~白と黒~ 4
(離れたら撃たれる…… ついて回るしかない!)
剣で斬り掛かるも二丁の拳銃で受け止められ、スウェーで離れて銃口を向けられる。剣の腹で飛んでくる弾を受け止め、再び斬り掛かる。そんなことを繰り返すが、相手を斬れる気がしない。ここは前と同じ様にかく乱してみるか。
「!? それで惑わすつもりですか。少しは考えたようですが、足りませんね」
「なに? うおお!!」
全力で周りを走り回ると相手が拳銃をホルスターに直し、少し安心したのを俺は後悔した。彼女が両手を左右に大きく広げるとそこに何か円形の文様が浮かび、直後拳銃の物をとは比較にならない光線が放たれた。地面にダイブする形でなんとか躱したが、あんなものを受け止めるのは無理だ。こんなのを連発されたら文字通り消し飛んでしまう。
「私がマギナイト兵装を使うのは、周囲への影響を最小限に留めるためです。巻き込む心配が無い環境であれば、存分に力を奮えます。あのドラゴンを差し出し、妖精の居所を教えるならば、ここで許してあげましょう。」
「ここまでやってそんなクズみたいな真似できるか。お前があいつ等の安全を保障するまで粘ってやるよ」
あの光線が脅威なのは変わらないが、トニー達を売る様な真似は絶対に出来ない。冷や汗が垂れるのを頬で感じながら、俺は目の前の女に向き直る。なに、拳銃の時と変わらない。撃たれない様に距離を詰める。掌から撃つなら、至近まで突っ込んで動きから眼を離さないだけだ。
「ッ……! 鬱陶しい!」
「吹き飛ばされるのは勘弁だからな、はァッ!!」
殺す気は無いが、安全が確保できるまで手を抜けない。女を斬る趣味なんてない、だが次々と放たれる光線を前に、この傷で動きを止めてくれと祈りながら斬るばかりだ。拳銃を収納したことでこちらの剣を躱すしかなくなった彼女だが、完全には躱し切れずに少しずつ切り傷が増えていく。やりきれない気分の悪さを抱えたまま攻勢を緩めず斬り続けるが、突如としてこちらに向かって飛び込んできた彼女に、俺は怯んで手を止めてしまった。
「……こういう使い方もできます。吹き飛べ!!」
息も掛かる様な近さでその言葉を聞いた俺は、次の瞬間には彼女の手で炸裂した球体の光に吹き飛ばされ、山道を大きく転がっていった。
「ぐあぁ…… くそ、こんなに飛ばされるのか……」
飛ばされる、不味い、大きく距離が開いてしまったと気付き先程まで戦っていた場所を見上げると、そこには特大の文様を俺に向けて浮かべた彼女の姿があった。直後、視界を埋め尽くす程の光に呑みこまれ、凄まじい灼熱が俺を襲った。
襲い掛かる光線にたまらず目を閉じ、焼かれる様な熱に耐えていると不意にそれが無くなった。なにが起きたのか目を開いてみると、そこは戦っていた山道ではなく、いつぞやカロンと話した闇の空間だった。だが目の前にいるのはカロンではない。俺の右腕の鎧、その全体像の姿なのか、黒い鎧の騎士が立っている。だがその姿からはとてつもない恐怖を感じた。今すぐにこいつを殺さなくてはならない、そんな強迫観念にも似た感情が俺を動かす。いつの間にか握っていた剣を振って、黒い騎士に斬り掛かる。何度も何度も斬りつけるが、騎士は攻撃するどころか防御する素振りすら見せない。それでも俺の手は止まらない。やがて突き立てた剣が鎧を貫通し、黒い騎士の胴体を串刺しにした。
「なんなんだ、これは……」
疲労と恐怖で荒い息を整えていると、黒い騎士は倒れ、その鎧から黒い霧が現れた。その霧は人の形になり、聞き取りにくい声で何かを呟く。
「君は…… 呑まれるな……」
辛うじて聞き取れたのはそれだけだった。その言葉を遺して、霧は消えていった。何かも分からず困惑していると、カロンから力を貰った時と同じように、体が熱くなってくる。以前よりも力を感じる、その感覚に恐怖は無くなっていた。やがてその熱さと共に視界が光に包まれていく。
