~拳と拳~ 4
「何やってやがる!! 気を抜くな!!」
「いきなり出てきて何なんだよ!? 一応味方なんだな!!」
吹き飛んで転がった先で、遠くから掛けられるアガレスの声に怒鳴って返す。突然現れたことに心底驚いたが、とりあえず敵意は無いらしい。まぁこの状況であっちに加勢されたら勝ち目など欠片も無いのだが。ふと横を見ると、そこは丁度シリウスが叩き付けられたすぐ傍だった。そしていつの間に忍び込んだのか、シリウスを治療するニーナもそこに居た。
「おや、そちらはまだ大丈夫そうだね。中々やるじゃないか、竜一君」
「お前、いつの間に…… いやそれはいい、シリウスは話せるか?」
「……貴様に心配される筋合いはない、少し落ち着いた」
治療のおかげか、少しだがシリウスは回復したらしい。早いところパイルバンカーを拝借しなければ、一言話して借りるだけだと思っていたが、それは思いの外時間が掛かった。
「おい、俺の剣は折られちまった。お前のパイルバンカー借りるぞ」
「駄目だ…… 私の全力で、通用しなかった。そもそも私の戦いは、騎士とは言えなかったのか……」
「は!? おい何勝手に諦めてんだよ!! お前が言い出したことだろうが!!」
何があったのか、シリウスは半ば心が折れていた。そんなやり取りを大人しく皇帝が見ている筈もなく、兵装の腕の一部から触手が伸び襲い掛かって来る。その先端はナイフの様に鋭く、それが絡め取るタイプではなく切り裂くような物だと瞬時に理解できた。
「おお!? そんなこともできんのかよ!!」
「ああー、これは不味いかなぁ」
「言ってる場合か!」
「情けないですね、はッ!!」
今にも切り裂かんと伸びてきた触手は、部屋の入り口から放たれた光によって焼き払われた。そこにはストーラで別れたぶりのクリスが、助けてもらったこともあってか何とも凛々しく立っていた。
「おお、クリスか! 理由は分からんが助かった!!」
「貴方の為ではありません! 打開策があるなら早くして下さい!!」
なんだか知らんが随分と助けが来てくれたもんだ。ここでバンカーを奪って使うのも手だが、その前にこの腑抜けをなんとかしないとな。
「おい、何があったんだよ。あれだけ気合い入ってただろ」
「私の願いは、つまるところ姉さんを救いたいだけだった。皆を守り、救う筈の騎士が、結局自らの目的の為に動いていたのだ。こんなに情けないことがあるか……」
「……それがどうした、別にいいじゃねーか」
「いいわけがないだろう!! 民を守ることが使命の騎士が……」
「お前は騎士の前にお前だろうが、俺なんか自分の事しか考えてねーぞ。その点お前は目的を果たせば姉さん以外にも誰かが救われるんだろう? ならそれで十分騎士やってるさ」
「……何も知らないお前が、何を」
「ああ、俺は何も知らない。俺は自分の目的が一番だし、自分に嘘は吐きたくない。だから俺は俺の思うままに生きるぜ。2回も死んでるしな。だからお前も、自分に正直でいいんじゃないか? 幸い間違ってりゃ止めてくれそうな奴は周りに何人も居そうだしな」
あまり時間も無いことだし、話をそこまでにしてバンカーを取り上げる。武器が無い今は素手よりマシだ。
「借りてくぜ。……ああ、噴射機構で流体を出して撃ち込むのな。俺の剣とあまり変わらないな」
「待て、何故お前がそこまで戦う? 確かに情報を餌にしたが、それでも命を張るまでの理由は無い筈だ」
「そんなもん、俺があいつ気に入らねえから、それだけだ」
さあて、効果的なのは防御をさせずに叩き込むのが理想だろうが、正直出来る気がしない。この際正面から突っ込むか。
「……渡せ、お前では使いこなせん」
「シリウスちゃん、正直動かないで欲しいけど、この際いいか。どーんとやってきなさい」
「……おう、そうかい。だがどうやる?」
応急手当が済んだのかニーナがシリウスの肩を叩いてそれを伝える。触手の勢いと本数は増し、いつの間にかクリスに加えてアニタも攻撃を食い止めていた。アガレスとボルトは踏ん張ったままだが、長くは耐えられないだろう。もう時間が無い。
