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その境界の先  作者: nao 11
30/63

~閉幕と開幕~ 3

 翌朝、なんだかんだ結構な量を飲んだが、二日酔いにはならずに済んだ様だ。普段起きる時間より少し寝坊してしまったが、それでも宴会の翌日としてはマシな方だろう。朝の支度を済ませ、食い物でもないかと食堂に向かう。係りに話しパンとスープの簡単な朝食を確保して席につくと、青い顔のアガレスとボルトが傍に腰掛けた。

 「よお、二人ともお疲れさん。顔が青いぜ? 大丈夫か」

 「お前がそれを言うのか、本当に大変だったんだぞ……」

 「アタシ、もっと気配を消せるように訓練するわ……」

 「ま、上司に付き合うのは義務だ。天災だと思えよ」

 昨夜の腕相撲でひとしきり盛り上がった後、今度は酒で勝負となってそれはそれは大変な騒ぎだったらしい。この二人は容赦なく潰されたのだろう。顔と声で相当に辛いのであろうことが分かる。

 「……ところでお前、この城を出るのか?」

 「準備もあるし、今日までは世話になるつもりだ。手ぶらで飛び出すわけにもいかんしな」

 「そう、坊やには本当にお世話になったわね。食うに困ったらいつでも帰ってらっしゃい。第六部隊はいつでも歓迎よ」

 「俺は気に入らない奴を殴っただけだから気にすんな。お前らがやったことだ」

 軽い口調で返したが、その気遣いは正直嬉しかった。どうせ碌な最期にはならないことが分かっているだけに、この立場でそういった気遣いをされるのはむず痒くもやはり嬉しいものだ。

 「荷物の準備ってことは、もう次の目的地は決まったのか」

 「ああ、昨日ラウルから聞いてな。アミナって言ったか、なんかひどい有様らしいが、実際に目にして何がこの世界に何が起きたか勉強しろとさ」

 「なるほどな、確かにあそこはこの世界の一面を如実に表した場所だろう。間違いなく悪い面だがな」

 「あの辺りはまともな店や街なんて無いから念入りに準備しなさいね。これまでの旅とは全く違うわよ」

 「まともな場所じゃないだろうとは思ってたが、こりゃしっかり準備しないとな」

 アガレスとボルト、二人の言葉で少々不安が大きくなるが、今更踏み止まるなんて出来ない。食事と二人への別れを済ませ、昨日宴会で離れたきりのニーナに挨拶をしようと医務室へ向かう。その道中で、ずっと姿を見なかったトニーと遭遇した。お互いほんの数日会わなかっただけだが、トニーは何かとんでもないことがあったのを察しており、俺を見るなり大きなリアクションで話しかけてきた。

 「兄ちゃん! 無事だったんだな!!」

 「おうトニーか、色々あったがこの通り大丈夫だ。そういやお前は何にも巻き込まれなかったか?」

 「俺はあの小さい隊長さんに言われて案内された部屋に籠ってたんだ。そしたら大きな音はするし、部屋から顔を出して覗いたら怪我人が運ばれてるしでこりゃヤバいと思ってアジリオと隠れてたんだ。そしたら昨日隊長さんが『もう騒ぎは収まったから安心していいよ』って言ってさ。兄ちゃんあの盾の姉ちゃんに運ばれてたしどうなったかと心配してたんだぜ?」

 「ああ、お前からしてみたらそうだよな。ま、色々あったが生きちゃあいる。次の目的地も分かったしな」

 「え!? 兄ちゃんもう出発するのか?」

 「明日な、そんなにのんびりしてられねぇんだ」

 「そっか。……兄ちゃんには本当に助けてもらって、何のお礼も出来なくて悪いんだけど、本当にありがとうな!! 俺達も頑張って生きていくから、兄ちゃんも頑張れよ!!」

 「……そうだな、ありがとよ。また会えたら、その時な」

 素直に応援してくれるトニーの目が、仇を追い続ける俺には少し痛かった。本当の目的がこれほど自己満足で空虚なものだとは、トニーには想像もつかないだろう。だがここまで来て全てを忘れることなど出来ない。俺は別れの言葉を口にして、当初目指していた医務室へ向かった。



 途中の通路でクリスを見かける。あんな戦いと宴会の翌日だというのに、中庭でなにやら訓練をしている様子だ。いい機会だし礼を言っておこうと近づくと、向こうもこちらに気付いた様で一旦動きを止めて向き直る。

 「邪魔して悪いな。一言礼を言っておこうと思ってな、昨日は助かったぜ」

 「……意外と義理堅いのですね。ですがお礼は必要ありません。私は私の為にあの場にいたのですから」

 礼を言うと、そんな事を言われてしまった。こいつ案外ひねくれてるのか?