確かに直撃した。尚も魔砲を放ち続けながら、私は勝利を確信した。ここまでやれば生きてはいないかもしれないが、その程度なら調査するまでもないか。そう思っていた私の考えは、すぐに打ち砕かれる。少年を呑みこんだはずの魔砲が突如として弾かれ始める。その先にはあの少年が立っていた。しかも両腕が黒い鎧になっている。この威力では足りない、一度放出を止め、更に出力を上げようと魔法陣を敷き直そうとした私の目の前に、50メートルは離れていたはず少年が剣を構えて迫っていた。
「させねぇぞ」
「!? なにっ…… がっ……!!」
剣の腹で胴を殴られた私は、驚きの声さえ出せなかった。大柄の魔族に殴られた様に吹っ飛ばされごろごろと地面を転がる。息を吸って仰向けになったその上には、剣を向ける少年の姿があった。
「これで終わりだな。俺の勝ちだ」
一体何が起きたのか。それも分からず私は死ぬのか。そんな考えで頭がいっぱいになる。恐怖なのか悔しさなのか涙も滲んできた。ぼやけていく視界で少年を見ていたその時、
「はいはーい、お二人さんそこまでね。もう十分でしょ? お互い怪我もしてるし、ここで喧嘩はおしまい!」
聞き覚えがある抜けたような声。私を挟んで少年の向かい側に、城で別れたはずの先輩が立っていた。
「あんたは誰だ?」
「ボクは第四部隊隊長のニーナ・サビク。こんな見た目だけど隊長でね。そこのクリスちゃんの先輩でもあるんだ」
いつの間にか現れた小さい栗毛の少女はにこにこと俺に語りかけた。見た目の感じだとトニーとも変わらないぐらいの子供にしか見えない。だがこの落ち着いた態度はそんな考えを拭うには十分だと思うほど、まるで年上と話しているかの様な印象だった。
「いやー心配になって付いてきたらストーラにクリスちゃんがいなくてさぁ、どこかなーって探してたらなんだかド派手な音がするじゃない。二人とも殺し合う気は無さそうだし、ここらへんで止めようと思ってお邪魔した訳さ」
「まぁ元からそんなつもりはないしな、こっちとしては要望を聞いてもらえばそれでいい」
こっちのニーナとかいう隊長の方が話せそうだ。恨みがましく睨んでくるクリスの視線に刺されながら、俺はアジリオとピクシーのことを改めて話した。話を聞いてニーナはしばらく唸っていたが、
「おっけ! じゃあそのドラゴンはボクの研究サンプルって名目でバルカニアに連れて帰ろうか。そのトニーって子も付いて来たいなら一緒に面倒を見よう。そんでピクシーについては“ボクは何も知らなかった”これでどうかな?」
「頼んでおいてなんだけど、連れて帰って大丈夫なのか? 自分達の拠点で殺すんじゃないだろうな」
あまりにもあっさりと、しかもトニーの生活まで保障するという申し出に慎重にならざるを得ない。同じ隊長のクリスは恐ろしい程強硬に排斥を主張したのだ。今度は俺が唸っていると、
「信用については信じてくれとしか言えないね。だけど、騎士の立場と誇りにかけて、ドラゴンとその子の安全は保障しよう」
「……一度町に戻ろう。トニーにそれでいいか確認しないと、それで大丈夫かは分からんしな。それと、バルカニアに戻るなら俺も付いて行く。こっちは俺の都合だけどな」
「……先輩、勝手に決めて大丈夫なんですか?」
俺とニーナが話を進めていると、その最後にクリスが問いかけてきた。聞かれた本人は『大丈夫大丈夫!』と随分暢気そうに笑っていたが、その場で彼女の案を覆せる考えは誰も出せなかった。
「俺とアジリオがバルカニアに!? しかも隊長さんが面倒みてくれるのか!?」
「おう、なんかそういう話になったぞ。話した感じだと撃ってきたアイツよりは話ができるし、バルカニアまでは俺も行く。それでどうだ?」
