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その境界の先  作者: nao 11
21/63

~英雄と咎人~

 「まだまだ、その程度では喰らわんぞ!」

 「この程度で終わると思っていますか? 周りを焦土にしても消し飛ばします!!」

 口で余裕を見せるが、その間もクリスの魔砲は絶え間なく放たれる。盾で受ければ弾くことが出来る。しかしその間は動くことができない。最大火力の魔砲なら相手も動かずに呪文を詠唱しなければならないが、ある程度軽減した火力ならクリスは走り回りながら撃てるのだ。しかも碌な詠唱もせずに手をかざすだけで何とも気軽に撃ってくる。躱した魔砲が壁や床に穴を穿つのを、私は内心恐怖しながら視界の隅で捉えていた。その身のこなしは、魔砲使いと言うより拳闘士に近い。

 (魔砲以外は魔術を使えないくせに、恐ろしい戦力だな全く……)

 クリスは魔砲以外の魔術をほぼ行使できない。本人は鍛錬を続けているが、発火や水流操作等の初歩的な魔術さえ安定して行使できるか怪しいものだ。しかしそんなクリスが第五部隊、魔術部隊の隊長を務めるのは他の部分に理由がある。現状に挫けず鍛錬を続ける真面目さと、他の魔術行使など必要ないとさえ思わせる魔砲の破壊力だ。クリスは魔砲に限り、まるで最初から身に付けていたかの様に使いこなす。その破壊力故に、クリスのマギナイト兵装は簡単な射撃が出来る銃型の物だった。友軍や守るべき国民を巻き込まぬ為に。

 「折角磨いてきた魔砲が同じ人間に放たれるとはな、本末転倒もいいところだ」

 「誰がこんな真似をさせているんです? そう思うなら大人しく焼かれなさい!」

 尚も放たれる魔砲の圧力に、私は攻めあぐねていた。回避と防御はできるが、その威力と攻撃の厚みに踏み込むことができない。光線が掠った場所が焦げ、防いだ盾には激しい水流をぶつけられた様な衝撃が伝わる。生身で受ければどうなるか、想像するのは容易い。だがこのまま攻められ続けても行き着く先は同じだろう。ならば隙を見て多少焼かれても突っ込むしかない。

 (大振りの一発を避けて懐に飛び込む、これしかあるまい)

 お互いにぐるぐると回りながら状況は膠着していたが、クリスが大きめの一発を放ったその時を見計らい、盾を向けながら突撃する。

 「そこだ、穿て!!」

 「! させません!!」

 一気に間合いを詰めてバンカーを撃ち込むが、クリスは咄嗟に魔砲を放ち反動で僅かに距離を離した。それは威力も無く狙いも明後日の方向だったが、回避という意味では十分だった。この程度の詰め方では足りんか。そこまでやり合い、お互い距離を離して一度息を吐く。連続した動きで疲れているのはどちらも同じ様だ。

 「ハァッ…… 相変わらず面倒な相手だな、やり辛くてしょうがないぞ」

 「ハァハァ…… その言葉、そのままお返しします。突っ込むしか能の無い人の相手は疲れるんですよ」

 挑発して平静さを失わせるつもりらしいが、随分安い挑発だ。言われなくてもそんなこと自分で百も承知だ。そんな自分でも何かを護る為に、この盾を手にしたのだから。

 「見境なく暴れ回る奴よりはマシだがな」

 「私は正義の為に戦っているだけです。浅慮な貴女達には分からないでしょうが」

 言葉では冷静さを強調しているが、顔は憤怒に歪んでいる。その証拠と言わんばかりに両手に収束する魔力は更に大きくなっていく。もはや周囲への気遣いなど欠片も無く、城や街への被害は二の次で私への殺意のままにそれを振るう。柱は崩れ、壁には穴が開き、まるで廃墟の様相だ。攻め手に欠けるが、致命傷を受ける訳でもない。お互いが激しく動き回りながらの戦闘は時間と体力を消耗していく。そんな状況に埒を開ける為に、私は一つの賭けに出た。

