~正気と狂気~
「全く、何故私が貴様とこうして調査に出なければならんのだ……」
「文句なら女王さんに言えよ。命令したのはあいつだろ?」
「本来なら貴様など必要ないと言っているのだ!! ……だがそういかんのも事実、陛下の命を遂行するためにも、ここは個人の感情を殺し同行を許しているのだ」
「そうかい、優しくて涙が出てくらぁ」
横に居る優男は憎々しげに声を荒げる。だがこちらもこんな言葉を掛けられている以上かけてやる情けは欠片も無い。俺達二人は、そんな個人の感情など置いておく優先事項があるのだ。それを掴む為に、しばしこの不愉快な態度に目を瞑るとしよう。この崩れ落ちそうな廃墟に、一体何が眠るのか。
突然の来訪者がとんでもない人物だと知らされ俺は固まる。横に居るペトラはにこにこと笑い、目の前の女王は何も気に留めていない様な無表情で俺を見詰めていた。その背後から何やら落ち着きのない声がする。それは青年の声で、どうやら女王の側近らしかった。
「陛下、如何されましたか? むっ、何だ貴様は!! 陛下の邪魔であろう、さっさとその場を離れろ!!」
顔を覗かせたのは肩まで黒髪の伸びた優男。その男は俺への不満をたっぷりに込めて、睨みつけながら文句を吐く。この二人がペトラの言っていた客人だろうか。玄関先に放置するのも悪いので、部屋の奥に入りスペースを空けながらペトラに問いかける。
「……この二人がお客様か? こんな大物が来るなんてな、正直失神するかと思ったぞ」
「まぁそれは悪いと思ったけど、竜一なら大丈夫かなって。だって私ともちゃんと話をしてくれたし、気にしないでしょ?」
正直権力の大きさで態度を変える気は無い。生前もそれのせいで何度も呼び出されたもんだ。だがいきなり目の前に敵の大将が出てくるというのは、恐ろしく心臓に悪い。何と言ったものかと思案していると、話は向こうから投げかけられた。
「お前は、ペトラが招いたのか? こんな場所に人間が来ることなどあり得んだろう」
「招かれた訳じゃねーよ。こっちはこっちの目的でこの場所に用があってな」
「貴様! 口の利き方を弁えんか!!」
「控えよアーロン。この者は人間だ、ならば我ら魔族の道理に従うなどとは考えるな」
「上司は話が解るな、理解のある上司は貴重だぜ? 言うこと聞いときな」
「ぐっ、出過ぎた真似を失礼しました……」
優男は苦虫を噛み潰した様な顔で女王と言われた彼女の後ろに下がる。しかし一体この状況はなんなのか。滅んだ街で調査していたと思ったら、何やら親しげに話しかける魔族が暮らしていて、更にはその頂点までが訪れてサプライズが飽和状態だ。
「陛下陛下、この人間なら大丈夫じゃないでしょうかね? とりあえず話を聞いてくれるくらいは理解があるみたいですし」
「ふむ…… 正直選り好みしている時間も無いしな。よし、そこのお前、名は『竜一』でいいのか?」
「ああ、あんたが『モルガン』で、そっちの御付きが『アーロン』だろ? 聞こえてた」
呼び捨てで呼んだことに後ろの奴が反応したが、この際それは無視する。
「……我々は人間を探していた。それも我々の話を聞き、判断する理解力を持った人間をな」
「それは何か? まるで和平交渉でもしそうな口ぶりだな」
「和平、か…… それが出来ればよかったのだがな。今の我々に対等な交渉が出来るとは思えぬ。事態はもう、最悪の方向へ流れている」
「分かるように話してくれ。お前らは人間と戦争中だろう?」
俺の言葉にモルガンは少し俯く。その反応に俺を睨んでいたアーロンも悲しげな表情で女王を見詰めていた。それは後悔と罪悪感に溢れた、あまりにも人間臭い表情だった。
「簡潔に言おう。軍勢としての魔族は既に滅んだ。いや、滅んだのではなく変わり果てたと言った方が正しい。かつて私に仕えてくれた戦士達は、ただ血と肉を求める狂った悪鬼に成り下がった」
「今やまともな思考を持った魔族は、我々と危険を察知し方々に散った僅かな同朋のみ。その他は皆狂気に身を落としてしまった。それもこれも……」
