~王と民~
新しい剣を受け取り、俺は深刻な問題に直面していた。
「いやーここまでだとむしろ感動するよ。本当に魔力を使えないんだね」
「しみじみ言うな! 俺も困ってんだから」
そう、魔力の行使ができないのだ。右手に意識を集中して力を使う以外に魔力を使って何かをすることができない、やり方さえ分からない。そもそも力を使う時はなんというか、自分の力を使うイメージではなく何かに繋がる感覚なのだ。何が分からないのかも分からない。そんな学生の様な心境で、俺はニーナに剣の使い方を教えてもらっていた。
「それもマギナイト兵装だからね、魔力が使えないと戦力としては半人前以下だ。これはなんとしても習得してもらわないと」
「そりゃあ分かるけどよ、魔力の操作ってのが本当に分からねぇんだ」
正直なところ、魔力なんてこちら側に来て初めて見聞きしたのだ。そんな未知の力を自分で扱える訳がない。ニーナ曰く、魔力とは量に差はあれどどんな人間にも備わっている力であり、訓練次第で誰でもある程度の魔術が使えるらしい。ホントかよ。
「襲撃を決行するまでそれほど余裕は無いし、ここはちょっと強引だけどボク直々に訓練をするしかないかな」
「情けねぇが頼めるか? 正直自分だけだとどうすればいいのか見当もつかん」
アジトの会議室で試しに握るも埒が明かないと判断した俺達は、更に地下通路を通った先の広い訓練場に場所を移し、魔力の訓練が始まるのだった。
「結構広いな、地下にこんな空間作るなんて力入ってるな」
「今はいないけどボク達に同調してくれる騎士達もいるからね。普通に訓練する分には城でもいいんだけど、普通の訓練以外のことをするには特別な場所が必要なのさ」
市民体育館くらいの広さだろうか。足元は土でその辺りには無造作に岩も転がっている。道場稽古の様な想像をしていたが、より実戦を想定して行われる訓練の舞台らしい。平らな地面だけではなく、無造作な凹凸も作られており様々な事態を想定して訓練を行うのだろう。そのフィールドの中央に向かってニーナは歩き、やがて到着するとくるりと振り返った。
「さて、訓練だけどね。これからボクが君に攻撃する。それを防ぎつつマギナイト兵装を起動できれば終了だ」
「えーっと、組手みたいなもんか?」
問いかけに答える前にニーナは小さめのバトンの様な物を取り出す。その先端には青白い結晶が取り付けられており、ニーナのマギナイト兵装だろうと想像するのは容易かった。だがそんなことはその後発せられた言葉で吹き飛んでしまった。
「悪いけどボクは殺しにかかるよ。一切魔力が使えないところから切っ掛けを掴むにはそれくらい崖っぷちでなくちゃいけない。それにここで何もできずに倒れるなら、皇帝を相手にする前に他の隊長に殺されるのが関の山だしね。事が早くなるだけってことさ」
そんなセリフを吐くニーナの目は、これまで接してきた様な人当たりの良い少女の物ではなく、罠に掛かって動けない獲物を一思いに殺す猟師のそれだった。そして手の中の獲物は妖しく輝きだし、青白い鞭の様な物が伸びてくる。
「教えてあげるよ。ボクのマギナイト兵装は流れ出る流体を鞭状に固定する。使い方は見た目の通り鞭そのもの。だけど間合いや硬度は変幻自在、これはボクの鍛錬の賜物だね。君の目標はボクの攻撃で死ぬ前に魔力の使い方を理解すること、達成できなければ死」
そしてそこまで説明したニーナは、素振りの様に鞭を振るい始める。振る前は1m程しかなかった鞭は、振るわれるとその長さが増していった。やがて目測で3m程まで伸び、ジャリジャリと地面を削りながらニーナの周りを円状に渦巻いていく。
「始めようか」
「剣は手放さないでね! 本当に死ぬよ!!」
「くっそ、なら絡め取ろうとすんな!!」
鞭と言うとスナップを効かせて対象を叩く、そんな印象だったがニーナの戦い方はそれとは大きく異なる。絡め取って、引き上げ、叩き付ける。単純な打撃なら防いで突撃することもできるが、捕まった時点で動けない。そこから更に防御できずに地面に叩き付けられる。しかも鞭は先程から更にその長さを増し、もう10mはある様に見える。既に俺は両腕を変化させなんとか喰らいつこうと足掻いていたが、剣で斬り掛かる間合いに近づくことすらできない。
「ぐっ…… くそ……」
「ただ斬るだけではない。その剣で何ができるか、何を成すか、それを掴まなければ君は地面に埋もれるだけだ。さぁ考えてごらん!」
吐かれるセリフも振り回されるせいで近づいたり遠ざかったりと酷い有様だ。まるで洗濯機に放り込まれたみたいに視界が回転し、その上地面に落とされる。直接見なくとも服の下は痣と傷だらけだろう。その内頭を強打すれば、その時点で死ぬかもしれん。
(近づきもできねぇ、鞭も斬り落とせねぇ。ならどうする?)
