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その境界の先  作者: nao 11
32/63

~邂逅と別離~ 2

 (そろそろ野営するか)

 歩み続けて日が傾いた頃、少し気温も下がり肌寒くなってくる。完全に暗くなる前にせめて焚火の準備くらいは済ませておかなければ。周囲の石を集め拾った薪を用いて焚火を作る。火打石で着火するなんて初めてのことだったが、必死で枯草に火花を浴びせ何とか火種にすることができた。小さ目の薪をくべて少しずつ火を大きくし、ようやく安心して休めるくらいの焚火になった。寝床は大きめの石に背を預けて布で包まるだけのひどい場所。焚火に当たっている正面以外は冷たい空気が体を蝕む。だがそんな辛さは気にならなかった。この先に何があり、それが何を示すのか。そして何よりもあの銀髪女はどこにいるのか。そのことが頭の中でぐるぐると回り続ける。多くの人に触れ、この世界での生活もある程度経験してきたが、それでもこれだけは決して頭から消えない。

 (綾、今の俺を見て、お前はなんて言うかな……)

 できるだけ休める様に目を閉じ、努めて心を落ち着ける。今はただ、何かがあることを信じて。


 『そろそろ進路決めないとな。つってもきつくなければなんでもいいが』

 『もうそんなこと言ってちゃんと考えないと進学も就職もできないよ』

 部活からの帰りで日が暮れた道を歩く。思った事を言っただけなのに、この小学校からの幼馴染は真面目な言葉で俺を注意する。ここまでの腐れ縁ならば、その程度で俺の怠け癖が治る筈がないと分かりそうなものだが。

 『そういうお前は? やっぱり進学か?』

 『私はー、うーん……』

 『お嫁さんってのは無しな』

 『そこまでメルヘン思考じゃないよ。でも憧れはあるかな』

 含み笑いで返す彼女に、俺は何も言えなかった。それは含まれた意味への興味であったり、そこに自分がいないかもしれない恐怖であったり、自分から言っておいてなんとも浅はかな事だが、その感情に俺は冷えて口が動かなかった。しばらく無言で帰り道を歩く。その空気に耐えかねてか否か、不意に彼女は少し買い物があると言って路地に入った。

 (地雷踏んだかな…… しかも自分のとはな)

 彼女の後ろ姿を見送り、俯きながら自らの発言を後悔する。だがその直後だ。

 『えっ、お姉さん何ッ あ゛あ゛っ』

 そんな聞き慣れない声に顔を上げると、見たことも無い銀髪の女が彼女の前に立っている。そして崩れ落ちる様に倒れた彼女は胸から血を流し、その女は手に血塗れのナイフを持っていた。何が起こったか理解できず、駆け寄る足が動かない。流れ続ける血に尋常ではない事態だと気付かされてようやく走り出す。女は既に姿を消し、その場にはドラマの様に刺されて横たわる彼女と、抱きかかえて必死に呼びかける俺が取り残された。

 『おい! き、救急車…… 何なんだ、何なんだあいつ!! くそ、おい! 寝るなよ!! 気をしっかり持て!!』

 どれだけ叫んでも、腕の中の彼女は答えない。虚ろにどこかを見つめ、僅かに口を動かすだけ。枯れても構わないと大声で呼び続けても、その場に虚しく響くだけ。



 (ッ! ……またこの夢か。ああ、また最悪の寝覚めだ)

 夜明け、燻る焚火を始末して歩みを再開する。柔らかい寝床で寝た訳ではないので体のあちこちが痛むが、今更贅沢は言ってられない。軽く体をほぐして、細くなる道を歩き始めた。

 (……気を取り直して行くとするか、俺はただ進むだけだ)

 疲労が抜けない足に力を込め、ひたすらに歩き続ける。坂道もなく緩やかな道が続いたが、太陽が真上近くに昇る頃、何やら騒がしい声が聞こえた。それは喧嘩というよりは悲鳴と怒号、何かに襲われている複数の何者かが必死の声を上げている。

 「クソッ!! しつけえ!!」

 「固まれ!! はぐれると逆に囲まれるぞ!!」

 (あいつら、昨日の野党共か……)

 様子を見に行けば、昨日返り討ちにした野盗共がかなり大きな狼達に襲われている。しかもその狼達は普通の大きさではなく、動物園のライオンと大差ない程の迫力だ。10頭程度の群れが、まさしく狩りの様相で野盗達の周りをうろうろと品定めする様に取り囲んでいる。

 (このままほっとく、のは無いか。食われても寝覚めが悪いし、奴らが人の味を覚えてこの辺りをうろつかれても困る。仕方ねえな)

