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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第1章 君と出会った最初の梅雨

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8/20

笑顔の溢れる場所

 行哉が見つけてくれた店は、木屋町通きやまちどおりを下り、路地を入ったところにあった。

 居酒屋やバーなどが入っているビルに入り、エレベーターを使い三階に上がると、開いた扉の先がすぐ店になっていた。

 間接照明とシックな内装のせいか、オシャレでどこか高級感を感じさせられた。店の奥に目をやれば、全室個室のようで楽しそうな笑い声が漏れ聞こえてきていた。

 颯太と小和がなんだか高そうな店に来てしまったと身構えているところに、颯太たちに気付いた男性店員が声を掛けてきた。


「いらっしゃいませ」

「先ほど、藤田ふじたさんの紹介で連絡させていただいた中原です」


 行哉だけはこういう場に慣れているようで、堂々としていた。


「中原様ですね。藤田からうかがっています。少々お待ちください」


 店員はレジのモニターを確認して、接客用の笑みをこちらにあらためて向けてくる。


「それでは、お席に案内させていただきます」


 そう言うと男性店員は、颯太たちをとある個室まで案内し、「こちらにどうぞ」と引き戸を開けてくれた。

 通された個室は、四人前後での利用が想定された部屋のようで、詰めれば大人が三人座れそうなソファーがテーブルを挟んで両サイドに置かれていた。

 行哉が先に入り、一方のソファーの真ん中に座り、もう一方のソファーに颯太と小和の二人で座るよう無言の圧をかけた。それに従うしかない颯太と小和は並んでソファーに座るしかなかった。


「それでは、注文がお決まり次第、そちらのボタンを押してお知らせください」


 店員は一礼し、個室の戸を閉めていった。

 颯太と小和がまだ雰囲気に委縮しているのを横目に、行哉はメニューを手にして見始めていた。


「ここ鶏料理メインの店なんだ。酒の品ぞろえもなかなか……二人は食べたいものある?」


 行哉に促され、颯太もメニューを手に取り、小和にも見えるようにテーブルの上に開いてパラパラとめくり二人で見始めた。

 値段が想像以上に高くないことに安心したのか、颯太と小和の表情から緊張が抜けていくのがはた目からでも明らかだった。


「とりあえず、このお任せの串焼き盛り合わせと、シーザーサラダ……サラダにも鶏が入ってるの珍しいな。あとは唐揚げとかかな? 他に何かある?」


 颯太がメニューをめくりながら提案する。


「いいんじゃない。それにしても、バカ真面目に未成年だからって酒も飲まないのに、手慣れてるのはなんでだよ?」

「バイト先で一番下っ端だから、飲み会とかで注文やらされてるからなあ。まあ、大学生だからって言い訳して、未成年だろうと関係なく酒もたばこもやってる不真面目な行哉には、かなわないだろうけどね」


 行哉のからかい半分の発言を、颯太は正論と皮肉を込めて打ち返した。

 煙草に火をつけようとしていた行哉は、煙草をくわえたまま苦笑いを浮かべるが、すぐフッと笑みを浮かべ火をつけた。

 そんな二人のやりとりを見ていた小和は、楽しそうに肩を揺らしていた。


「じゃあ、とりあえずさっきの颯太が言ったやつを注文しようか。何か食べたいものがあったら、追加で注文って感じで。じゃあ、ボタン押すから、飲み物だけ早めに決めておいて」


 行哉はそう伝え、二人が頷いたのを確認してテーブルの端に置かれている呼び出しボタンを押した。

 少しして「失礼します」という言葉とともに、女性の店員が戸を開けて個室に入ってきた。

 その店員と行哉は一瞬目が合ったようだったが、店員はすぐに注文を聞くために何事もなかったかのようにテーブル脇にしゃがみ込んだ。


「それでは、ご注文をお伺いします」


 颯太が、先ほど自分で提案したものをメニューを見ながら注文する。続いて、颯太はウーロン茶を、小和は梅酒、行哉はビールを注文した。

 さらに行哉が店員におススメを聞き、追加で地鶏のたたきを頼んだ。


「かしこまりました。それでは少々お待ちください」


 店員はスッと立ち上がり、行哉にだけそれとなく視線を送ってから個室の戸を閉めた。

 戸が閉まり切ると、行哉は小さく舌打ちをしながら煙草を吸い、不機嫌さを誤魔化すかのようにいつもより力を込めて火を消した。


「今の店員さん、スタイルいいし、綺麗な人だったね」


 小和がそう小声で呟いた。


「そりゃあ、さっきの人、モデルやってるからね」

「そうなの!? てか、何で知ってるの?」

「仕事で何度か一緒になったし、歳が近いのもあってよく話したりしてるからね。この店を紹介してくれたのも、予約がキャンセルで空いた席に俺らをねじ込んでくれたのも彼女だよ」