考えろ、どうすれば斬り込めるか。襲ってくる鞭を避ける? 駄目だ、突っ込む前に捕まって同じ結果だ。鞭を剣で捌いて躱す? これも駄目だ。ニーナの鞭捌きは並の速さじゃない、さっき見た程度で見切れる自信は皆無だ。
(どうすれば斬れる、近づける、倒せる…… このままじゃ巻き付かれて引っ張り回されるだけだ)
全身に痛みが走る。意識が途切れる前になんとかしなければ。それには簀巻きにされるのをまず避けなければならない。だが例え避けてもその上で近づいて斬り掛かる必要がある。
(避ける、近づく…… いや待てよ? ……近づく必要はない。勝手に引き寄せてくれるじゃねぇか)
もっともそこから斬り掛かるには今思いついた馬鹿みたいな方法を実現するしかない。イメージしろ、剣の結晶に流し込め、爆発させろ。
(やれるか? いや、やるんだ。そうじゃねぇとあの銀髪女には届かねぇ!!)
(さて、このまま土に還るか、それとも何かを掴むか。どうなるかな?)
叩き付けた先で立ったまま動かなくなった彼は、まだ諦めた目ではない。だがその体に積み重なったダメージは残っている。恐らく次で最後だろう。これまで繰り返したことと同じ様に、鞭で絡め取り、引き寄せる。だがそこまでやって違和感に気付く。彼は鞭を避けようと動きもせずに、しかも剣を体に密着させて鞭に巻かれた。
(刃は体に向けていなかった。巻き付かれる力を利用して鞭を切るつもりかな? それはちょっと無茶と言うものだよ)
鞭を振るって自分の頭上を通過させようとした時、それは訪れた。
絡め取った鞭の隙間から溢れる青白い光。
やがて凄まじい力に押されてか、鞭が伸ばされ、千切れていく。
刀身をその光で覆い、峰から噴出させながら、その剣を持った彼が迫ってくる。
「よっしゃああああ!」
「!! これは……ッ」
鞭を変える。形を円状の盾に。飛び込んできた一太刀を防ぎ、改めてその姿を見た。淡い青の光に包まれた彼の力の形を。
「おめでとう、目標達成だね」
「あ? ああ、そうか。これが出来たからもう大丈夫なんだな。もうすっかり斬り掛かる気になってたわ」
「ははは、あれだけやった手前こちらからは強く言えないけどね」
自分でもとんでもないと思うが、手の中で光る剣を見ると紛れもない事実だと分かる。この全身から流れ出す様な感覚、その流れを制御して集中させる意識、これが魔力という奴か。
「いやー、どんな形にするかと思ったけど、剣の峰から流体を噴射するとはね。その上刃にもコーティングして切れ味を補強してるし、なんだかんだ言ってた割にしっかり作り上げてるじゃないか」
「必死だったんだよ。本当に死ぬかと思ったからな、どうやれば斬れるかを考えた結果だ」
両腕の変化を解くついでに、同じ感覚で剣から魔力を抜く。すると刃に付いていた結晶は砕け飛び、初めて見た時と同じ豪奢な剣に戻っていった。
「これでやっとこの剣を使え、る…… あ? なん、だ。力が、入らねぇ……」
「初めて使ったから加減を掴めずに全力だったんだろうね。今後は使いこなす練習をしていこうか。とりあえず今はおやすみ」
掛けられる言葉も遠ざかり、視界が暗くなっていく。襲われる凄まじい眠気のままに、俺は意識を手放した。




