~英雄と咎人~ 2
闇、アニタを撃破し先に進んだ俺は、足元すら碌に見えない城の通路に辟易としていた。侵入者対策といったところだろうが、不便なことこの上ない。内心で悪態をつきながら、通路の端をゆっくりと進んでいく。
(まともに見えねえし静かすぎる…… 先に行った奴らも見当たらねえし、ホラー映画じゃねえんだぞ)
そう、静かすぎるのだ。俺とアニタが話している間に何人もの騎士達が先に走っていった筈、にも関わらず今この通路は静まり返っている。だが少し広めの通路に差し掛かった時、何かが聞こえてきた。それは呻き声の様に聞こえる。痛みに耐える様な、泣き出すのを堪えている様な、くぐもった声だ。しかも耳を澄ますと一つではない。何人もの呻き声があちこちから聞こえてくる。
(……気味が悪ぃ。こんなとこさっさと通り……過ぎて…… ッ!?)
そこで言葉が止まったのはとんでもないものが目に入ったからだ。壁から少し離して建てられている通路の柱、その柱の真下に、血だまりが出来ている。驚き柱を伝う血に目線を移し見上げると、そこには先行した筈の騎士が剣で刺され吊るされていた。それも一人ではない。先程から聞こえていた声は、騎士達の苦悶の声だったのだ。
(なんだこりゃ!? クソッ、下ろそうにも剣に手が届かねぇ……)
幸い剣が刺さっているのは左右の違いがあれど皆肩のようだが、高さが手を伸ばしても届かない。足場になる物を探すが見当たらず辺りを探し回るが、気配を感じ咄嗟に動きが止まる。そいつはいつの間にか騎士達が吊るされる通路の中央に立っていた。
「顔を合わせるのは初めてだな。俺は百舌。第三部隊の隊長を務めている。お前の自己紹介はしなくていい。調査は済んでいるのでな」
「そうかい、しかしこんな所で忍者を見るなんて思わなかったぞ」
百舌と名乗った男は、この西洋風の城に似合わない格好、忍者装束だった。普通の俺だったらあまりの場違い感に笑い出すところだろう。しかしこの状況はそんな感情を吹き飛ばすには十分な程に恐怖に溢れていた。
「お前の成長には光る物がある。そこでだ、陛下から御言葉を預かっている。『我らが軍勢に加わり、その武を活かすつもりはないか』とのことだ。お前の望む情報も与えようと陛下は仰っている」
「……寝返れってか。最初は情報だけ手に入れば国の内輪揉めなんてどうでもいいと思ってたがな、違う考えとはいえテメェの部下にこんな真似する奴らを信用も放置もできるかよ。要はお前らが気に入らねえ、それだけだ」
「そうか、ならば育った脅威を排除するまで。それと、その選択をしたお前に陛下から御言葉がある。『そうでなくては面白くない』、だそうだ」
「はッ、結局お見通しの上に戦いたいだけかよ。脳筋皇帝が!!」
構えた剣と襲い掛かる短刀が甲高い音を上げる。百舌は一見マギナイト兵装を使っていない様に見えるが、何が飛び出すか分からない。用心したまま何度か斬り合いをすると、百舌はいきなりスピードを上げて視界から消えた。忍者らしくまだまだ隠し玉がありそうなもんだが。
「速さでかく乱ってか。ならこっちも気を付けないとな!」
俺も過去に何度か試みたこの戦法だが、最近になって考えてみれば閉鎖した場所では欠点がある。それは閉鎖空間の隅に移動して背後を壁に預ければ、かく乱のしようがないということだ。物凄い速さで眼前に迫ってくる忍者も恐ろしいが、背後から斬られるよりはマシだ。
「……ならば真っ向から行くまで」
「うおっ!? ぐっはッ……!!」
相手も俺の行動を察したらしく直ぐに攻撃方法を変えてくる。文字通り真正面から物凄い速さのまま斬り掛かってきた。しかもそれを剣で防いだところに横から蹴りを入れる二段構えときたもんだ。反対側の壁まで蹴り飛ばされて背中に衝撃が走る。10mはある通路を飛んで横断したことに驚く暇は無く、追撃を避ける為に急いで起き上がる。だが、その時には既に息も掛かりそうな距離に短刀を構えた百舌が迫っていた。
「クソッ!! 速いッ…… がァッ……」