 「お互いに決め手に欠けるな、どうだ? それぞれの全力で真正面からぶつかるというのは」

 「……いいでしょう。何やら自信があって申し出た様ですが、その自信ごと灰にするのも悪くありません」

 互いに全力を振るうと決めた時、立っていたのはこの通路で対峙した時と同じ位置だった。私は正門側で盾の推進翼を展開する。バンカーをカバーする部分の両脇が開き、追加した噴射装置を起動し最大推力に備える。中央を残して両側が鋏の様に開いたそれはもう盾とは言い難いが、敵を穿つのにこれ以上の兵装は無い。自分の兵装の暴力的な真の姿を現した時、クリスもまた最大火力の魔砲を放つ準備を終えていた。はっきりとは聞こえないが呪文の詠唱が聞こえる。白く輝く魔法陣が彼女の眼前に現れ、そこから襲うであろう光の奔流を想像させる。

 「……本当に今のままでいいと思っているのか? その上で姉さんを呼び戻せるとでも?」

 「……なら他にいい方法があるとでも? 結局貴女達の掲げる理想は根拠のない絵空事、それもミラさんが居ないこの状況で何ができるのですか。あの人でもできなかった『魔族の送還』、目標と言うだけなら誰にでもできます」


 そう、私達がこのクーデターを起こした理由、それはかつて姉さんが目指した『魔族の送還』にある。姉さんの理想は、『あくまで召喚に巻き込まれただけである魔族をあるべき世界に送還し、人類と魔族の戦争を根本から無くす』というものだ。この城で姉さんは前第五部隊の隊長として働きながらも、戦争の原因となった召喚術について研究をしていた。しかしその研究は魔族など滅ぼせばいいと考える者達にとっては無駄な物であり、また魔族に対しても『召喚術に巻き込まれた被害者』という考えを持つ姉さんは次第に周囲から白い目で見られ始めた。遂には三年前、決定的となったのは陛下への謁見。あくまで人類と魔族双方の救済を目指す姉さんと人類を護ることで十分だと主張する陛下、周囲がどちらに付くかは誰にでも予想が出来た。結果として姉さんは陛下と決別、バルカニアを追われることになった。それでも去り際に姉さんは、『その内魔族全員送り還して英雄になってやるから見てなさい!』と笑顔で胸を張っていた。あれ程の逆境でも諦めていなかったのだ。明るく話して見せていたが、そこにはこれ以上どちらにも殺し合いをしてほしくないという確固たる信念があった。


 私はあの時何もできなかった。我が身可愛さに何も口に出せない私に、姉さんは何も言わなかった。それは優しさなのか呆れなのか、今となっては想像するしかない。何が正義で何が悪なのか、騎士となってしばらく経つがはっきりとした答えは今でも分からない。でも、多くの人類を護る為とはいえ、護るべき人類を犠牲にするということに私は疑問を抱いた。その疑問は堂々巡りを繰り返し、あの時の自分に行き着く。『護る』とはなんなのか。私はもうじっとしていられなかった。力を付けて仲間を集め、あの時否定した姉さんの信念を実現する為に。


 「あの時は姉さん以外に研究する者がいなかったから研究が進まなかった。今度は皆で一丸となって全てを救う。犠牲を前提にした正義など本当は誰も望まないはずだ」

 「都合のいい夢ですね。それぞれの恨みの念は無視ですか、そんな聖人の様な人ばかりだとよかったのですがね。……私とて最初から諦めていた訳ではありません。ですが、私は何もできなかった。私にできるのは陛下に仕え、あの人の帰る場所を用意するだけです」

 誰もが犠牲など無い方がいい。それでも大抵の人間は自分に折り合いをつけたり、自分の身を考えて選択してしまう。私もクリスもそうだったのだ。何をしたいかではなく何が出来るかで考えてしまった。残り続ける後悔と自分への嘘を抱えて。

 「……今ならまだやり直せる、お前も協力してくれ。力を合わせれば姉さんを迎えることもできる筈だ」

 「……そんな保障がどこにありますか? もう遅いのです。さぁ終わらせましょう」

 彼女は明らかに様子が変わっていた。開戦当初の怒気は鳴りを潜め、今はむしろ悲愴な表情に見える。その覇気は展開したままの魔法陣と溢れる光とは反比例している様な、とても戦いができるものには見えない。しかしそんなことも構わず彼女は遂にその魔砲を放った。

