~英雄と咎人~ 3
意識が戻る。まだ空から落ちている最中だ。だが体が熱い、コネクトする時と同じ赤黒い炎が上半身を包み、鎧に変わっていく。更に肩から左右に伸びる翼がある。それは見えなくとも、感覚で剣と同じ噴射機構だと理解できた。それが分かればやることは一つ。両腕を体に寄せて回転し背中を地に向ける。最高に恐ろしいが他に何も思いつかない。剣に魔力を注ぐのと同じ様に意識を集中し、一気に噴出させる。
「うおおおおおおおおおおお!!!! 噴かせええええええええええ!!!!」
翼から赤黒い炎を噴出しながら落下の勢いを殺す。必死の思いで力を注ぎ続け、なんとか衝突死するのは避けることができた。それでも通路の床と崩れた瓦礫に体をぶつけ、かなり痛い思いをしたが。
「だあああああ!! スカイダイビングなんて二度とごめんだ!!!」
怒りのままに起き上がり上空を見上げる。奴はゆっくりと通路の上まで降下して、俺の様子を驚きの表情で見ていた。まぁこんな変化は自分でも驚きだ。だがこれで空から好き放題にさせねえ。降りてこないなら空中でやり合うか。落ちていた剣を拾い上げ、再び翼に魔力を注ぐ。背面のブースターだけだから姿勢の制御が少し難しいが、それでも一方的に襲われることが無くなる方がいい。
「今度は、こっちから行くぜえええええ!!」
「また力を得たのか…… この力は一体……」
どうやら奴らもこの力はなんなのか分からないらしいが、今はそれが幸いだった。百舌の動きが鈍ったところに突っ込んで斬撃を浴びせていく。通り過ぎて出力を落とし、体を回転させてターン、再度炎を噴かせて突進。これは意外と使いやすいかもしれない。深くはないが、何度も斬り続けて確実に弱らせていく。このまま圧倒できるかと思ったが、隊長の相手はそれほど甘くなかった。
「格下と見誤ったな、こちらも全力で参ろう」
「のわっ、立て直したか」
百舌は一度斬撃を短刀で受け流すと姿勢を直し、一気のその場から距離を離した。そして懐から通路を破壊するのに使った爆弾らしき物をばら撒いた。それは空中で爆発し炎が起きるが、その炎が消えない。やがて炎は竜巻の様に集まり、百舌の周りで渦を巻く。
「お前の成長に敬意を表し奥義で戦おう。『爆竜』!!」
炎を纏ったまま百舌が突進してくる。長く尾を引くその炎は、名の通り竜に見えた。だが気圧されて呑み込まれる訳にはいかない。地面で走り回るならともかく、今は俺も飛ぶことができる。ならさっきの意趣返しといこうか。一気に翼を噴かせて真上に上がる。そう、バルカニアが一望できるくらいに。
「逃がさんぞ、これで決着だ」
「おうともよ、これで決着だ!!!」
百舌が真下まで追って来るのを見計らい、翼の魔力を切って体を地に向ける。さあ、今度は奴が地面まで落ちる番だ。真下まで来た奴に、真上から最大まで翼を噴かせて百舌に斬り掛かる。向かってくるとは想定していなかったのか、奴は俺の剣を構えていた短刀で受け止めた。こうなればこっちのもの。後は逃がさないように固定したまま、全速で地面まで連れて行くだけだ!