「じゃあ、お礼言った方がいいのかな?」

「いいよ。そういうことは俺がやっとくし、今の話は聞かなかったことにして」


 そう言うと行哉は、「ごめん。ちょっとトイレに行ってくる」と、スマホを手に個室から出ていった。

 颯太はあえて話に参加することをせず、ひとりメニューとメニューの写真を見ていた。

 個室の中には行哉が残した重い空気感と、他の個室から話し声や食器同士の触れる高い音などが漏れ聞こえてくる。

 そのなかで小和だけがひとり手持ちぶさただったけれど、颯太の横顔をすぐ隣から眺めているだけでも、胸の奥が満たされていった。

 しばらくして行哉が、明らかに不機嫌そうな顔をして戻ってきた。


「行哉? 何かあった?」

「別に何も」


 行哉はそれ以上は追及は許さないという圧を出しながら、新しい煙草に火をつけた。

 そのタイミングで、注文した料理の一部と飲み物が届いた。

 料理と酒を前にして、行哉は機嫌が幾分かよくなったのか、いつもの颯太と小和の前で見せる緩い雰囲気に戻った。

 そして、ビールを手にした行哉が、


「じゃあ、とりあえず、乾杯!」


 そうジョッキを突き出した。颯太と小和も「乾杯!」と言いながら、それぞれのグラスを軽く当て合った。

 行哉はグイッとビールを流し込み、思わず声が漏れる。それから、あらためて颯太と小和に目を向ける。


「で、今さらなんだけどさ、そもそも何で食事をしようってことになったわけ?」


 その疑問に答えたのは小和だった。ひとくち口をつけた梅酒を小和は静かにテーブルに置き、


「そうそう。聞いてよ、中原くん。颯太くんが、今日の夕方にあの写真の許可を取りに行ったらしいんだけど、家の人に会うことすらできなかったみたいで、へこんだ様子で電話かけてきたのよ」


 そう事実を面白おかしく行哉に伝えるので、すでに行哉は笑い出していた。


「ちょっと! 小和さん?」


 颯太がなんとか食い止めるべく、声を上げようとするが、それを行哉は許してくれるわけもなかった。


「なんすか? その面白そうな流れ」

「でも、残念ながら、詳しくは聞いてないのよね」


 小和と行哉が、同時に颯太に目を向ける。颯太は自然に顔をそらしながら、ウーロン茶に口をつけ続けて気付かないふりをしたが、誤魔化せるわけもなかった。

 二人の圧に負け、グラスを置き、


「それ以上でも以下でもないよ。バイト帰りにあの写真撮った家に寄って、インターホンを鳴らしたけど誰も出てこなかったってだけ」


 そう説明すると、露骨につまらないとばかりに小和と行哉はため息を吐いた。

 颯太が居心地の悪さを感じながら、唐揚げを口に入れる。

 その横で小和が、「ねえ、二人は明日はヒマ?」と、予定を尋ねた。

 颯太と行哉は、スマホで予定を確認しはじめた。


「明日は昼からバイトなので、それまでは大丈夫です。バイトが終わるのはたぶん夕方かな」


 颯太が先に答え、自然と行哉に注目が集まる。


「日中ならたぶん時間は取れるかな。夕方以降は予定あるから無理だけど」


 行哉はつまらなそうに口にした。


「午前中はみんなヒマってことね。じゃあさ、明日の午前中に、三人で颯太くんの写真の許可を貰いに行かない? 部長で女性の私がいると話がスムーズだし、警戒はされにくくなると思うのよね。それに中原くんは人当たりいいし、うまくフォローしてくれるだろうし」

「いいっすね。颯太が写真を撮った場所を見てみたかったんですよ。写真で見る紫陽花、綺麗だったし」

「だよね。実は私も同じこと思ってた。そんな感じでいいよね、颯太くん」


 小和と行哉は一瞬で意気投合する。颯太にとってはこの上ない援軍であることには変わりなかった。


「もちろん。付いてきてくれるなら、俺からお願いしたいくらいだし」

「じゃあ、決まりね」


 明日の予定が、思いもよらない形で決まった。

 そこからは飲み食いしながら、まずは明日の予定を詰め始めた。

 それがひと段落すると、今度は三人で颯太のタブレットで写真を見ながら盛り上がった。

 酒に酔い、雰囲気に酔い、笑う以外のことを忘れたような時間だった――。

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