「私の攻撃を正面からぶつけても、あの強化した体で止められる。だが意識の外から全力で叩き込めば、あるいは届くかもしれん」
「囮か、なるほど。そしてそれが俺って事だな」
「すまん、陛下と真正面から渡り合えるのは、この場でお前しかいない。頼めるか?」
「今更だな、任せとけ。精々派手に喧嘩してやる」
「ならばシリウスを運ぶのは俺の役目だな」
上から翼で降りてきた百舌が自然に会話に参加して驚いたが、もう一々反応してられん。確かにこいつの推進力なら問題なくシリウスを運べるだろう。
「ああ、俺が言うのもなんだが、お前よく生きてたな。出来るってんなら頼むぜ」
「問題ない」
「お前が陛下に正面から仕掛けたのを切っ掛けに回り込む。では行こう」
作戦は決まった。俺に出来るのは正面から殴るくらいだし丁度いい役だろう。翼の魔力を一気に噴きだし、皇帝に突撃する。更に数が増えた触手が襲い掛かる。
「識者は双眼にて真実を捉え、蝕む邪悪を逃さぬ 賢者の(・)双眼!!」
「おお。前にあんなの喰らってたら死んでたな……」
クリスが放ったのは以前喰らった体がすっぽりと入り込んでしまう程の光、それを二つ同時に撃ち出している。しかもその勢いは以前の比ではなく、触れてしまえばあっという間に消し炭になろうことが分かる。クリスの援護で全ての触手と兵装の一部が消し飛び、アガレスとボルトはようやく解放されたようだ。
「小細工の相談は終わったか? 小僧!!」
「お前に小細工しても意味は無さそうだがな!!」
再び拳同士が激突する。痛みと炸裂音が発生し、ギリギリと押し合う。あの人数で相手をしていたのに、その力は全く衰えていない。
「本当に、化け物かよ! 元気過ぎるぜジジイ!!」
「貴様もな! これほど愉快なのは久しぶりだ!!」
お互いの力は拮抗し動けない。だがそれでいい。奴の目は釘付けになり、力もある程度拳に集中しているだろう。視界の端で百舌がシリウスを抱え、皇帝の背後天井すれすれまで上昇する。俺は目で追わずに引き付ける。これでいい。
「……貴様の旅の目的は復讐だったな。復讐など、なんとも虚しいとは思わんか」
「そんなこと分かりきってるんだよ。この復讐はあいつの為じゃない、俺の為の復讐だ。その先に何も無くても、自分を誤魔化して生きていくよりはずっといい」
「フハハハハ! シリウスと違い迷いが無いな。益々気に入ったわ!!」
「そいつはどうも!!!」
睨み合い、お互いに口角を吊り上げ笑う。その背後から百舌が急降下し、パイルバンカーを構えたシリウスを投下した。重力の助けもあり、かなりのスピードで皇帝に鉄杭が迫る。
「姉さんも民も、両方救ってみせる!! インパクト!!!」
「む!? シリウス貴様ッ!!」
「余所見とは余裕だね、オラァッ!!」
シリウスへ注意が逸れた皇帝の顔を左拳でブン殴る。倒せるかどうかではない、左右からの挟撃で迷わせれば俺達の勝ちだ。体勢が崩れた皇帝の脇腹に、パイルバンカーが突き刺さる。
「ぬうううううううううん!! これしきで!!」
「なら追加でどうぞ!!」
「き、貴様!?」
深々と刺さった訳ではないが、確かに杭は皇帝に届いた。抉られた傷からは血が流れているが、まだ決定的なものには遠い。ならばこの好機に畳み掛ける。自由になった右手で、傷口へフックを見舞う。流石に痛みが大きかったのか、皇帝は大きくよろめき後ずさって大きく距離を離した。
「どいつもこいつも…… 良いな、実に良い!! ならばそろそろ決着をつけよう、儂も本気で行くぞ!!」
「……まだ本気じゃなかったのかよ、本当にとんでもないジジイだな」
皇帝が右手を上へ掲げると既に存在していた兵装の双腕が崩れ、粒子となってその手の先に集まっていく。それらは一つになり、巨大な右腕を形作る。一つになった分そのまま大きさを増した剛腕の圧力は、空から落ちてくる隕石でも目の当たりにしているかの様だ。
「真っ向勝負!!」