 「識者は智を以て魔を操る、ここに怨敵を滅ぼす魔を放て! 賢者(ワイズマン)の(・)(アイ)!!」

 「……来るか、ならば貫くのみ。最大速力! インパクト!!」

 魔法陣に目の紋様が浮かび、体が丸々呑みこまれそうな程の光線を放つ。だが私は避ける気など無かった。切っ先を向けて真っ向から突っ込み凄まじい圧力を貫いていく。だが、確かに焼ける様に熱く圧を感じるのだが、想像したものよりも明らかに弱い。事実最初は抵抗があったものの、私の盾は少しずつ確実に魔砲の中を前進していく。やがてクリスの目の前にある魔法陣まで辿り着き、ガラスを割る様にバンカーを撃ち込む。その衝撃で魔砲は弾け飛び、彼女も後方に大きく吹き飛ばされた。体に直接受けた訳ではないが、相当な衝撃に襲われた彼女は小さく呻き、横たわっている。

 「……手加減したのか? 何故だ、あれ程気合いが入っていただろう?」

 「……かはッ、何故でしょうね。自分でも分かりません。もう、疲れたのかもしれません。……何が出来るかを探して今の答えに行き着いて、それでも正しいかなんて分からなくて。だけど何かしていないと不安でしょうがない。そんな、情けない生き方に」

 弱々しく呟くクリスはその目に涙を浮かべている。その様子は、闇夜に迷子になってひとりぼっちになった子供の様だった。

 「…………殺して。もう、いいの。必死に訓練しても碌に魔術は使えない、憧れた人は自分とは違う道にいる、それを自覚したところでもうどうしようも無い」

 「殺すつもりは無いと言っただろう。……少し休め、そして何が出来るかではなく何をしたいかを考えてみろ。私も随分迷った。心を決めたのは昨年だが、行動に移ったのはつい最近のことだ。異なる世界から迷い込んだ上、復讐の為に右も左も分からない世界を歩んでいる馬鹿がいる。そいつに比べれば、私はマシかと思ってな。……ではな」

 できれば味方に引き入れたいところだが、強制をするつもりはない。どうすればいいか分からない闇の中がどれほど辛いか、私もある程度経験があったからだ。返事も聞かず言っておきたい事を伝えておく。話を聞いてもクリスは動かず言葉を返すことも無かったが、もう戦意は感じない。彼女が立ち上がれることを願いつつ、私は通路を進んだ。通路を区切る大扉の前で、人の気配がする。立て続けに相手することも想定していたが、実際にやるとなると体力的に辛い。それでもやるしかないのだが。

 「流石ね、と言うよりクリスちゃんが弱っていただけかしら。お互い辛いわね」

 「……ボルト隊長か。いつからこちらに?」

 「ドンパチ始まったくらいよ。……そう気合い入れなくて大丈夫よ? アタシは戦うつもりないし」

 「どういうことです? 貴方なら私を絶対に止めると思っていましたが」

 通路端の闇から姿を現したボルト隊長は、戦意は無いと肩を竦めて話しかける。彼もまた、魔族との戦争によって暗い過去を背負わされた一人なのだ。しかも最前線に立って屠り続ける攻撃部隊の隊長が、魔族との融和案とも取れる私達の考えに賛成する筈などないと思っていたのだが。

 「アタシも思うところはあるけど、あんな話聞いたら目も覚めちゃうわ。亡くした人を悼むのと、引き摺られるのは違うもの。坊やにはなんて言われるか怖いけどね」

 「あの“黒騎士”か。……まぁ奴はそうだろうな、奴は復讐の為に生きているのだから」

 「アタシだって叶うならハッピーエンドがいいもの。昔はちょっとナーバスだったけど、戦い続けるのも疲れちゃったし。……行きなさい。アタシは応援してるわよ? そして誰もが笑える世界にしましょう、今度は皆でね」

「……感謝する」

終わらない戦いは全ての者を疲弊させるのだろう。話を終えた時の彼は、穏やかながらもどこか悲しそうな表情だった。

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