~王と民~ 2
「陛下、今一度伺いたいことがございます」
「貴様がわざわざ面と向かって尋ねるとは珍しい。言ってみろ」
玉座の間、私は全てが始まる前に、どうしても改めて確認しておきたかった。それ次第では計画を止めることで考えていたからだ。玉座の間で動かない皇帝に、私は問う。
「姉さんの件は、覆らないのですか」
「……どちらが正しいか、それが問題ではない。儂の方が強く、儂が選んだ道がこちらだったというだけだ。それにあれ以降不穏な事も耳にする。道は変わらん」
その厳つい顔で表情を変えずに、皇帝は答えた。その答えは、私の反逆を決定付けるのに十分だった。
「……分かりました。お時間を頂きありがとうございました。失礼致します」
「不服であれば儂を倒して変えてもよいぞ? この国の行き先をな」
「……御冗談はお止め下さい。では私はこれで」
こうも露骨に言われると既に知られているだろうが、この皇帝ならそれでも対策はしないだろう。力こそが至上であり、拳でこの国の頂点に上り詰めた人間なのだ。ならば私達も力で以てこの国の道を変えるしかあるまい。玉座の間を出て、無機質で冷たい廊下を歩く。その先には一人の男が佇んでいた。
「よう、お前が謁見とは珍しいな。なんか良いことでもあったのか?」
「アガレス隊長、少し伺いたいことがあっただけです。気にする程のことでもありません」
皇帝の側近にして第一部隊の隊長、アガレス・アレキサンドライト。無愛想な表情で尋ねてくるが、見た目通りの男ではない。彼は決して表情には出さず、けれどもその目は大局を見据えている。側近と隊長という立場は伊達ではないのだ。そんな人間がこのタイミングで待ち構え、私に問うてくる。出来るだけいつもの事務的なやり取りで通そうとするが、やはり簡単には誤魔化せない。
「気にする程のことでもないのに謁見したのか? ……今のは少し意地が悪かったな、忘れてくれ」
「……すみません、失礼します」
これは、いよいよ決行に踏み切らなければならないな。皇帝が勘付いている以上、その側近や周りにも情報が流れているだろうと思っていたが、想像以上に立場は悪そうだ。強引に話を切り上げ、私は廊下を通り過ぎる。既に手遅れかもしれんが、これ以上はボロを出しそうだ。お互いこのやり取りが上っ面だと理解しているだろう。だからこそこれ以上相手に有利になる情報は与えない。私は足早にその場を後にした。
「……っ、ここは、どこだ? 仮眠室か?」
意識がはっきりした俺が居たのは、複数のベッドが並ぶ薄暗い部屋だった。規模や雰囲気から察するに、恐らく仮眠室か病室といったところだろう。そこまで考えて自分が特訓後に倒れたことに気が付いた。どれくらい寝ていただろうか。
「時間は…… 時計無いじゃねーか。とりあえず外に出るか」
そうしてベッドから起き上がり部屋を出ようとすると、外がなにやら騒がしい。何人も廊下を行き来している様だ。何事かと扉から顔を出すと、バタバタと若者達が廊下を忙しなく走っている。
「おい! お前何寝てるんだよ! 決行日時が決まったんだからさっさと準備しろよ!!」
「えっ? ……ああ、そういうことか。だったら一回ニーナに聞かないとな」
語気の荒い男を宥めつつ会議室までの道を聞き、俺は不意に訪れたらしいその大騒ぎの詳細を確認しに向かった。
「やぁ、よく寝ていたね。もう察しているかと思うけど、決行日時が決まったよ。本日深夜0時、正門と裏門関係者通用口の二方向から突入をかける。城内に居ると思われる他の隊長を撃破、もしくは無力化して玉座の間の前で集合。その後再度突入して皇帝を撃破。こんな感じだね」
「皇帝は無力化って言わないんだな」
「あの陛下なら絶対迎え討つに決まってるもん。最初から腹を括るためにもそう言うさ」
現在時刻は午後4時。時間が無いと言っていたが、それにしても随分急ぐもんだ。それに皇帝と真っ向からやり合うらしい。
「まだ魔力の扱い方もよく分からんのだが」
「状況が悪くなってね、申し訳ないけどゆっくり教えることも難しくなったんだ。この後から夜までに特訓するけど、それ以上は実戦でお願いするしかないかな」
うーむ、その状態で突っ込むのはかなり心配だが、この後の特訓と配置の相談でなんとかするしかないか。身の丈を超えた無謀をするつもりはない、だがそれでも欲する情報と犠牲を出さないという目的の為に働くつもりはある。せめて足手まといからは脱しておかなければ。
「じゃあさっそく頼めるか。少しでもコツを掴んでおきたいしな」
「了解だ。それじゃ前と同じ訓練場に行こうか。今度は戦わないから安心してね」
慌ただしい騎士達とすれ違いながら歩みを進める。その途中でふと思い出したことをニーナに聞いてみた。
「そういやシリウスはどうしてるんだ?」
「シリウスちゃんは兵装の調整だね。突入時は片方の先頭で突っ込んでもらう予定だから、今念入りに整備してるんじゃないかな? ちなみに竜一君がもう片方の先頭ね」
とんでもない事実が飛び出した。クーデターの主力である突入班の片翼、その先頭に行けという指示だ。シリウスの所在が少し気になっていたが、そんなことは頭からすっぽ抜けてしまった。
「……は!? 今日魔力の使い方を習う素人にそんな役目をさせんなよ! つーかお前がやればいいじゃねーか」
「ボクはこれでも第四部隊、『医療部隊』の隊長だからね。そもそもそんなに強くないし、本業は治すことだから」
そう言われると尤もだと思うが、とてつもなく不安になってきた。自分でも青い顔をしているだろうなと思いつつ、ニーナに付いて俺は訓練場へ向かった。
無我夢中で剣を起動させたはいいが、魔力の詳しい使い方は何一つ分かっていない。隊長と戦うならば、ある程度は操る術を学んで足手まといどころか平均以上くらいにはなる必要がある。
「さて、今君は魔力を流し込むことは出来るだろうけど調節することができない。まずは兵装を起動して」
「おう、……これでいいか?」
言われた通り剣の結晶に魔力を流す様にイメージする。すると結晶は青白く光り、あの時と同じ姿に変わった。とりあえず起動するのは問題ないようだ。
「どんなに強い兵装でも、持続できなければそれは限定的な戦力にしかならない。最初から全開だと、肝心な場面までスタミナが持たないからね。焚火をイメージするんだ、炎は現れる力の形、薪と息は魔力と精神。注げば注ぐだけ炎は大きくなるが、薪に限界があればすぐに燃え尽きる。少しずつ、少しずつ炎を維持して、ここぞという時にありったけ注ぎ込むんだ」
焚火か、それはイメージしやすい。小さく、それでも消えない火。それを意識するとこれまでより格段に分かりやすく、直ぐに剣の峰から噴き出る光が小さくなっていく。
「……おお、出来たぜ。なるほど、これなら俺にも出来る」
「そう、それが最初の一歩。これから決行の1時間前までこの小さな火を維持するんだ。ただし、最後の2時間は素振りしながら維持すること。使いこなすには集中しなくてもこれが出来なければいけない。ボクは指示や作戦の確認があるからいなくなるけど、戦えるようになるにはこれを習得するのが不可欠だ」
……なかなかハードな特訓になりそうだ。集中して行うんじゃなく、無意識で調整できるくらいの練度を目指す。長い様で、時間は無い、しかし焦らずに着実にやるんだ。
「了解、それじゃあまた後でな」
「うむ! 成果が実るのを祈っているよ」




