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その境界の先  作者: nao 11
29/63

~閉幕と開幕~ 2

 「随分騒がしくなったな。しかし、それにしても……」

 「聞いてますかシリウスさん!? 今後の我が国、世界の為にも、早急にミラさんの捜索が必要なんです!! その捜索方針を考えようと言っていたじゃないですか!!」

 「き、聞いているとも、だから少し落ち着いて、とりあえずそれ以上飲むのを止めるんだ」

 「こういった事をようやく大きな声で話せるようになったのに何を言ってるんですか!! やっと叶ったこの時を祝わずにどうします!?」

 クリスの酒が止まらないと思っていたが、いつの間にかこんな風に異常なテンションになってしまった。落ち込むことは知っていたが、まさかその上があったなんて……

 「しかし、こんな事態になってしまったことは私としても反省するばかりです。……なにやらあちらが賑やかですね。陛下と力比べですか…… いい機会です、陛下に勝負を挑みましょう。ミラさんを故意に追放したのは陛下でしたからね」

 「何を言ってるんだ。魔術の勝負ならまだしも、腕相撲で勝てる訳ないだろう」

 「それでも、一回は直接挑まないと気が済まないんです!!」

 完全に酔っぱらった勢いで、真っ赤な顔のクリスはただの腕相撲で隊長二人をその場に沈めた皇帝相手に勝負を挑みに行った。それは飛び掛からんばかりの走りで、腕相撲と言うより喧嘩を売りに行った様にしか見えない。

 「陛下ーー!! いざ尋常に勝負ーー!!」

 「お前が来るかクリス! よかろう、楽しませい!!」

 「いいぞいいぞーー!!」

 「……後が大変だな、これは」

 食堂の一角は更なる大騒ぎとなり、最早大混乱の様相に少し頭痛を覚えた私は、夜風で酔いを覚まそうと席を離れた。



 食堂から離れ、小さなテラスでしばし静寂に心を預ける。遠くからは変わらず絶え間ない喧騒が聞こえ、相変わらず大盛り上がりなのが嫌でも分かる。それでもここで星空の下、穏やかな夜風に当たっている間は心が休まる。そうして空を眺めていると、後ろから足音がした。

 「よお、お前も酔い覚ましか?」

 「……上手いこと逃げたな」

 「酔っ払いの相手は面倒だからな、それにお前には聞きたいこともある」

 「……そうだったな。“銀髪の魔女”について、話す約束だったな」

 このクーデターにおける格好の囮としてこいつを釣る口実だったが、成功の立役者となったこいつに話さないのは義に反するだろう。そして私は何故そこまで姉さんを追うのか詳しい事情も知らない。復讐、そう聞いてはいるが、姉さんが何をしてこいつにそこまで恨まれているのか、私も気になるところだった。私は姉さんが元隊長であること、何を目指していたか、そして城を去った経緯を話した。話を聴いている最中、竜一は私を正面から見つめ、無言で話し終わるまで聴き続けた。その語られる一切を逃がさずに聴いている様に。

 「姉さんが今どこにいるかは分からない。何せ皇帝の退位を公表し、内政の調整と同時に捜索を開始する予定だったからな」

 「……そうか、だが何も知らなかった時よりは前進したな」

 「お前は、何故そこまで追うのだ。一体何があったんだ?」

 「こちら側に来る前の話だ。目の前で惚れた女を殺されてな。向こう側でずっと追っていたが何も分からず参ってたのさ。それが何でか知らんがこっちに来れてな、こりゃ絶好の機会と捜し続けてるってところだ」

 テラスの手すりに背中を預け、夜空を見上げながら竜一は理由を語った。口調は淡々としたものだが、空を睨むその目は内に秘めているであろう憤怒を匂わせる。そこには凄まじい怒りが息を潜めているだろうが、それ故に私には信じられない。あの姉さんが違う世界に飛び、罪もない人を殺すなど。