モルガンに続いてアーロンが説明する途中で、二人はしばし黙り込む。そして語られた事実に、俺は言葉を失うのだった。
「我が同朋を狂気へ追いやった人物、それは『ミラ・ベオウルフ』。あの魔女は我ら魔族に破滅を呼び込んだ」
魔族が陥っている危機、ともすれば既に希望など失われているかもしれない悪夢の根源、その名前は俺が追い求めているかもしれない相手、そしてシリウスの姉。その名前だった。
「あの女が最初に我らの居城を訪れたのは二年前。その時のあの女は、なんというか、恐らく誰が見ても『おかしい奴』であっただろう。何せ魔族の巣窟に侵入して、我らに対して闘いを止めようなどと言い放ったのだから」
「ええ全く、しかもそんな事を言い出すのだからどんな間抜けかと思えば、単独で誰にも見つからず侵入して誰も殺さず自らも死なずに帰っていった魔術師なんですから更に驚きでした」
「そう、奴は一度帰ったのだ。我々に提案を断られてな。だがそれからしばらくして、奴はもう一度我らの居城を訪れた。おぞましい狂気を放つ化け物となってな」
「道中の仲間を全員殺し、襲い掛かった仲間も殺し、異を唱えた者も殺した。その濁った眼で見詰めながらだ。恐らくその場に居た誰もが恐ろしさに寒気を感じ、こいつは本当に人間なのかと疑問に思ったでしょうね」
「ああ、そして我らは奴の提案を受け入れた。『自分を魔族側の協力者として引き入れてくれ』という提案をな」
二人が語る内容に開いた口が塞がらない。俺が調べようと探していた人間は、シリウスが救いたいと願っていた人間は、何が起きて変わってしまったのか。あまりの内容に真っ赤な嘘だとすら思える。
「おいおい、俺が知っているミラって人物は、少なくとも魔族だからって直ぐ殺しに掛かる様な狂犬じゃなかった筈だが。しかもそれじゃ人間を裏切ってるじゃねえか」
「一度目の訪問は我々も同じ印象だった。それどころか我々さえも救うと言い出さんばかりの傲慢さだったさ。だが二度目の訪問で見た奴は、人間であるかすら疑問に感じる程の雰囲気を持ち、魔力の質も様変わりしていた」
「それに奴は魔族だから殺す、と言うよりは…… 『邪魔だから殺す』という印象だった。まるで道を歩いていて目についた石が邪魔だから蹴り飛ばした、そんな顔だった。あの魔女め……」
モルガンの表情は陰り、アーロンは憎々しげに食いしばる。二人の様子を見ているにとても嘘には思えない。ならば問題なのは『一体何が起きたのか』ということだ。
「……それからどうなった? 何が起きて、お前たちは今ここに居る?」
「奴は人間側の情報を渡し、我らが攻め込む作戦の参考にするといいなどと言って誑かし、多くの戦士を戦いに差し向けた。お互いが憎いと思っているのはもちろんあっただろうが、奴の言葉には戦士達を熱狂へ扇動する何かがあった。士気が高まっているところへ『今なら有利に戦える、一人も残さず殺し尽くせる』等と言われれば、もう流れは止まらない。それを繰り返す内に、いつしか戦士達は魔女の言葉で猛り狂う、正に狂戦士となってしまった」
「トップはお前だろう? なんでそんなことになったんだ」
「控えろ!! 陛下とて何もしていなかった訳ではない。そもそも陛下は、我ら魔族の生存が第一の目的とし、人間を殲滅することに捕らわれていたのではないのだ。だが戦いが長引けば憎悪の感情は高まる。戦士達はこびり付いていたその感情を利用されたのだ」
「やめよ、止められなかったのは私の責任だ。だからこうしてここに居る」
そこまで話してモルガンは俺に向き直る。表情に纏わりつく影を振り払う様に。
「我らがここに来たのは、この近くに『一度目の訪問時に感じたあの女の魔力』を捉えたからだ。奴が 我々の居城に着た頃には、既にその魔力は変質していた。ならばそれが残っているのは何かしらの原因がある筈だ、とな」
「その場所は廃墟寸前の小さなアトリエだ。だがそこには結界が敷かれていて魔族は入ることが出来ない。いや、人間しか入れないと言った方が正しいか。その場所の調査に、人間が必要だったのだ」
