めているが、決して話そうとはしない。

「『エミリオ』君が置かれていた状況は理解できました。残念ですが、俺は『エミリオ』君ではありません。俺自身も困惑していますが、事実です」

昨日の昼頃にシーザー、エミリオ、そしてはずっと口を開かない少女の三人は村を少し離れて薪等の木材を集めていたという。その作業中にオークという怪物の集団に遭遇、逃走中に転んだ少女を逃がすためにエミリオがオーク達を引き付けた。時間を稼いだ後にエミリオ自身もなんとか逃げようとしたが、エミリオは逃げ切れず背中を斬られその出血が原因で息を引き取ったという。オーク達はエミリオを殺した後に引き揚げたそうだが、現在も村は警戒を続けているらしい。

父親はしばし黙り込むと改めて俺に告げた。

「『エミリオ』は死んだ。それは紛れもない事実なのですね」

俺と向かい合っている面々は一様に俯き、母親に至っては肩を震わせ泣いている。長い沈黙の後、父親は口を開いた。

「エミリオの遺体は埋葬する予定でしたが、貴方がいらっしゃる以上そうもいきますまい。家族として迎えることはできませんが、貴方を捕えてどうこうするつもりもありません。可能ならば準備が済み次第、我が家を出て頂けるとありがたい」

出ていけと言われたが捕まえられるよりはマシだし、家族でもない奴を家に置いておくなんてことはしないだろう。俺は長居するつもりはなく、首都バルカニアを目指す旨を伝えた。父親は俺の考えを了解したと受け取り、俺はエミリオの衣服と水筒等の道具をいくつか貰い受けてこの家を発つこととなった。



エミリオの部屋で皮袋にいくつかの衣服を詰め、水筒や小さいナイフなどの最低限必要な装備を見繕う。一つの荷物として背負えるように支度していると、控えめにドアをノックする音がした。

「はい、どうぞ」

「あの……いきなりすみません……」

そこに現れたのは先程の広間で口を開かなかった、エミリオの家族とは違う少女だ。髪は肩までの明るい茶髪、エミリオと歳は同じくらいだろうか。随分と大人しそうな印象を受ける。

「何か用かい?」

「……えっと、先程の話で分かってはいるんですが、やっぱり『エミリオ』じゃないんですよね?」

俺に問いかけるその表情は、落胆とも悲しみとも感じ取れるとても暗いものだった。生前のエミリオと親しかったのだろうか、消え入りそうな声だった。

「……ああ、なんと言っていいかわからんが、俺は『エミリオ』じゃない。友達だったのか?」

「はい……家が隣で歳も同じだったので昔からよく一緒に遊んでました。シーザーさんが跡取りに決まってからは周りからも色々言われて辛そうだったけど、それでもみんなの役に立ちたいって頑張ってました。だけど昨日、オークに襲われた時に自分が引き付けるからってシーザーさんと私を助けようと……」

話していた少女はその時を思い出したのか、俯き肩を震わせている。俺は何も言えなかった。大切な人を亡くした時、周りに何を言われたところで状況は変わらないし、上っ面の言葉はイラつかせるだけだ。それは俺がよく分かっている。しばらく経って彼女が落ち着くと、改めて口を開いた。

「すいません、突然入ってきて泣き出すなんて……お邪魔ですよね。旅の無事を祈ってます」

深々と頭を下げ、彼女は部屋を後にした。その辛さ、悲しさはとても大きいだろうが、どんな形でも自分で乗り越えるしかないのだ。彼女が立ち直ることを祈りつつ、俺は支度を続けた。




森の中、人が生活の為に訪れていたその場所は今、人の近づけぬ領域と化していた。

「この先2キロ程行ったところに人間共の集落があります。指示にあったのはその集落かと」

「そうか、太陽が昇っている間は自由に動けん。陽が沈んだら一気に攻め落とすぞ」

偵察のオークが様子を見たところ、数人の男共が見張りをしているらしい。だがあの集落は女子供全員合わせても30人いない程度、50のオークに加えてトロールである俺もいる。これなら問題など何もない。人間共の土地を再び奪い、我らの領土を広げる足掛かりだ。俺自身は骨のある奴がいないのが残念だが。

「日没と共に動き出す、村ごと呑みこんで平らげるぞ」



荷物をまとめ終わり、首都までの道程を確認して準備を終えた頃にはもう日の暮れる時間だった。夜間の移動は避けたいが、このままこの家に世話になるのも申し訳ない。そんなことを考えていると、にわかにエントランスが騒がしくなった。何事かと部屋を出て向かってみると、そこでは数人の村人が焦った様子で騒がしく話をしている。

「どうかしたんですか?」

「エミリオ……じゃなかったな。村のやぐらで見張っていた一人が、村に近づいてから離れていくオーク数匹を見つけたんだ。戻っていく方向へ偵察に向かったところ、森の中にたくさんのオーク達とそれを率いるトロールを確認した。こちらに気付かれる前に帰ってくることはできたが、恐らく日の入りを待ってこの村にやってくるだろう。昨日シーザー達が襲われた時点で首都へ事件の内容を連絡しているが、調査の騎士が到着するのは早くても明日の朝だ。今は老人や女子供の避難を進めている」

話している間にも、先程まで打ち合わせをしていたらしい男連中は外へ駈け出していた。皆胸当てや剣を装備し、怪物達がやってくる方向へ防備を固めているようだ。

「村の人間だけで迎え撃つんですか?」

「倒すなどできんよ、出来るのは避難の時間を稼ぐことだけだ。まさかエミリオと同じことをするとは、あいつは勇気ある男だったのだな……」

思わず聞いた俺に向かって、父親は悲壮な決意と亡き息子への賛辞を口にした。

「我々は避難の時間を稼ぐ、あなたは村を出るグループに交じって避難を。夜間の移動は危険だが、ここで待っていては必ず村ごと潰される」

「そんな情けない真似は出来ません、俺もここで時間を稼ぎます。死ぬ必要はない、出来るだけ時間を稼いで危なくなったら村を放棄する。ここの人間じゃない俺がこんなことを言うのは生意気だと思われるかもしれませんが、人は死んだら帰って来ない。貴方にもさっきの男達にも、大事な人はいるでしょう」

俺がそう言うと父親は驚いた顔をしたが頷き、外に出て男達に指示を出し始めた。正直自分の目的を考えれば避難した方がよかったろうが、放っておけなかった。誰かを失うってことは、とてもとても悲しい辛いことだ。そんな目に遭う人間が、自分のすぐ傍で生まれるかもしれないと思うと、見て見ぬ振りなんてできなかった。

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