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その境界の先  作者: nao 11
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~生と死~ 2

目が覚める。

木造の天井だろうか、病院か? 今時木造の病院があるだろうか。マスクを着けられている訳でもない。辺りを見回すと寝室のようだ。しかし医療施設って訳でもなさそうだ。民家の寝室、ベッドの他に目立つものは無い。起き上がろうとすると背中に鋭い痛みが走る。

「痛ぇ……そういえば背中刺されたっけか。あのチンピラ、覚えてやがれ……」

……んん? 自分の声に違和感がある。やけに高い、まるでガキだ。

「あー、あーあー」

やっぱりだ。それに体を見ると手も足も随分細く小さい、というか筋肉が少ないという感じか。痛みに耐えながらゆっくりと上体を起こす。何とか起き上がれたが中々しんどい、そして起きた時に髪が顔の横に当たる。こんなに髪長かったか? いやそもそも黒髪じゃない、一体どうなってやがる。そっと立ち上がり、ベッドの脇にあった姿見の前によろよろと動く。

「な、なんだこりゃあッ!!??」

髪は青みがかった銀、眼は蒼、顔は中性的で童顔、どこの国籍だか分からない。叫んだ声も随分高くこの顔には合っているようだ。だが俺はこんな顔でも声でもない。身長は元の高さと比べると大分小さく、なんというか本当に少年にしか見えない。目の前の“自分ではない自分”に理解が追いつかない。混乱でその場から動けずにいると、部屋の入り口の方から音がした。ドアがゆっくりと開き、中年の女性が随分驚いた表情で覗き見ている。

「エミリオ、あなたなの? こ、答えてちょうだい?」

「エミリオ? 俺に向かって言ってるのか?」

女性に向かって問いかけ返すと一際驚き、ドアを閉めて走り去ってしまった。目の前の光景が信じられない、そんな顔をしていたが何が起きているのか。


「こりゃあどういうことなんだ……」

「その疑問にお答えしよう」


ベッドに座り込んで呟いたところで不意に背後から声がした。驚いてベッドから立ち上がり振り返ると、誰もいなかった部屋の中に一人の青年が立っていた。髪は銀、いや白髪か。黒目で中肉中背、礼服を着てにこやかに微笑んでいる。

「なッ……誰だお前は!?」

「名前は無いんだけどね、それだと不便だから『カロン』とでも呼んでくれよ」

青年は『カロン』と名乗り、更にとんでもない自己紹介をした。自らを“死神”だとのたまったのだ。

「何言ってんだお前? 死神? 意味がわからん」

「それをこれから説明するのさ、まぁまずは聴いておくれよ『秋山竜一』君」

カロンは眉根を寄せて話を聴けと促す。はっきり言って胡散臭いことこの上ないが、どうせこの場から離れても何も分からない。何より俺の名前を知っているということは、少なくとも俺を知る人物だということか。俺はとりあえず話を聴いてみることにした。

「さて、まずは分かりやすいところからいこうか。君は謹慎中にスーパーの帰り道でチンピラに襲われ、殺されてしまったんだ」

確かにそこは覚えている。後頭部を殴られ倒された挙句、背中を刺されて意識が無くなった。なら今の状況はなんなんだ? そんな思考を読んだかの様にカロンは続ける。

「死んでしまった君の魂は天へと昇り輪廻の輪に入るはずだった。だが君は黄泉平坂を上り、現世への道を見つけて入り込んだのさ。君が死んだのと同じタイミングで死んで、導かれた魂が通ってきた道を通ってね。生憎それは元の現世への道では無かった訳だけど」

……話がぶっ飛んでる。元々オカルトだとかに興味は無かったが、こんな話を急に聞かされて誰が信じられるだろうか。一度死んで、同じタイミングで死んだ奴と入れ替わった。話をまとめてみたが、それでも意味が分からない。

「君が今入っているその体、その少年は『エミリオ』という名前だ。この村の比較的大きな地主の二男で、長男のシーザーが既に跡取りとして教育を受けている。家族構成は両親と兄が一人の4人家族。エミリオの勉強があまりできていなかったのもあって、家族に良くは思われていないようだね」

『エミリオ』、さっきの女性はそう言っていた。ならあの女性は母親だろうか? しかしここで少し気になることがあった。

「なぁちょっと気になったんだが、ファミリーネーム、名字はなんて言うんだ? というかこの国はどこなんだ?」

所在地が分かれば最悪この体でも日本に戻れるかもしれない。そう思った俺の考えを、カロンは簡単に打ち砕いた。

「この一家にファミリーネームは無いよ。この国でファミリーネームを名乗れるのは一部の者達だけだからね。そしてここは『バルカニア帝国』、残念ながら君の知る世界ではないんだ」

