~閉幕と開幕~
クーデターとは、一般に暴力的な手段の行使によって引き起こされる政変を言う。自らや推薦する者よりも上位の者を一斉に無力化し、その上位者に代わってトップに躍り出る。俺はそういったものだと記憶している。地位を奪われた権力者が悲惨な目に遭ったことも少なくないと。だが、
「なんで俺らはクーデターの後に仲良く酒を飲んでるんだ?」
「フハハハハ!! お互いを恨み憎しみやった訳ではないからな。むしろ儂にとってはこの上ない記念日といったところだ。さあ飲め飲め!!」
目の前には傷の手当もそこそこに酒をかっくらう皇帝、周りには修繕作業や救護が一段落した奴らがぞろぞろと追加されていく。少し時間が経つだけで、城の大食堂は大賑わいの宴会状態となった。
「この場で断るのは空気が読めてねえか。……ッ!? これジンか? 久しぶりでキツイな」
「うむ、決して多く作り出せる訳ではないがな。それでも酒は人に必要不可欠、細々と作物を作っては北の地方で生産しておるのだ」
流石に大規模農場で穀物を作って安定供給なんて無理があるからな、今は貴重な味を楽しんでおくとしよう。酒のつまみは肉料理が主体でちらほら魚、少量だが野菜といった感じ。やはり獣を狩ることは出来ても、安全に作物を育てるのは難しいのだろう。味が良いので特に文句は無いのだが。
「やあやあ飲んでるかい? こういう席だし遠慮なんていらないからね。なんといっても君は今回の立役者なんだし」
「おうご機嫌だなクーデターの首謀者、目の前で引きずり降ろした皇帝が飲んでるぜ」
「ハハハ! ニーナは見た目に似合わず豪胆だからな。これくらいで今更気分を害したりせぬわ」
既にほろ酔いのニーナが混ざり、クーデターの首謀者と鉄砲玉と元皇帝で机を囲む。別に俺はもう気にしないが、これって一般の騎士から見てみれば胃が潰れそうな光景なのではなかろうか。
「ボクは首謀者じゃなくてあくまで賛同者だから。それに首謀者はあそこだよ」
「ん? なんか空気が重くねーか、あの席」
ニーナが指した先にはちびちびとグラスを傾けるシリウスと、対面して座り酒を呷るクリスの姿があった。遠目で見るにとても会話が弾んでいる様には見えず、黙々と食事を摂りながら合間に酒を飲んでいる。一体何があったのか。
「おい、あれ…… 大丈夫なのか?」
「まあまあ、第三者が横から首を突っ込んでも良いことないし。こっちはこっちで飲もうじゃないか♪」
「お前、顔に出にくいけど結構酔ってるな? そんな見た目で酒なんて飲むから……」
「見た目に関して君に言われたくないなー。ボクはこれでも19だよ!」
「それでも飲みすぎたら駄目だろうが……」
「ハハハ! よいよい! 存分に飲め!!」
こいつら、まさか絡み酒か…… この状態だとしばらく付き合わないと解放されない。経験上こういう輩をまともに相手すれば更に鬱陶しくなったことしかない。前の皇帝、横から肩を抱いてくるニーナの騒がしい声を聞き流しながら、死んだ魚の様な目でこの嵐が通り過ぎるのを待つのだった。
「なぜその席を選んだのです?」
「他に空いている席がなかったんだ、気にしないでくれ」
「……私は凄く気まずいのですが」
「まぁそれに、礼も言ってなかったしな。あの時は助かった、ありがとう」
「……自分の為にしたことですから、お気になさらず」
クリスは相変わらず無表情だが、それでも雰囲気は以前よりは穏やかに感じる。以前の様に何かに焦り駆り立てられている印象は薄れ、今は随分と落ち着き見ていても不安を感じることはない。だが思い詰めていた問題が人に話せる様になったからか、食事を見ているとかなり酒が進んでいる。私も宴会の席なので少し飲んでいるが、クリスが飲んでいる量は明らかに多い。
「……クリス、一人で抱え込む必要がなくなったからかとは思うが、少し飲み過ぎじゃないか?」
「大丈夫です。これでもお酒は弱くないので。あと決して自棄酒ではありません。ええ決して」
少し不味い気がする。気付けば周りの一般騎士達が不穏な気配を察して離れ、綺麗に隔離されている。私も酒を飲んでいるはずなのに酔いが覚め、どうにかしてここから脱しなければと脳内で警鐘が鳴る。なにかこう、クリスの興味を引くなにかがあれば…… そうだ、今回の騒動の中心、更には一度クリスに勝っているらしい竜一ならば…… 駄目だ、あちらは更に危険な酔っ払いに捕まっている。
「? どうしたんですか、そんなに周りを見回して」
「い、いやなんでもない。構わずゆっくり楽しんでくれ」
「そうですか、シリウスさんは気遣いのできる方ですね…… それに比べて私は…… 負けて悔しいと思いつつ、やっと正直になろうと気付いた程度の未熟な人間です……」
「な、何を言うんだ。自分を変えるのは中々出来ることではない、それに今後は力を合わせようと言うんだ。自分を卑下せず、信念を持って成し遂げようではないか」
そう、クリスは酒に弱い。しかも酔いが回るとネガティブになってどんどん沈んでいく。俗に言う“酔うと面倒な奴”なのだ。
「しかし、そもそもミラさんが声を上げた時に協力していれば、少なくとも後悔はしなかった筈なんです。散々迷って保身に回ってここにきてようやく……」