「お、お前、心中するつもりか!?」
「男と心中するなんて冗談じゃねえ、お前を叩き落すだけだよ!!」
攻撃を加えられる最大の機会だ。炎で多少焼けようが関係ない。地面とキスさせるまで突っ込む! 肌が焼けるのを感じながら、その炎を置き去りにする勢いで地表を目指す。心中する気は無いと言ったが、そう都合よく衝突寸前に上昇できるとも思っていない。要はハッタリだ、最後まで上から目線でやられっぱなしというのは性に合わないからな。天井が壊れた通路が見え、地面まで数メートルといったところか。思い切り剣を振り抜き百舌を地面に向けて放り出す。同時に自分は勢いで体を反転させるがどこまで速度を殺せるか。百舌も背中の兵装を勢いよく噴かせて落下速度を軽減させようとしていた様だが、それでも凄まじい勢いで瓦礫の中に落とされた。そして俺も追う様に少しずれた床へ叩き付けられる。肺から息が絞り出され、しばらく動けなかったが、それでも生きている。
「ああ…… 一生分は落ちたな。今度こそ、落ちるのは二度とごめんだ」
瓦礫の中から僅かに音が聞こえ、ヒューヒューとか細い呼吸音が百舌の生存を伝える。生きてはいるが、動き回るだけの力は残ってないらしい。それにしても道中で随分ボロボロになったもんだ。折角飛べるようになったし、とりあえず吊るされたままの騎士達を床に下ろして大人しくさせる。怪我人に動かれても足手まといなだけだ。
「よし、傷口抑えて止血しとけ。怪我が軽くて動ける奴がいるならゆっくり後方に下がってニーナにでも連絡して治療してもらえ。あいつ医療部隊の隊長らしいし」
「……お前は、一体何者なんだ?」
簡単な止血を済ませ、更に奥へ進もうとする俺に一人が声を掛けた。目の前で隊長を撃破していく見たことも無い力を使う男、だもんな。そりゃ恐ろしいわ。
「さて、俺にもよく分からなくてな」
確かなのは、俺にはまだやらなきゃいけないことがあるってことだな。
先に進むと更に大きな通路に出た。見たところ正門から続く中央の順路か、一応壁に張り付いて索敵をしておく。すると見たことが無い隊長らしき男とシリウスが話しているじゃねえか。派手に始めるのかと思いきや、なんとシリウスはそのまま奥へ進んだ。
(……敵じゃないのか? いやそれならここで一緒に進まない意味が分からねえ)
先に進まなきゃならんし、とりあえず会って即殺しに掛かる様な奴じゃないのだろうか。隠れていても何も変わらないし、前進するしか選択肢はなかった。
「お前さんが例の黒騎士? 見た目はまだガキだな。その通りとは思っちゃないが」
「黒騎士? まあ見た目は黒いけどよ。そういうおっさんは誰? 見た感じ隊長っぽいけど」
思わぬ口調に合わせて軽く返すが、只者でないのは想像がつく。ぼさぼさ頭のおっさんだが、手には得物らしき1m程の棍を持ち決して俺から目を離さない。正直いつ襲われるか分からなくて恐ろしい。
「俺は第一部隊の隊長、アガレス・アレキサンドライト。シリウスには身内の事情から通ってもらったが、お前さんにはここでお引き取り願おう。こっから先は身内で片付ける」
「俺の名前は竜一。その余所者を巻き込んだのはてめーらだろうが。で、アヴァロンの事は聞いてるんだが、あんたもそれに賛成ってことでいいのか?」
「……多くを救う為には必要な犠牲だ。それに、今この世界には誰でも救ってやる程の余裕は無い。生きようとする奴はいいが、生かされてる奴はお別れするしかないのさ」
「騎士ってのは想像より腐ってるな。何の為に戦ってるか忘れてるんじゃないか?」
そこまで言って剣を構える。こういう自分の中で完結してる奴は説得しても無駄って昔から決まってるからな。俺も人の事を言えないが。
「やる気かい。まぁこっちもぶっ飛ばしてしばらく大人しくしてもらうつもりだったしな。マギナイト兵装起動、大斧」
「ったく、人間同士でやり合ってるより魔族に目を向けるべきだと思うがね。どわっ!?」
アガレスの持っている棍の先が光り、やがて大斧を形作る。そして仕掛ける前に向こうから突っ込んできやがった! 上段から振り下ろされる斧を何とか剣で受け止める。だが剣の噴射を使わないと押し切られそうな馬鹿力だ。
「大剣」
「はっ、おおお!!!」