……なんて言った? 俺の知る世界じゃない? 再び困惑で停止した俺にカロンは話し続ける。


「この世界は君のいた世界とは違う歴史を歩んだ世界、所謂パラレルワールドって奴さ。それでもこの世界の人々にとってここは紛れもない現実で、君が迷い込んだ異邦人なのさ。ちなみに言葉が通じるのは、君の話す日本語、その母国の日本は小さな島国だったこともあり比較的魔物の被害が小さかった。大陸続きだった国々はほとんど滅亡してしまったけどね。再び人類が発展していく中で、中心の日本人に合わせて主要な言語は移り変わっていった。だから世代が代わり日本人以外の人種が増えた現在でも、日本人とは違う人種でありながら言葉が通じるのさ」

魔物? 滅亡? 今こいつはなんて言った? 困惑したままの俺の様子に構わず、カロンは更に詳しく説明を聴かせた。

「かつてこの世界では魔術と科学が拮抗し、お互いの存在を否定し、それぞれが自らの存在を当たり前に存在すると“認識する”ことで、双方共に存在する世界を保っていた。しかし一人の魔術師がその拮抗を破った。本人は世界の更なる発展を望んでいたらしいけどね。異なる世界から未知の技術、オーバーテクノロジーって奴を召喚しようとした。だがこの世界に招いたのは数多の魔物と災いだった。見たこともない魔物を相手に、科学は通用するのかと“疑ってしまった”のさ。それからこの世界の住人は生きるために魔術を選んだ。今でも科学は存在しているけれど、魔術を発展させる動きの方が盛んだね。人々は生きるだけで精一杯だったのさ」

カロンからこの世界が歩んだ歴史を聞かされ呆然とする。そんなことが実際に起きたのだろうかと頭に疑念が付き纏ったが、カロンの語り口はとても嘘を喋っているようには見えなかった。何より自分の体が違うこの状況に、もう何を聞かされてもそれは本当かもしれないと思考することを止めてしまいそうだ。

「魔物の攻撃によって荒廃した世界は、人類を疲弊させ、物資や安全を互いに奪い合わせた。世界に蔓延る魔物に抵抗し、人類の生活圏を確立したのが100年前。魔物に支配されていた土地を解放し、ようやく人類は復興することができたのさ。その解放戦争で活躍した部隊の生き残りが現皇帝、『ラウル・ペンドラゴン』。彼の統治は強引だったけど、既に疲弊しきった多くの人類は、彼の恐ろしいまでの強さとカリスマ性に惹かれ、『バルカニア帝国』が誕生したのさ」

……情報の波に襲われ思考を手放さないことに精一杯だったが、落ち着いて考えているところにカロンが再び話しかけてくる。

「それにしても転生し損ねるだけじゃなく世界を飛び越えるなんてね。普通はそもそも君という存在の記憶と人格も消去されて転生へ向かうはずなんだけど、何故君は君のままだったのか。そして君が君である限りこの世界との接点は無いし、召喚者でもいない限り世界を越えることは出来ないはずだけどそれも分からない。君は本当に面白い奴だ」


この世界との接点、カロンが発した言葉に少し引っかかる。俺の世界で起きたある事件、どこの国籍かも分からず姿を消したあの女。十年近くも影さえ捉えられず、求め続けたあの仇。あいつはもしや、

「……なぁカロン、この世界の奴が俺の世界に飛ぶってことは可能なのか?」

「できなくはない、って感じかな。世界を越えるなんて膨大な魔力を消費するし、その魔法を行使できる人間や魔物もかなり限られる。だから相当な魔力を有する者がやろうと思えばできるかも、っていうのが答えだね。そしてこちら側の人間なら帰ってくることも出来るだろう」

その答えを聞き、俺はもう一つ尋ねる。

「俺が高校生の頃、銀髪でぼろ布を羽織った女が現れて俺の幼馴染を殺していった。国籍は分からず、俺が死んだ時点で手がかりすら掴めていなかった。あの女は、こっち側の人間じゃないか?」

「ふむ、その可能性は大いにあるね。それなら君とこの世界の接点ともなり得るし、向こう側でその女性を追えなかった理由にもなる」

そこまで聞いて、このとんでもない状況でも少し気力が湧いてきた。むしろ長年追い求めていた仇に近づいたのだ。この機会を活かさない手は無い。

「その女はどこにいるか分かるか?」

「それは分からないね。でも首都であるバルカニアに行けば情報収集くらいできるんじゃないかな、情報は人と物が集まる場所に集まるからね」

そこまで分かれば今後の方針は決まったも同然だ。だがその前に問題がある。

「この体の少年、『エミリオ』って言ったか。この子の家族にはなんて言ったもんか……」

「君は『エミリオ』として生きることもできるし、あくまで『秋山竜一』のままで生きることもできる。君が何を選ぶのか、全てはそれ次第さ」

最後にそう言い残し、カロンは消え去った。

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