「過ぎたことを言ってもどうにもならん。それに関しては私も人の事を言えないしな。問題はこれからだ」
落ち込み続けないように励ましたが、言葉の中身は本心だ。全てが暗黙に沈む前にようやく振出しに戻した。後は姉さんが戻れば元通りなのだが。
「送還手段の研究に合わせて、姉さんの捜索も本格的に行う予定だ。私達は研究の役には立たんだろうから、そちらの方で尽力しよう」
「……はい、まずはミラさんを見付けなくては始まりませんね。先程は取り乱しました、今後は宜しくお願いします」
クリスは姉さんの名前で少し落ち着いたのか、前向きな言葉で意志を示してくれた。相変わらず酒が進んでいるのは少々不安だが、根本の考えは折れていない様で何よりだ。この分ならここで今後の事を話しながら酒を飲むのも悪くない。視界の端で相も変わらず絡まれたままの竜一を少し不憫に思いつつ、私はグラスを傾けた。
「ハハハハハハ!! あれー? 竜一君飲んでないんじゃないの?」
「なんだ酒は弱いのか、こちらも鍛えんとな!! フハハハハハハ!!」
「……ああ、うるせぇ。どうにかなんねーかなこいつら」
周りに一般の騎士達はいない。もしかしたら最初からこれを予見して俺に擦り付けられたのかもしれないが、今となってはこの経験を心に刻んでおくしかできない。しかしなんとかこいつらの注意を逸らして、この状態から脱出できないものか…… どこかに手頃な身代わりは……
「しかしこう、折角の酒の席だってのに余興もないのか」
「ふむ、それもそうだな。しかしこの場でとなるとな」
「腕相撲とかどうよ。俺アガレスとかボルトには戦いで負けてるから、あんたとあいつ等の力比べとか見てみたいわ」
「それなら道具も要らないし、いいんじゃないですか? 陛下」
「ハハハ、先程は兵装を止められたしな! 今度は生身で力比べも面白い。おい! アガレスとボルトはどこにおるか?」
一番近場に居た騎士が、食堂の端を指差し『あちらです』と答える。隊長なんて立場のくせに、そのまま穏やかに終えられると思ったかこの野郎。自分達に白羽の矢が立ったことを理解したのか、奴らの顔が青くなり固まりきった笑顔が張り付いている。
「おい! お前らとも随分手合せしておらん。だがこの場で暴れる訳にもいかんからな、一つ腕相撲で力比べといこうではないか!!」
「え、いや単純な腕力で陛下の相手が務まるとは思えないのですが」
「そ、そうです。アタシ達なんてまだまだ未熟で……」
「えー、隊長の中でも屈指の武闘派の二人じゃないですかー。きっといい勝負になりますよー」
「しっ! ニーナちゃん余計な事を言わないの!!」
「ニーナ!煽るんじゃねえ!!」
これでしばらくはゆっくりできるだろう。上司の絡み酒に付き合うのは職位を持った奴の義務だ、俺自身は心底嫌だがな。適度に野次を飛ばして煽りながら、盛り上がってきたところでそっと席を離れる。こういう時隅の席では逆に目立つ。俺は中心に近い場所でちまちまと食事をしているアニタの向かいに座った。知った顔の近くなら簡単に巻き込まれることはないだろう。
「ちょっと悪いな、避難させてくれ」
「……どうぞ、災難でしたね」
幸いアニタは邪見に追い払うこともせず、その場に留まるのを許してくれた。まだ子供とはいえ、ああいう輩の相手がどれだけ不毛かを理解しているのかもしれない。ようやく落ち着いた席に座れたので、酒に付き合わされてまだだった食事を済ませることにした。とは言ってもつまみとパンで飯にするだけなのだが。そうして静かな食事に満足していると、アニタが話しかけてくる。
「……貴方は、何故頑張れるのですか?」
「ん? どういう意味だ?」
「そのままです。たまに考えます、今していることに意味はあるのかって。どれだけ頑張っても、お父さんとお母さんにはもう、会えないんだろうって。でも、何かしてないと生きている意味も無いように思えて……」
「……そうかい。俺は頑張ってるんじゃなくて、こうしてないと生きていられないのさ。他にどうやって生きればいいか分からない。だから進むしかない、それだけだ」
俺の答えを聞いて、その場にしばし沈黙が訪れる。食堂の喧騒は変わらずとも、向かい合っているこの席は少々暗い雰囲気となってしまった。……似たような境遇なのもあるが、こんな子供がもがいている様子はなんとも悲しく、放っておけないものだ。
「ま、なんにせよ好きに生きろってことだ。亡くした人を忘れて生きる選択もあったが、こうして復讐を選んだのは俺だし。選んだ以上は情けない真似をしたくないって意地張ってるだけかもな」
「……遺された側は、一体どうすればいいんでしょうね」
「それを決めるのは自分自身だ。きっぱりお別れして新たな人生を歩むのも、未練たらしく自己満足を求めるのもな。要は自分の選択なんだから、死んだ人間のせいにするなってことだ」
「……貴方は強いんですね」
「強くはないさ、でも諦めは悪くてね」
「……やっぱり強いですね」
強引な話だったが、アニタが微笑んだのを見るに何かの答えにはなったらしい。その反応に少し安心して食事を再開する。彼女がせめて後悔しないように祈るばかりだ。その後ろでアガレスとボルトの悲鳴を聞きながら。