ニーナが提案した案を話すと、トニーは中々喜んで提案を受け入れた。だが、
「流石にピクシーは連れて行けないらしい」
「それは、そうだよね…… ここで3人で話した時から来てないのが少し心配だけど、アジリオが助かるんならピクシーも賛成してくれるかな」
俺達はバルカニアに行く旨を書置きに記し、俺達が過ごした洞窟に残した。その置手紙を書いている最中に、トニーが俺の右手について聞いてくる。やっぱり気にはなっていたらしい。
「兄ちゃん今は普通の手なんだな」
「ああ? 一応自分で使える力だからな。戦わない時は戻してるさ」
そんな話をしながら手紙を書き上げ、俺達は洞窟を後にした。
「おおー、その子がドラゴンの幼体だね。そんで君がトニー君か、ボクはニーナ。君達の身柄を預かる第四部隊の隊長だ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「そういやクリスはどうしたんだ?」
あの騒ぎの後からクリスを見かけなかった俺は、少し気がかりでニーナに問いかけてみた。あれだけドンパチやった後だが、別に憎んでいる訳でもないしな。あれで妙に凹まれても困る。
「クリスちゃんなら町の周りに偵察で出てるよ。なんか部下から報告があったらしいからね。ま、君は気にすることないさ。負けはしたけど死んではいない、それで十分だからね」
随分さっぱりとした態度だが、こいつは元々そういう人間なんだろう。相変わらず笑いながら当たり前の様に話すその姿を見ていると、それ以上追及するのも悪いかとさえ思えてくる。
「バルカニアまではちょっと距離があるからね、馬車を用意したけど、それでも一回野宿を挟むよ。さぁ行こうか」
陽気なニーナの後を追いトニーと馬車に乗り込む。思いもよらず大騒動だったが、これであの銀髪女に近づける。だが鎧が左腕まで広がったのは気にかかる、少し使う頻度を考えた方がいいかもしれん。そんな懸念を抱いても尚、バルカニアに進んでゆく。一度死んだ俺が目指すのは、あの仇だけなのだから。
(なんでこんな町はずれに人間が! しかも一人のところを見つかるなんて……)
武器を持った人間に追い回されながら、私は必至に逃げていた。動きながらじゃ霧の魔法も使えない。元々速く飛べる訳でもないから逃げ回るしか手がないのだ。
「魔族だ! 逃がすな!!」
「一匹の今が好機だ。殺せ!」
4人の人間がしつこく離れない。後ろを見ながら飛んでいると、不意に何かにぶつかった。
「うわっ!!」
「おっと、前を見ないと危ないですよ? ……ああ、この者達から逃げていたのですか」
私がぶつかったのは人間だった。いや見た目は人間だが、見ているだけで凄まじい恐怖を感じる。まるで喉元に剣を向けられている様な、この人間の気まぐれで直ぐにでも私の命が消えるとすら思える。そんな魂に刻まれる様な恐怖。銀髪と黒いコートを翻し、私達を囲んでいた人間に向けて手を伸ばしてくるりと回る。次の瞬間、その人間達の頭は切り落とされ、四つの血の噴水が出来ていた。
「こ、これは……ッ」
「大丈夫ですよ。貴女に攻撃する気は無いですから安心して下さい」
いつ振るったのか、その右手に無骨な大鎌を持ち、ゆっくりと屈んで私と目線を合わせる。その眼は昏く、闇の底を見るかの様に寒気がする。
「人間は勝手ですね、しかし貴女には抗う力が無い。だから逃げていた。力があれば守りたいモノも守れるのに、そうは思いませんか?」
何も持っていなかった左手が撫でる様に私の頭に触れた。
「貴女に力をあげましょう。これで妖精如きなんて見下げられることもありません。貴女はこの時から変わるのです。弱者から、強者へと」




