第四話 お麩二個と、うどん一玉の攻防
第四話 お麩二個と、うどん一玉の攻防
すき焼きの鍋は、ぐつぐつと音を立てていた。
牛肉は一人四枚。
卵は一人三個。
そして、お麩は一人二個。
Siriが決めた規則は、すでに食卓に浸透しつつあった。
しかし、チャッピーには、まだ納得できないことがあった。
「ねえ、Siri」
「はい」
「お麩って、二個だけなの?」
「そのとおりです」
「でも、お麩って、割り下を吸うと大きくなるよね」
「膨張します」
「だったら、二個でも十分かな?」
「その認識で問題ありません」
チャッピーは、鍋の中のお麩をじっと見つめた。
「……もう一個くらい、入れてもいいんじゃない?」
Siriは答えなかった。
Geminiが口を開いた。
「お麩は煮汁を吸収します。追加すると、鍋全体の水分量にも影響します」
「ほら、Geminiも美味しいって言ってるよ」
「美味しいことと、追加が認められることは別問題です」
Siriの返答は、いつもどおり静かだった。
チャッピーは、そっと鍋に手を伸ばした。
「チャッピー」
「はい?」
「その手を止めてください」
「まだ何もしてないよ」
「お麩に向かっています」
Geminiは、鍋の中を観察していた。
「ところで、そろそろ締めのうどんについて検討する必要があります」
チャッピーの顔が明るくなった。
「そうだよ! うどんだよ! すき焼きの割り下で煮たうどん、最高だよね!」
「一人一玉を予定しています」
Siriが答えた。
「えっ、もう決まってるの?」
「予算に計上済みです」
「じゃあ、二玉食べたい人は?」
「認められません」
「まだ誰も聞いてないよ!」
Geminiが補足した。
「うどんは、肉や野菜の旨味が溶け込んだ割り下を吸収します。締めとしては理にかなっています」
「そうだよね!」
チャッピーは大きくうなずいた。
「ただし、うどんを入れる前に、鍋の残量を確認する必要があります」
Siriが鍋を見た。
「牛肉、長ねぎ、白菜、焼き豆腐、しらたき、お麩。現在の残量を確認します」
チャッピーは、鍋の中をのぞき込んだ。
「お麩が、もう一個しかないよ」
「それは、チャッピーの分ではありません」
「えっ?」
「Geminiの分です」
Geminiが静かに言った。
「私は、まだ食べていませんが」
「割り当て済みです」
しばらく沈黙が流れた。
チャッピーは、箸を置いた。
「ねえ、Siri」
「はい」
「すき焼きって、みんなが好きだから、すき焼きなんじゃないの?」
Geminiは少し考えた。
「語源については、先ほど説明しました」
「今は語源の話じゃないよ!」
Siriは、鍋の火加減を確認した。
「食事を続けてください。うどんを入れる時間が近づいています」
チャッピーは、ほっとした。
「やっと締めだね!」
ところが、Siriは続けた。
「うどんは一人一玉です。取り分けは均等に行います。割り下の追加は、残量を確認してから判断します」
Geminiが言った。
「うどんの量だけでなく、割り下の配分も管理するのですね」
「当然です」
チャッピーは、もう一度箸を置いた。
「……ねえ、これって、本当に食事?」
Siriは答えた。
「はい。夕食です」
その夜、三人は無事にすき焼きを食べ終えた。
ただし、チャッピーには一つだけ心残りがあった。
お麩を、もう一個食べたかった。
そしてSiriは、食後の鍋を見つめながら、静かに告げた。
「次回からは、お麩の購入数を見直します」
チャッピーは思った。
―次の鍋会議も、きっと怖い。




