~拳と拳~ 3
見渡す限り闇の空間、俺はまた俺のままで立っていた。だが今回は少し違う。いつもは眼前に立っている恐ろしい黒い全身鎧がいない。代わりに目の前には小さく燃える火の玉が存在している。
「な、なんだ? これ……」
思わず呟いて、手を伸ばしてみる。すると少しだけ炎の勢いが強くなり、頭の中に不思議な声が響いた。それは男であったり女であったり、子供の様で老けている様にも聞こえる様々な声が混ざっている様な、そんな奇妙な声だった。
【汝…… 力を望む者か? 我らはかつて力を望み、滅びに呑まれた…… 汝はそれでも力を望むか?】
「滅び、ね…… 大層な脅し文句だが、2回も死んでる俺にそんなもん関係ないぜ。何もしなくても死、生きても滅びだって言うなら、滅ぶついでにやりたい事をやるだけだ」
俺が答えると炎をしばし揺れていた。そして再び声が響く。
【ならば我らは汝の力となろう…… 願わくは、汝の望みが我らの願いと共にあらんことを……】
その言葉を最後に炎は俺に吸い寄せられ、水に溶ける氷の様に俺と一体になった。そしてこれまで経験したのとは比較にならない程の熱と力を感じる。奴らが何を望み、そして何故滅んだのか。そこは気になるところだが、一つはっきりしていることがある。この力があれば、俺はまだ戦える。
目が覚めると、そこはひどくやられた玉座の間。その床に出来たクレーターに、俺はまだ大の字で寝ていた。鎧は傷だらけで全身が痛く剣も折れて散々な状況だが、先程までには無かったものがある。折れた剣を支えにゆっくりと立ち上がる。すると体の中から熱いものが湧き、それは全身を覆う赤黒い炎になった。僅かな間全身に纏い、爆発する様に炎は弾け飛んだ。そこに残ったのは、あの空間で見た鎧を纏った俺だった。兜は無いが鎧の傷は消え、今は腰から下も黒い腰当と脚鎧で覆われている。そして何より大きな力を感じる。拳を握り感触を確かめていると、俺を吹き飛ばした皇帝が歩み寄ってきた。
「……ほう? ここにきて力を残していたか、それとも手に入れたのか。何とも禍々しき偉容よ。まだまだ楽しめそうだ」
「……悪いがこれで全力だぜ、多分な。あんたが楽しげなのは癪だが、こっちもまだ終わる気はねーよ」
頼みのパイルバンカーまでは走るか飛ばなければ届かない。……駄目で元々、魔力強化ってのを試してみるか。魔力を武器に注ぐ時は薪をイメージした、ならば体に巡らせ強化するには、血液だろうか。血管を走り全身に浸透していく、心臓から指先まで、剣が使えなくなった分を循環させろ。熱が体を巡っていく。あの炎が全身に回り、じわじわと痛みと熱が焦がしていくかの様だ。だが今ならあの化け物じみた拳にも対抗できる。
「ハァッ!!」
「おおおお!!!!」
真正面から来る拳に、こちらも真正面から右ストレートで殴りつける。拳と拳が激突し、何かが炸裂した様な爆発音の後、吹き飛ばされることなく拳で競り合うことが出来ている。……どうやら賭けに勝ったらしい。
「!? フハハハハハ!! 今度は魔力強化まで会得したか。本当に面白い奴だ!!」
「おう、これでテメエの顔にも叩き込めるってもんだぜ!!!」
ギリギリと拳で押し合う。お互いに押し切ることができずに膠着していたが、不意に大きな衝撃が横から俺を吹き飛ばした。目の前に集中している間に兵装の腕で真横から殴られたのだ。先程より痛みを感じないのは魔力強化の賜物だろうか。しかし一気に距離を離され、見上げれば巨大な腕を振りかぶり、今にも殴り掛からんとする皇帝が立っていた。……なんかさっきもこんな光景を見た気がするが。
「いくぞ!!」
「させるか、突っ込む!!」
力を得た今なら動ける。振り下ろされた腕を掻い潜り、翼のブーストも使って懐に飛び込みその勢いのままジジイの顔をブン殴る。我ながら渾身の右が皇帝の顔面にめり込み、僅かによろめかせた。これまで勝ち目など陽炎程にも見えなかった存在が、たたらを踏んで後ずさりしたのだ。
「やっと一発殴れたな、これまでの分を倍にして返すぜ」
「……ハハハハハ!! 良いぞ! もっと足掻いてみせい!!」
「……なんかまた見た目変わってるな。しかも陛下を殴りやがったぞ」
「本当、一体なんなのかしら。それにしても、あの坊やまた強くなったのね」
先程通路で戦った時とは姿も放たれる圧力も違う。この短時間になにがあったのか、そしてあの陛下と凄まじい速度で殴り合っているあの力はどうしたのか。疑問は尽きないが、謁見の間の破壊ぶりを見るに相当ボコボコにされたことは容易く想像できる。だがその目はまだ鋭く、決して心は折れていないと分かる。それどころか不敵な笑みを浮かべ、殴り合いを続けている。
「あの少年は、いつの間にあれ程の力を……」
「……私が戦った時より、強そうです」
俺以外の面子もそれぞれ似たようなことを感じているらしい。その成長に驚くばかりだが、それ以上に、
「あの陛下を相手にしても、粘ってるんだな。全く、頑固な少年だ」
「むう、シリウスは動けない様だがそれでも諦めていないのか」
「でも、流石に分が悪そうね。単純な戦闘経験の差もあるんでしょうけど」
じりじりと押されている状況にも、その目はまだ変わらない。恐らくどれだけ打ちのめされても、それこそ死んでしまうまで足掻き続けるのだろう。迷い込んだ先の関係のない国で巻き込まれただけなのに、何故ここまで戦うのか。それは性分なのか信念なのか、どちらにせよ突然この国に現れたあんな少年があれ程真っ直ぐに戦っているのに、自分はこんな所で何をしているのか。青臭くとも、後悔をしない為に全力を出すその生き方が、これほど眩しいとは、気付いたのは今更だろうか。いや、まだ全てが終わった訳ではない。陛下の兵装の右腕が徐々に振りかぶっていく。陛下は少年と殴り合いをしながらも、あの兵装を操る余力がある。対して少年は陛下から注意を外して対処する余裕は無い。このままでは致命的な一撃を喰らうだろう。ならば、
「な、アガレス隊長!?」
「なんだかんだ、腐りきってはいないのよね、あの人も」
百舌とボルトの声が後ろで聞こえた気がしたが、そんなことに意識を向ける前に、俺は兵装の右腕が振り下ろされる、小僧の傍に飛び込んでいた。
「む? ほう、アガレスか」
「双剣! ぐうううううう!!」
「なッ!? おっさん!?」
「お前はそっちに集中していろ!! 左腕も来るぞ!!」
右の拳をなんとか双剣で受け止めたが、それが注意を引いてしまったようだ。今度は左腕が振りかぶり、その拳を叩き付けようと振り下ろす。
「ぬううううううううん!!!」
「は!? ボルトまで!?」
「……いい女は出番に遅刻しないのよ!!」
「フハハ、ボルトもか。面白い」
左腕の拳はボルトが止めたようだ。なんとかなったかと胸を下ろす暇も無く、今度は驚いたままの少年が、陛下の生身の拳で殴り飛ばされた。