「闇夜に紛れて斬るだけが能ではない。単純な戦闘能力も無ければ、諜報部隊の隊長など務まらんからな」
動きを見てからでは遅い、しかしこの暗い通路では動きを見てから以前に、攻撃を受ける直前に飛び出してくる奴に反応しなければならない。ここの環境を変えるか、それとも別の方法を見付けるか。
(悠長に明かりを点けさせてくれる訳ねえよな…… 天井ぶち破るにも届かねえし、剣で殴って崩せる腕力もねえ。さてどうすっか……)
そんなことを思案していると、僅かの容赦も無く再び奴が突っ込んでくる。短刀を刃で受け止め鍔迫り合いを始めた。一つだけ打開策があるが、やるならこのタイミングだな。どうせ他には良い考えも浮かばねえし一か八かだ。
「ええい、なるようになれ!! 全開だ! 噴かせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「何!? 自棄になったか!!」
一気に魔力を流し込め。剣の推進力を最大にして、奴の体ごと向かいの壁まで突進する! 流石に自分諸共壁に突っ込むとは思わなかったのか、壁にひびを入れる勢いで叩き付けられ百舌は小さく呻いた。動きを封じて攻撃を与える。賭けには勝てた様だ。
「これで速くても関係ねーな、もらった!!」
「ぐっ、甘いわ…… マギナイト兵装起動!」
左腕で百舌を押さえつけたまま剣を突き立てようとした瞬間、百舌の体が何かに押され壁に縫い付けることができなかった。その勢いに今度は俺が吹き飛ばされ、先の百舌を見上げる。百舌は飛んでいた。背中から細い金属が左右に伸び、そのパーツからはアニタの人形と同じ青白い粒子を放ち宙に浮いている。それはあの人形と同じ粒子の翼に見えた。
「……これを使うつもりはなかったがな。ここは確実な方法を取ることにする」
「なッ!? それ人間も飛ばせんのかよ!!」
そんな俺の文句も無視し、奴は懐から何かを出して天井に向けてばら撒いた。次の瞬間、大きな爆発が起き天井が崩れてくる。急いで通路の端に寄って瓦礫を避けるが、百舌は闇夜の空に飛び去ってしまった。
「逃げんのかよ!! ってあれ、おいおい、こっち来るのか!!!」
逃げたかと思われたが、奴のこれまでの戦い方から想像してそんなことを考えるべきではなかった。空から限られた屋根の穴に下りてくるも恐ろしいだろうに、百舌はその空間に飛び込んで俺を空に連れ去りやがった。驚きのあまり剣を落とし、碌に抵抗できずに捕まってしまう。
「て、てめー!! 何しやがる!!」
「思いの外手間取るのでな」
俺を掴んだまま百舌はどんどん高度を上げていく。視界が高くなり、温度ではなく血の気が引いて寒気を感じる。まさかとは思うが、
「これで終わりだ」
「やっぱりかよコンチクショウ……ッ」
バルカニアが一望できる程の高さに連れて来られた後、ふっと奴の拘束から解放される。そして重力に引かれるまま一気に落ちていく。
(冗談じゃねえ!! どうすれば!?)
迫りくる地面を視界に入れたまま、どうすることもできずに落ちる。焦りと恐怖で頭が一杯になった時、不意に視界が黒く染まった。
この感じは随分久しぶりだ。無音の闇の中、俺はエミリオではなく俺の姿でいる。そして目の前にはいつぞや斬り伏せた黒い全身鎧。しかし今回の姿は鎧こそ同じだが前回より小柄に見える。それこそエミリオと同じ様な背格好だ。それでも放たれる恐怖感は変わらない。相対しているだけで殺さなければならないという様な強迫観念に駆られる。その感情のままに剣を振るい、胸に突き立てる。異様なまでの恐怖感が少しずつ和らいでいく。刺された鎧は倒れ、周囲より尚黒い霧に変わった。その霧は人の形に集まり、小さく呟く。
「僕は…… 守りたかっただけなんだ……」
そんな言葉を残し、黒い霧は消え去った。僅かな間の後、体が熱くなってくる。この現象がなんなのか未だに分からないが、確実に分かるのは体に力が入ってきていることだ。安心して使える力だとは思えないが、今はこれに縋るしかない。拳を握って実感しているところで、暗闇の空間は消え去った。