 「それともう一つ、明日にはバルカニアを発とうと思ってな」

 「! そうなのですか。まぁ貴方が敵にならないことを祈るばかりですね」

 「穏やかじゃねーなおい。お互いに大変だろうが、頑張ろうぜ」

 「貴方に言われるまでもありませんが、その言葉は受け取っておきましょう。……貴方も精々頑張って下さい」

 その言葉を最後に、クリスは訓練に戻ってしまった。一度戦ったこともありあまり良くは思われていないようだが、戦いの最中に手助けしてくれたこともあるし憎まれてはいないようだ。礼儀としての挨拶も済ませたし、これ以上は迷惑になるだろう。俺は医務室への道を急いだ。



 医務室に入ると、ニーナは忙しなく患者らしき騎士達を診察し治療していた。部屋に入った時点で俺に気付いた様だが、先に診察を待っている奴らもいることだし、俺は順番待ちの騎士がいなくなるまで待つことにした。

 「やあ、待たせたね。ここに来たってことは、君も二日酔いかい?」

 「いや、疲れちゃいるが健康だ。お前に会いに来たのは、ここを離れる前に挨拶をと思ってな」

 「おや、もう次の目的地の目星がついたのか。それなら仕方ないね、君の幸運を祈るとしよう」

 「ああ、ありがとうな。お前らも今後は忙しいだろうが、お前らが選んだんだからきちんと責任を果たせよ」

 「言われずとも。君も落ち着いたら手を貸してくれてもいいんだよ?」

「ハハッ、気が向いたらな」

 比較的ドライな返答が、ニーナらしくて安心する。余計な心配も思い入れもないその答えは、不思議な親近感を覚えどことなく落ち着くのだ。丁寧な様でぶっきらぼう、無邪気な様で思慮深い彼女と別れ、俺は旅準備を整えるために町へ出た。次の目的地はこれまでとは違いまともな町も無いような地域らしい。それこそ魔物の巣に入り込むくらいの気概で準備した方がいいだろう。シリウスについては、会うのは止めておこう。和やかに話した訳ではないし、殺すだの殺せだの物騒な言い方をしてしまった。そのせいか離れる寸前のシリウスは、なんとも複雑そうな顔をしていた。あんな顔をさせるつもりはなかったのだが、本心を話したことに後悔はない。いずれ当たる問題なのだ、全てが始まる前に伝えておくのは正しかったと思いたい。そう自分に言い聞かせ、町中を歩き店を巡る。準備を進める途中も、おぼろげな旅の終わりに少しだけ不安が過る。俺は仇を殺せるのか、それとも誰かに殺されるのか。そんな救いの無い旅の終わりに。




 蝋燭がぼんやりと明かりを灯す石造りの空間。その空間は広いものではないが、恐らく人が訪れれば圧倒される雰囲気に満ちていた。それは決して良い感情ではなく、まるで死に直結する様な全身が凍りつく寒気、恐怖である。だがその中に平然と佇む者達がいる。その者達は自分達の居場所であるかの様に穏やかに会話し、他の誰かが見ればくつろいでいる印象すら受けるだろう。しかし、その空間は禍々しい程に異質で、死の気配に満ちている。

 「そろそろ始まりますか、私が蒔いた種もようやく育ち始めましたね」

 「今後はどうしますか? 早々に手を切る、のは安易過ぎますかね」

 「それはまだ早いですね。しかるべき時は、もう少し後です」

 主らしい銀髪の女と恭しく言葉を交わす痩身の黒髪の女。両者とも口調は丁寧で物静かだが、その目は濁り対面する者がいれば正気でないことが即座に分かることだろう。その二人の会話に比較的大きな声で割って入る者がいる。何かの影響なのか髪色が濃い紫に染まり、鍛え上げられた肉体と相まって一層威圧感を放つその男は、苛立たしげに口を挿む。

 「どうでもいい、殺し尽くすだけだ。どうせ全員殺すのに、面倒な策を巡らすなんぞ気に入らん。一気に押し潰せばいいだろうが」

 「そうは言いましても数に圧倒的な差がありますからね。それを覆すにも時間が掛かりますし、もう少し待てばその心配も無くなります。楽ができるならそれがいいでしょう?」

 「ケッ、いつまでこそこそ隠れるんだ。鬱陶しくてイライラするぜ……」

 「苛立つのは空腹だからではないかね? 君も何か食べたらどうだ」

 「テメエは黙ってろデブ。食うことしか興味の無いゴミが」

 「心外だな、食事とは生きていく上で必要不可欠な物だ。私はそれを重視しているだけだよ」

 紫髪の男を制したのは短い金髪でかなり太った男だ。男は乾燥した何かを口にしながら、苛立つ紫髪の男を宥める。

 「腹空かせて人間食ってた化け物が良く言うぜ」

 「否定はせんさ、だが君も化け物だろう?」

 「……あ? 一足早くここで殺るか、おい」

 「そこまでですよ。その戦いは最後になるでしょう。その前にここで倒れるなど笑い者にもなりません」

 お互いに引かない両者の空気は徐々に張り詰めていくが、銀髪の女がそれを取り成す。しかしそれは穏やかな口調の中に底知れぬ狂気を潜めた、更なる圧力で沈黙を強制する態度であった。

 「……チッ」

 「すまないな」

 「いえ、我々が殺し合うのは最後の話ですから。そこを忘れないでくださいね」

 そして一瞬の緊張を止めた銀髪の女が、これからの事を話し出す。おぞましく、絶望に満ち、死を振り撒く災禍の望みを。

 「我々が望むは滅び。生き残る者は一人としておらず、全ての命が死に絶える昏い未来。人も魔族も獣も植物も、生ける者は死に、死んだ者は生者を求め、全てが奈落へ沈み逝く。……もう少しだけ待ちましょう、幕が開くその時まで」

 「はっ」

 「ああ、全て殺す」

 「うむ、しばし耐える時だな」

 話を聞き終えた三者がそれぞれの言葉を返す。違いはあれど、そこに込められている感情は皆等しく同じものだ。その様子を見て満足そうに頷き、銀髪の女はその場所を後にする。当面の自らの役割をそつなくこなす為に。


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