 「お前は、これからどうするんだ?」

 「変わらない、仇を探し出して殺す。それだけだ」

 「そうか……」

 「だが、お前の話を聴くにその姉ちゃんは随分立派な人間じゃねえか。だからまずは調べる。俺の仇がお前の姉ちゃんなのか」

 その言葉の後、竜一は私を真っ直ぐ見据え、言い放った。

 「そして殺す。調べた結果がお前の姉ちゃんだろうが、なかろうが」

 「……ッ お前はッ」

 「だからそれが嫌なら、お前が俺を殺しに来い。迷わず本気でな」

 「…………」

 その圧力に思わず押し黙る。嘘偽りは欠片も無く、必ずやるという気迫が嫌でも伝わってくる。もし竜一の追い求める仇が姉さんだったなら、罪も無い人を無慈悲に殺す様な人間になっていたなら。その時私はどうすればいいのだ。

 「さて今日はクタクタだからな、先に休むぜ」

 「お、おい……」

 「さっきの言葉は本当だからな。お前にとって最悪の時に、止めたいなら俺を殺せ。俺は奴を絶対に許さない」

 そんな呪詛にも似た言葉を残し、竜一は去っていった。先程までの喧騒に当てられた酔いはすっかり覚め、取り残された私を寒気と緊張感が包んでいた。




 シリウスから話は聞けたが、居所については振出しに戻ってしまった。更に言えばシリウスの姉とは違う可能性も出てくる。そうなれば本当に最初からだな。諦める気は毛頭ないんだが。そんなことを考えながら割り当てられた客室に入る。疲労もあるし、今日はさっさと寝てしまおうと思っていたが、どうやらまだ休めないらしい。部屋の中央にあるテーブルに、元皇帝のラウルが席についていた。その風体に似合わず手酌で酒を煽って、まるで俺を待っていたかの様だが一体何のつもりなのか。

 「こんなところで一人酒か?」

 「ふむ、やっと来たか。その様子では満足な情報は得られなかったようだな?」

 「……テメェ聞いてたのか」

 「そんな趣味は無い。お前らが席を外して真剣な顔で話していれば、事情を知っている者なら誰でも想像が出来る」

 その表情は笑っているが、先程の酔っ払いで大笑いしている様な浮かれたものではない。実に落ち着いた物腰で、ラウルは話し続ける。その態度に俺も席につき、真面目に話を聴くことにした。

 「ミラを探すのか、ならば奴の後を追う必要があるだろう」

 「そんなことは分かってるが、その言い方だとなんかあるんだな?」

 「奴はこのバルカニアから北西、かつて学術の徒がこの世界を究めんと叡智を磨いた都市アミナを目指した。今もそこにいるとは思えんが、手がかりくらいはあるかもしれん」

 「なるほどな、次の目的地はそこか。礼を言うぜ」

 「だがあの場所は今、見るも無残な有様だ。魔族の到来がこの世界に何をもたらしたか、そこで知るのも勉強となろう」

 「……まあ何があろうが行くのは変わらないさ、あんたはこれからどうするんだ?」

 「皇帝としての仕事は終わった。だが儂の力で救える人間はまだいるだろう。ただ一人の騎士として、戦い続けるのみだ」

 「そりゃ心強いこった」

 そう語るラウルは重荷を下ろした様な顔をする。己が目指した理想と現状が程遠くても、停滞していた世界が一歩動きだしたのだ。そして言葉通り、この元皇帝が大人しく隠居するとも思えない。この国はこれからも理想郷を目指して進んで行くのだろう。一人の英雄が率いるのではなく、皆で歩を合わせて。しばし口数少なく酒を飲み交わす。

 「しかしミラがお前の仇ならば、奴に一体何があったのか。気になるところだな」

 「シリウスも言ってたな。まぁ全てを救おうなんて考えるのは聖人か狂人くらいだろうさ。そのどちらなのかってことも調べねーとな」

 「ふむ、出発する時に必要であれば武器や食料も渡しておこう。その代わり、何か情報が掴めたならば、この国にも伝えてくれ。それは恐らく、この国だけでなく世界を揺るがす情報になるやもしれん」

 「何のことか分からんが、あんたらには世話になったしな。それくらいは請け負うぜ」

 俺の言葉を聞き終え、ラウルは部屋を後にした。今後の方針も決まったことだし、俺はようやくベッドに入る。酔ってはいるが、次のことを考えると不思議と頭が冴える。逸る気持ちを抑えつつ、今は疲れ切った体を癒すのを優先しよう。目を閉じ考えるのを止め、俺はすっと眠りに入った。


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