 まだ狼達がこちらに気付かぬうちに剣を抜き、ゆっくりと近づく。だが俺に気付いた野盗の一人が、大きな声を上げて指を指してしまった。

 「おいお前!! 昨日のガキか! 頼むなんとかしてくれ」

 「テメエが騒ぐから不意打ちできなかったろうが!」

 その声に反応して何匹かの狼が振り返る。こうなってしまっては忍び寄る意味がない、覚悟を決めて剣を構え直す。折角の機会だ、新しい剣の戦い方を色々試してみるとしよう。隊長達の兵装を間近で見て分かったことがある、それは結晶を基点とするだけで何を形作るかは本人の技量次第だということだ。元が剣に埋め込まれている結晶だとしても、剣の形にする必要はない。そもそも固定して使わなければいけないこともないのだ。前の剣の噴射がそうだったが、湯水の様に使えないだけでその使い道はかなり自由が利く。

 「ちっと試してみるか、悪いが付き合ってくれよ」



 代わりの餌が来た。俺達は誰もがそう思っただろう。昨日打ちのめされたとはいえ、これだけの数を相手にたった一人。俺達は目配せでお互いに逃げるタイミングを探していた。まだ周りには何匹か魔獣が残っている、ここはあのガキがやられて奴らががっついている間にゆっくり逃げるのが確実だ。そう思っていた。

 「まずは小手調べ」

 何匹もの魔獣に囲まれているのにガキは冷静だった。薄く光る剣を横凪に一回転、だがそれは直接斬り掛かるものではなく、はたから見ている分には意味が分からない。だが飛び掛かった魔獣が傷を負ったのを見てそれは何かの罠であったと知る。一斉に襲われることを阻止し、傷を負わせて勢いを削ぐ。そうして僅かな間が空いた隙に一番近い魔獣に斬り掛かった。

 「噛まれる前に、斬るだけだ」

 その言葉の直後、ガキの剣がいきなり伸びた。いや伸びたというより青白い結晶で剣を覆い一回り大きくしたのだ。体に似合わぬ大剣を難なく振るい、魔獣の牙が届く前に斬り伏せる。戦意を取り戻した魔獣が次々と襲い始めても、まるで演舞の様に切り裂き、払い、突き立てる。一匹、また一匹と動かぬ魔獣が増えていった。

 「な、何が起きてるんだ……」

 「俺達、あんなのに喧嘩売ってたのか」

 戦いのレベルが段違いだ。武器と人数差で殴る俺達とはまるで違う、質の高さ、一騎当千の強さ。噂に名高い騎士の隊長と遜色ない、いつしか俺達はその戦いに釘づけになっていた。

 「駄目押しにもう一丁」

 無闇に飛びつかなくなった魔獣を前に、再び何もない空間を斬る。だが今度は明確に光がその場に残り、いくつかに分かれた光弾が魔獣に向かって襲い掛かる。命中した光弾は結晶となり纏わりつき、獲物をその場に縫い付ける。動けなくなった魔獣など彼の敵ではなかった。気付けば残る魔獣は二匹、その生き残りも不利を悟って逃走を始める。だが、彼はそれを許さず追いかける。

 「これで、終わりだ!!」

 走りながら後ろ手に構える剣が一際輝き、その光はとんでもない長さに伸びていく。彼は逃げる魔獣にそれを振り下ろす。凄まじい光の奔流は最後の魔獣を呑みこみ、彼が光を収めた後は何も残らなかった。なんという力か、俺達はしばらく呆然と眺めていることしかできなかった。彼は何かの感触を確かめる様に手を見つめていたが、全てが終わったことを確認して俺達に話しかけてくる。

 「おう、怪我人はいるか?」

 「い、いや皆軽傷だ、助かったよ。……しかし、何で助けたんだ? 俺達は昨日お前を襲ったんだぞ」

 「ただの気まぐれだ。こんな時代だしな、お前らみたいな生き方だって否定しないし、救える命があるなら救いたい。俺の自己満足だよ」

 「それでまた俺達に襲われたり、この場に残したまま逃げられるとは思わなかったのか?」

 「始めからそれくらい考えてるわ。そうなっても俺なら勝てると思ったから来たんだよ。どっちになってもお前たちは死なずに済む、ならいいかってな」

 都市部では安定しているとはいえ、町はずれでは人間同士でも殺し合い、奪い合う時代になんという男か。そこには見栄も意地もない、この男は本当にそう思っているのだ。自分を襲った者共を助け、例え裏切られても見捨てられても構わないと。その言葉に俺達はしばらく言葉を失っていた。まだこんな風に考える人間がいたのか。


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