~邂逅と別離~ 3
「じゃあ俺は行くぜ。これに懲りたら真面目に街で職でも探すんだな」
動けない程の怪我じゃない様だし、先を急ぐとしよう。俺は何やら呆然と立ち尽くす野盗共に背を向け、街道に戻るために歩きだした。さっきの戦いで、どういった使い方をすればどのくらい消耗するかの目安が分かった。今後は配分も考えてより効率的に戦うことも出来るだろう。そんなことを考えながら歩いていると、
「待ってくれ!! あんたには負けた! このままじゃあ帰せねえ、礼をさせてくれ」
「いや、悪いが急いでてな。野宿の強行軍でアミナまで行かなきゃならねえんだ」
何やら野盗の首領らしき男が礼をしたいと言い出したが、こちらとしては先を急ぎたい。別に嘘ではないし、正直にその旨を話した。だが男はまだ引き下がらない。
「アミナだって? あんたあの場所がなんだか知って言ってるのか?」
「その昔学者さん達が暮らしながら研究してた都市、くらいのことしか知らねえ。個人的な調べものがあってな」
「だったら尚更だ! もうあの場所は都市なんかじゃあねえ、吹き溜まりみたいなもんだ。その辺の話も一緒にしたい、それに何の準備も無しにあそこに突っ込むなんざ死に行くだけだって。悪い話じゃない筈だ、だから頼む!!」
必死に頼み込む男に気圧されていて気付かなかったが、周りの奴らまで頭を下げているではないか。聞けばアミナもただの都市址って訳でもなさそうだし、こいつ等の知っていることを詳しく聞いておくのも悪くないか。
「……分かった、分かったから頭を上げてくれ。俺も詳しく話を聞いた方が良さそうだ」
「おお! 流石兄貴は話が分かる。野郎共! そうと決まればねぐらに戻るぞ!!」
「いや、兄貴ってのはやめ」
「カシラァ! 折角ですし、兄貴が仕留めた魔獣も持って帰りましょう! 久しぶりに腹一杯食えそうですぜ!!」
「おう! さっさと縛って荷車まで持って行くぞ!!」
承諾した途端に男達は凄い勢いで帰り支度をしていく。自然に兄貴と言われたことへの抗議もかき消され、騒ぎの原因だった魔獣も分担して担ぎ、先程とは別の騒がしさを纏いながら俺達はそのねぐらとやらへ向かうのだった。
自然に作られた洞窟、その空間に様々な工夫を凝らしたアジト。それが彼らのねぐらだった。崩れない為の補強、入り口を穴のままにせずドアとバリケードで防護、くつろぐ場所は土剥き出しではなく藁で敷き詰め住みやすさも捨てていない。野盗のアジトと勝手に想像していたものよりは何倍も工夫された、意外にも快適そうな場所だった。
「さぁ兄貴、ここが俺らのねぐらです」
「おお、意外としっかりできてんな。なんかこう、廃屋に住み着いてたり、そのまんまの洞窟に住んでたりするのかと思ってたわ」
「最初はそういうもんでしたが、魔族や魔獣に襲われるのを繰り返すと、自然とこういう作りになるんですわ。侵入口が一か所なら守りやすいですし、どうせ住むなら住みやすくしたいって無いなりに知恵を出しましてね」
「カシラ、俺達は獲物を捌いて飯の支度をしておきます」
「おう、気ぃつけて行けよ」
獲物を運んでいた数人の内の一人が声を掛け、そのまま荷車を押してねぐらから少し離れる。どうやらねぐらの中では捌かずに外で処理を済ませる様だ。
「血の匂いってのは厄介でしてね。食うために捌いた分がその場に溜まってるだけでも面倒くせえのを呼び寄せるんです」
「そういうことか。流石、街の外で生きてきただけあるな」
「そんなことありません。俺達は所詮襲うことでしか生きられなかったならず者ですんで。さぁ、飯ができるまで時間も掛かりますし、それまでアミナの話でもしておきましょうか」
素直に感心していただけだが、本人にも後ろめたさがあるのかその顔は少し暗かった。カシラと呼ばれた男は空気を変える様にねぐらの奥へ案内する。そこは少し広くくり抜かれ藁も厚めに敷いてある、恐らくリビングみたいな場所だろう。その中心に座り、男は話を始めた。
「とりあえず簡単に言いますと、アミナはもう都市じゃありません。加えて言うと人間もいません。あそこにいるのは“なりそこない”です」
「“なりそこない”? なんだそりゃ」