「くそっ、デカ過ぎるだろ…… どうすっかな……」
ここにいる誰の武器でも、そのまま突っ込めば使っている奴ごと潰されてしまうだろう。何か対抗できるほどの強さか大きさがあれば……
「……おいシリウス、あの皇帝のデカい腕って結晶に魔力流し込んで形を作ったマギナイト兵装なんだよな?」
「確かにそうだが、それを知ってどうする? なんとか避けて踏み込むしか……」
「お前のパイルバンカー、撃ち出す機構に結晶入ってるだろ。あれ使わせてもらうぞ」
「何を…… まさかお前!? 止めておけ、あんなに巨大な何かを形成するにはとんでもない量の魔力を消費するぞ。そもそも結晶が小さすぎて流体への変換効率が悪過ぎる」
「あんなの避けられると思うか? 他に手はねーよ」
忠告を無視して噴射機構の金具を床に叩き付けて外し、中に入っていた手に収まるくらいのマギナイト結晶を取り出す。なに、使い方は変わらない。それに加えて奴は自分の力に自信を持ち、その質量で殴りつけるだけしないはず。これまで話した感じでも想像できるが、本当に奴は小細工などしない、拳と力だけで全てを超えてきた人間だ。その上口にした通り、これ以上何か通用する策も思いつかない。
目を閉じ、目の前の光景を忘れて結晶に意識を集中する。これまでの経験のおかげか、魔力を込めるのに苦戦はしなかった。だがあれ程の物に対抗しようと魔力を流し込んでいくと、ひどい疲労感が全身を襲う。立っているのも辛く、力が抜け、今の姿勢と闘志を維持するのはとても困難だ。だがここまで来ればもう意地だけでやり遂げる。どうにか眼前の剛腕と同等までこちらも右腕を作り上げた。
「ハハハ!! 貴様はどこまで進化するのだ!? この闘いを、クソッたれの神に感謝するとしよう!!!」
「こっちは災難だよ。じゃあ、これで最後だ!!!」
お互いに力を込め、各々の拳を振り下ろす。同時に兵装は動き、小型の飛行機が正面から衝突する様な錯覚を覚える。だがそのままでは勝つには足りない。腕の後方、普通の体なら肘の部分から、パイルバンカーの要領で流体を噴射させ速度を上げる。小さなロケットになったそれを、思い切り衝突させる。大きな激突音が響き渡り、その後も削り合う音が鳴り続け、再び拮抗するかに思え長く長く感じた時間は、ひびが入る高い音と共に終わりを迎えた。
「なんと!? こんなことが!!」
「よっしゃああああああああ!!」
皇帝の兵装全体にひびが走り、砕けた結晶の雨となって降り注ぐ。阻む障害が無くなった拳を振り抜いて、絶え間ない暴力の嵐を吹かせ続けた皇帝に、決着の一撃を叩き付けた。
「フハハハハハハハ! 負けた負けた!! だが、実に心躍る戦いであった」
「負けた癖に…… ピンピンしてやがる…… どうなってんだ……」
ニーナに傷の手当をされながら高笑いする皇帝と向き合い、俺は疲労の限界でその場に座り込んでいた。体も元に戻り、恐らく魔力がすっからかんになったのだろう。正直喋るのもしんどい。
「いや、結局他の連中もここに集い、儂に牙を剥くとはな。考えていた以上の結果だ、貴様には感謝しているぞ!!」
「そりゃどうも……」
大半の隊長は城の修繕や怪我人の手当に向かい、この場には皇帝の治療をするニーナと疲れ切った俺とシリウスだけが残っていた。
「しかし随分あっさりしてるな、仮にもクーデターされたのによ」
「力で負けた以上、醜く言い逃れはせん。儂は皇帝の座から降り、その権限は全ての隊長に譲り渡す。誰か一人ではなく、皆でこの国を導くがいい」
「ま、がんばるしかないね」
「……これからだな。私はもう、迷わない」
この国にはかなりの大騒ぎにあるが、とりあえずこれで一段落といったところか。これからどうするかは様々な考えを汲み取り、その上で救いの道を決めなくてはならないだろう。困難な道のりだが、それは皇帝を否定した責任なのだ。外は既に夜が明け、眩しく穏やかな朝日が夜中の喧騒など嘘の様に降り注いでいる。とてつもなく長くなった一晩の寄り道は、こうして幕を下ろすのだった。




