~拳と拳~ 2
「おおおおお!! うおりゃああああああ!!!!」
勢いで突っ込み二人の間に入り込む。その腕は容赦なく振り下ろされ、剣で受け止めるが凄まじい力で押され足が床にめり込んでいく。翼の魔力を力一杯噴かせているのにこの力、まるでそのまま巨人を相手にしている様だ。更には後ろに叩き付けられたのか呆けているシリウス。安易に逸らして躱すことも出来ない非常に不味い状況だ。
「ぐうううう!! おい!! テメエ呆けてる場合か!? さっさと起きて動け!!」
必死に声を掛けるが反応がない。意識が朦朧としているのか、ふらふらと頭を振るばかりだ。こうなると退路はない、どうにか押して少しでも先を逸らそうと剣の噴射も合わせて一気に噴かす。
「でええええええええええええい!!!!」
「ほう、やるな黒騎士の小僧。貴様は儂の前に立ちはだかるか?」
どうにかこうにか拳を押して逸らし、肩で息をしながら安堵しているところへジジイが声を掛けてくる。恐らくこいつが皇帝だろうが、本当に100歳を超えているジジイなのか?
体は正に筋骨隆々、表情も枯れるどころか血に飢えた獣の様にギラギラだ。服装は皇帝と言う割に地味で、騎士の白スーツに少しばかり装飾がされた程度にしか見えない。
「ったく、どこの世界も老害ってのは面倒だな。力を持ってれば尚の事だ」
「フハハ、儂を老害と言い放つか。それでこそ反逆者よ。ようやく、儂に牙を剥く者が現れたな、それが異界からの迷い人とは残念な限りだが」
「……? その言い方だとまるで反逆されるのを待ってたみたいな口振りだな。例えお前が最強でも、部下に逆らわれるのは困るんじゃないのか?」
「逆だ。儂は長らくこの国の頂点で民を守ってきた。だが人類が真に自由と安全を手にするには守られるだけの者達ではいかん。無力な民は守られ、初めは感謝する。だがそれが続くと守られることは日常となり、力を持つ者の手が回らなくなるとそれに不満を持つ。だから儂は全てを守る賢帝ではなく、力で従わせる暴君でなければならなかった。儂が暴君となると、民は鳴りを潜め言われるがままとなった。それは儂が頂点である証であり、本来あってはならんことだ。だから儂は待ち続けた、儂を超えんとする者達が現れるのをな。特異点である貴様が引き金となってようやく起きたが、儂はこの反逆を待っておったのだ。民が儂を必要としなくなる時代をな」
つまり皇帝は自分が人類を守りながらも、その自分が守らなくても人類が生きていける時代を待っていたって事か? そりゃまたなんというか、実に気長で傲慢なことだ。
「国民が強くなるまで自分が守らなくちゃってか? 王様どころか、あんたは神様のつもりかよ」
「神か。そんなものが存在するのなら、儂が真っ先にブン殴っておるわ。何も無かった荒野からここまで文明を取り戻し、今度は全ての民が強くならねばらん。その強さとは単純な力だけではない、何かを生み出す知恵、邪を払う心、他者を助ける高潔さ。一人の英雄では内側から食い殺される。だから全ての民が力を合わせ、災厄に立ち向かわねばならんのだ」
そこまで話して皇帝は俺に向き直り、拳を構える。
「儂はその為の試練。儂が目指した理想は、誰かが儂を超えねば実現せぬ。そして貴様が止めねば儂はアヴァロンを起動し、民を切り捨てながら魔族を滅ぼすだろう。その地獄を望まぬなら、儂を倒して止めてみせよ!!」
「どっちに転んでも自分の思い通りってか。最高に気に入らねーが、どうせなら痛い目みてもらおうじゃねーか!!」
翼を噴かせて殴られる前に突っ込む。奴の兵装らしい巨大な両腕は正に脅威だが、その懐に入り込めば無闇に殴ることはできん筈だ。一気に飛び込んで横払いで斬り掛かる。が、まるで岩でも斬っているかの様な手ごたえと共に、刃は傷を付けることも出来ず止まってしまう。
「硬い!? 生身じゃねえのかよ!?」
「生身だとも。これが魔力強化だ!!」
振られる腕をしゃがんで回避する。普通の人間の腕なのにまるで丸太でも振るわれたような風が起きる。案の定兵装の腕は振れない様だが、ただの拳でも十分に恐ろしい。恐らくプロボクサーを相手に喧嘩してもこれほどの恐怖は感じないだろう。飛んでくる一発一発が、正面から見ているからか今度は大砲の様に圧力を感じる。
「なかなかよく動くな、間合いの詰め方も悪くない」
「そいつはありがとうよ、ついでに大人しく負けてくれると嬉しいがね」
「まさか!! むしろ楽しみが増えた。さあもっと奮起してみせよ!!」
「だろうと思ったよ!!!」
さてどうするか。恐ろしい拳を躱し、捌きながら考える。がら空きの胴に斬りこんだのにまるで効いていない。かといって素手なんて論外だし、周りに使えそうな武器も無い。……いや、武器はある。盾の部分が壊れているが、シリウスの傍に転がっているパイルバンカーの部分はまだ使えそうだ。使い方は分からんが、恐らくトリガーを引けば何とかなるだろう。問題はそれでこのジジイの腹をぶち抜けるかどうかだが。
「考え事とは余裕だな! まだまだ、果てるなよ!!」
「くっ、ごはっ……」
対抗策を考えていた思考は、受け止めた剣ごと殴られた衝撃で吹き飛んでしまった。剣で防御し、胴は鎧になっている筈なのにメキメキと軋む音がする。しかも峰でその拳を受け止めた剣は、呆気なく砕け、折れてしまった。
「フハハハハハハ、まだまだまだまだ!!」
「がっ、ぐはっ…… ぐあ……」
吹き飛んだ先で兵装の剛腕がかち上げる。天井に激突して落下する前に今度は平手で床に叩き付けられる。真夏に叩かれる蚊の様に、それこそ虫を潰すかの様に、一度巻き込まれれば成す術もなくその力に呑みこまれる。体中が激痛で動けず、何本か骨も折れているだろう。クレーターの様に陥没した床の中で、俺は呼吸するので精一杯だった。
「ふむ、まだ魔力強化が甘いな。折角の鎧も飾りでしかないぞ?」
浴びせられる挑発にも答えられない。視界がぼやけて暗くなっていく。こちら側に来てからこんなことばかりだな、何度死にかけただろうか。走馬灯を見る間も無く、あっという間に視界は黒く染まった。