斧を受けてる腹を蹴られて今度は斧が剣になって横薙ぎ、こいつは不味い。
「槍」
「ぐおおおおッ!?」
体勢を崩したところに更に槍で追撃。槍先を剣で右へと押しやるが、甘かった。剣を外へ向けて押しているだから真正面は隙ができる。相手が長物ばかり使うと考えたのは安直だった。
「双剣」
「ぐあッ!!」
棍が中心で二本に分かれ、それぞれの先に剣を作る。振り回し易い長さになったその得物なら、がら空きの胴を斬るのは簡単だったろう。×字に刃を受けたが、上半身の鎧のおかげで傷は無かった。これがなかったらどうなっていたか。それにしてもコイツはこれまで戦ってきたアニタや百舌とは違う、自分の戦い方を貫くんじゃない、相手に合わせて戦い方を変えられる奴だ。そもそも何種類も武器を使いこなすなんて常人じゃない、ニーナはマギナイト兵装がそいつ自身の使いやすい形にカスタムしてあるって言っていたが、それはつまりこいつは武器や動きを変えるオールラウンダーってことだ。
「ふーむ、悪くはないが経験不足だな。訓練すればいい腕になりそうだが」
「……だったら見逃してくれるかい? そんなこたぁねえだろ!!」
時間を掛ければ動きを見切られてジリ貧になる。ここは一気に攻めて攻めさせないようにするしかない。
「そんなんじゃ当たらんぜ? 少年」
「くっそ、こいつ……ッ」
攻撃を受けるときは扱い易い双剣、攻める時は一本にして剣の間合いから逃れたまま攻撃。正直勝てる気がしない。焦りが冷や汗になって背筋を伝いやがる。懸命に攻撃を続けるものの、今度は大剣の薙ぎ払いを受けて壁まで吹き飛ばされてしまった。
「がっ、くそ……」
「これで終わりだ少年。大人しくしておくなら命までは取らん」
剣を向けられ、壁を背に疲れ果てへたり込む。敵わなかったのが腹立たしいが、一言言わずにはおれない。
「自分達の守るべき国民は殺すのに、どこから来たか分からない小僧は殺さないのね。全くお笑いだ」
「……死にたいのか? 少年」
「死にたいかって? あんなの絶対に嫌だね。自慢じゃないが、俺は一度死んだことがあってな。死ぬ瞬間ってどんなもんか分かるか? 助かりたいと思ってどうすればいいか考える。いくつも選択肢を思い浮かべては、これじゃ駄目だと消していく。そして何も無くなったその瞬間、ああ自分は死ぬんだって諦めるんだ。怒り? 後悔? 何より何も出来ないって絶望さ」
「…………」
「死ぬことを覚悟してる奴ならともかく、何も関係ない人間が巻き込まれてあんな思いをするなんてな。知っちまったら放っておけねえよ。……それに犠牲を仕方ないって言える奴はな、自分が何も失わない奴だけなんだぜ」
喧嘩腰で話し続ける。どうせ負けなら言いたい文句を全部言ってやる。
「あんたが騎士になった理由なんて聞きやしないがよ、なったなら責任持って護れよ。人を選んで殺すなんて、それはもう人間じゃねえぞ」
「ならお前なら出来るってか? 誰もが救われる特効薬みたいな戦いが」
「さあな、でも俺ならやろうとするね。諦めて誰かを殺すなんて、それこそ死んでもごめんだ」
そこまで言ってしばらく、アガレスは無言だった。だが不意に向けていた剣を下ろす。
「生意気な。だったらその根性、見せてもらおうじゃないの」
「あ? ……どういうことだ」
「この先、大扉を開けて通路を一本行った先が謁見の間だ。そこに陛下がいらっしゃる。拳で説得してこいよ、いや剣でか」
「……そういうことね。やってやるよ、ここまで来て殺されるのも諦めるのも嫌だからな」
立ち上がり剣を取る。負けたままってのも癪だが、通してくれるならこの際それでもいい。俺は謁見の間へ向けて歩き始めた。が、
「ああそうそう、シリウスだがな。多分そろそろぶっ飛ばされてるんじゃないか?」
「は!? なんでまたそんな……」
そこでデカい爆発音が聞こえた。結構離れているはずのここまで響く衝撃と音。嫌な予感がする。ここは一気に通路をぶち抜いて行くか。
「ああ、クソッ。面倒なことになったな、おい!!」
翼に魔力を流して全開で噴かす。剣も構えて扉も構わずに突破する!
大扉をぶち破って謁見の間に入った俺が見たのは、瓦礫に埋もれるシリウスと、青白く輝く巨大な拳を振り下ろすジジイの姿だった。