「あそこが学者達の街だったのはご存知かと思います。頭の良い奴らの考えることは分かりませんが、どうやら“人間であることを辞めようとしてた”らしいです。聞いた話じゃ人間と魔族の力の差に絶望して、強靭で完全な生物である竜を目指したって話です。それこそ考え付く限りの方法を試して研究してたみたいですが、結果生まれたのは人でも魔族でもない竜でもない、何かが混ざり合った気色悪い生き物。それが分かったのが10年前。それ以来あの場所は騎士も調査に行かない、“なりそこないの吹き溜まり”って訳でさぁ」
「……だから“なりそこない”ってことか」
「ええ、奴らにはもう人間の意識なんて残ってない。アミナから離れて人を襲うことはしませんが、俺達からしてみりゃ只の化け物です。それに人が寄り付かなくなって随分経ちます。今あの場所がどうなってるのかは誰にも分かりません」
「魔族の到来がもたらしたものってそういうことね。気が滅入る場所を紹介してくれるじゃねぇか、あのジジイ……」
なんとも気が重くなる説明に思わずラウルへの文句が零れる。それに男は少し怪訝な顔をするが、気を取り直して話を続けた。
「正直行くのはお薦めできません。ですが兄貴は行かなきゃならないんでしょう?」
「ああ、どうしてもな」
「なら止めません。語らずとも、兄貴にはやらなきゃならねえ事を背負った男の“決意”ある。だったら外野がとやかく言うのは野暮ってもんです。俺達にできるのは無事を祈ることだけです」
「気を遣わせて悪いな。俺は竜一、お前の名前は?」
「俺はガトー、はぐれ者を率いて生きることに必死なしがない野盗でさぁ」
ここまで話をしておいて思ったことがある。それはガトーや他の面子が、野盗と言う割に外道ではないことだ。俺を襲った時も始めは殺す気がなかった様だし、話した印象でもただの陽気な連中といった感じだ。
「なぁ、お前ら根っからの悪人って訳でもなさそうだし、バルカニアに行って仕事を探すのも遅くないんじゃないか?」
「……俺達もできるなら真っ当に生きたいですがね、何と言っても俺達には何もない。金もコネも技量も。そんな奴らに無条件で家や仕事をくれる程、国は優しくねえんです」
そう語るガトーの顔はなんとも疲れ果てた顔だった。悲しくもなく、怒りでもなく、結末が分かりきっている行動に対する嫌気が滲み出ていた。恐らく街に行って暮らそうと試したことは何度もあるのだろう。だが彼らはここにいる。その事実と表情で、相当な苦労としたことは容易に想像できる。しかしそれだけに、彼らをこのままにしておくのは忍びなかった。
「確約はできねえが、ちょっと知り合いの隊長に相談してみるか。お前たち何度も魔獣の襲撃を防いでるんだろ? だったらちょっとは話ができるかもな」
「え!? でも俺達はただ生きるだけで精一杯なゴロツキですぜ。そんな旨い話がありますかね」
「知識と経験ってのは大きな差がある。なんか魔物の動きが活発になったって言ってた気がするし、そこに付け入れば防衛の為の仕事は取れそうだがな。街の外で暮らすなんて出来る人間は少ないもんさ」
「そ、それなら、俺達も今の生活から抜け出せるかもしれない……」
「ただし、それは俺がアミナから帰ってきてからな。俺も俺の目的がある。それに重ねて言うが口を利いてやれるかも保証はない。それでもいいならやってみるさ」
「とんでもない! 俺達が闇雲に仕事を探すよりよっぽど頼もしい。どうか、あいつ等の為にもお願いします」
座ったまま深々と頭を下げるガトーに不思議な親近感を覚えて苦笑する。恐らくこいつも、身近で困っている人間を放っておけない奴だ。苦労しかしないと分かっていても、誰かが助けを求めているなら手を伸ばさずにはいられない。自己満足だろうがエゴと言われようが、そのまま見捨てるよりはいいと思っているからだ。だからこそ、俺もガトー達を只の野盗と切り捨てることができなかった。そんな感情に溜息を吐きそうになったところで、外から必要以上の大声で呼びかけられる。
「カシラァ! 兄貴! 飯の用意ができました!」
「おう! さっさと運んで飯にするぞ!!」
「じゃ、俺も御馳走になるとしますか」