ようやく話が繋がった。件の魔女について何か分かるかもしれない場所が、自分達では調べられないのだ。だからこの二人は人間を探さなければならなかった。自分達の話を信じ、尚且つ協力してくれる人間を。
「……それで、ここまで話したってことは後はそういうことだよな?」
「……お前に調査を頼みたい。そして調査の結果が戦士達を救い、奴を排除することに繋がるならば、どんな報酬も約束しよう」
「例えば人間側に降伏しろ、とかは?」
「貴様! 恥を知らぬか!!」
「同朋の安全を約束してくれるならば、提案を受け入れるし私はどうなってもいい。このまま多くの魔族が内より滅びていく様を見ているなど、私には耐えられん」
「その覚悟を見たかった」
元々俺は人間だからとか魔族だからとか、そんな考えは持っていない。なら判断するのは純粋にこの女王が何の為に行動しているかだ。こんな考え方をしているならば、苦労はするだろうが人間との共存も可能だろう。そういう誰かの為に行動できる奴を、見捨てることはしたくない。それに俺としてもミラという人間の変貌は調べておきたいところだ。
「やるさ、調査だろ? しっかり調べてきてやる」
「……それでお前は何を望むのだ?」
「別に? 強いて言えば俺も情報が欲しい。だが俺はこの辺りの地理に明るくないし、何がいるか分からないところに飛び込むのは正直恐ろしい。だからお前らも協力しろ。それでいい」
俺の言葉に今度は二人が驚き黙り込む。よく見ればペトラさえも目を見開いて驚いている様だ。……俺はそんなに欲が深い人間に見えていたのだろうか?
「ほ、本当にそれでいいのか? 同じ人間からは裏切りに見えるやもしれんのだぞ?」
「ま、大丈夫だろ。皇帝とも殴り合ったことがあるけど、あいつはそんな事気にするタマじゃねえさ」
俺はあっけらかんと答えるが、全員の空いた口が塞がらない。そんなに大仰な事だっただろうか。ラウルとかならば大笑いしてくれそうなものだが。
「陛下、我々は思わぬ幸運に恵まれていたのかもしれません……」
「ああ、もちろん我らも協力しよう。僅かだが、希望を持てたよ」
「ふふ、竜一が思った通りの人でよかったわ」
「そりゃ単純って意味か?」
話していた内容のおかげで暗くなっていた空気が少しだけ明るくなる。まだ何があるか、そもそも何かあるかすらも分からないが、それでも理解が出来る相手を見つけたことは僅かでも安心を与えたらしい。
「さて、じゃあ実際どうするかね。案内は頼んでいいんだな?」
「無論だ。付き添いにはアーロンを行かせる。こうして居城を離れていることもある、私はあまり目立つ行動ができん」
「ぬう、この男と行動と共に…… まあ仕方ない、陛下に動き回らせる事はできん」
「目的の場所はここからさほど離れておらん、人間の足でも2時間で着くだろう。しかし到着した後はお前が単独で結界に入り、情報を集めねばならん」
「了解だ。しかし悪いが、出発は明日の朝にしてくれ。流石に夜知らない場所に飛び込むのは勘弁だ」
そこまで話して解散となった。モルガンとアーロンは家を後にし、俺はペトラの家の隅を間借りした。快適とは言い難いが、それでも外で夜を明かすより遥かにマシだ。布に包まり体を休めていると、微笑みながらペトラが話しかけてくる。
「助かったわ、私達に協力してくれる人間なんて見つかるとは思わなかったから」
「俺はその辺のこだわり無いからな、珍しいだろうが。俺の気まぐれだから気にするな」
「例えそれでも嬉しいわ。ふふ、まるでヒーローね」
「そんなんじゃねぇさ、ただの自己満足だ……」
正直放っておけずに関わるのは癖の様になっているが、それは本当に只の自己満足だと自分が嫌になる時がある。助ける。聞こえはいいが、それを本当に他人が望んでいるかなど本人しか分からない。なら残されるのは周りから見た“誰かを助けた”という評価。それは不思議と居心地が良く、いつまでも浸っていたくなる。だがそれは只の独りよがりだ。それでも、俺にはその自己満足を重ねる事を止められない。もしも、全てが終わった時に、俺には何があるのだろう。振り掛かる寒気を隙間風のせいにして、俺は目を閉じた。




