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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第1章 君と出会った最初の梅雨

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6/20

いつもとは違う

 颯太はデジカメを片手に気になったものを写真に撮りながら、北大路駅を目指すことにした。

 大学生になって、何度歩いたか分からない賀茂川沿いの遊歩道。見慣れていると思っていた景色も、時間や季節、天気によっても見え方は違ってみえる。

 長雨のせいか、濁り気味の川の中州に立つアオサギ。

 天気がいい日中だと澄ましている印象を受けるのに、今はどことなく寂しさを感じさせる。

 遊歩道にところどころ影を落とす、河沿いの桜並木。

 瑞々しく青々とした葉を伸ばしていて、春の華やかさとはまた違う、爽やかで力強い姿を見せてくれている。

 上賀茂橋までやってくると、このまま川沿いに歩くと北大路駅へは遠回りになり過ぎるので、土手を上がり、橋を渡ることにした。

 上賀茂橋の真ん中あたりで足を止め、欄干から歩いてきた川の上流を眺める。

 遠くには雄大な連峰がそびえ、空は灰色に変わりつつあるが、まだ明るさを感じる。

 視線を落とせば、賀茂川の両サイドには、緑の桜並木が伸びていて、川沿いの遊歩道を歩く人やランニングをしている人がいる。

 生活と自然景観がマッチされた光景が広がっており、同じ画角で移り行く季節や時間を長い年月に渡って撮り続けるのも面白いかもしれないと、颯太は感じていた。

 しかし、いつまで京都に住むか分からない颯太にとっては、それは難しいことだった。


 上賀茂橋を渡り、土手の上を通る加茂街道かもかいどうに併走している道を歩くことにした。

 その道は、加茂街道より一段低い場所にある住宅沿いの生活道で颯太は初めて通る道だった。

 昔からあるだろう家の。木製の塀と赤く錆びた門扉もんぴ

 白さが目立つ土間コンクリートの駐車場のある一軒家。

 色とりどりの小さな花が咲いている小型のプランターをフェンスにいくつも吊り下げて、狭いスペースでもガーデニングを楽しんでいる家。

 住宅の間にひっそりとたたずみ、周囲に溶け込んでいるカフェ。

 颯太が特に気になったのは、家同士の間や土手のすそにある小さなほこらだった。

 意識しないと見過ごしてしまいそうなほど自然に溶け込んでいて、それがなんとも不思議で面白くもあった。


 今宮通いまみやどおりを曲がり、目的地であり小和との待ち合わせ場所でもある北大路駅に到着した。

 スマホを取り出して時間を確認すると、十八時を過ぎていた。ゆっくり散策しながら歩いたこともあり、いつもより倍近くの時間がかかったが充実した時間だった。

 颯太は、北大路駅の駅ビルに入り、自動販売機でミネラルウォーターを買って空いていたベンチに腰かけた。鞄からタブレットを取りだし、ここに来るまでに撮った写真のデータを移して、それを確認しながらのんびりと小和を待つことにした。

 そうやって、写真を見ていると、


「あれ? 颯太じゃん。何してんの?」


 そう突然声を掛けられた。顔をあげると、そこには行哉が立っていた。


「待ち合わせ。それで行哉は?」

「朝から三宮さんのみやに行ってて、ちょうどいま帰ってきたところ」

「それはお疲れさま。髪色変わってたし、そんなことだろうと思ってたよ」


 昨日まではアッシュブロンドだった髪色は、赤みの強いライトベージュになっていた。

 行哉は神戸生まれで、三宮にある美容室で働いている姉がいた。高校生のころから行哉はカットやパーマ、カラーリングなどの練習台にされていた。

 それが今なお続いていて、行哉の姉が一人前になってからはカットモデルとして協力していた。


「まあ、これだけ変わってたら、そういうことに疎い颯太でも、さすがに分かるよな」

「疎くて悪かったな。別にオシャレじゃなくても、無難ならいいだろ?」


 颯太がジトっとした目で、からかってきた行哉を睨むが、二人はほぼ同時に噴き出して笑い出した。


「とりあえず、座りなよ」

「おう。で、タブレット見てたってことは写真?」


 行哉は促されるまま隣に座りながら、颯太に尋ねる。


「そう。さっき撮ったばかりの写真。バイトがなかったら、日中も撮りたかったよ」


 行哉はフッと笑いながら、「見せてもらってもいい?」といつもの調子で尋ねた。それに颯太はいつものように頷いて、タブレットを行哉に手渡した。


「なあ、行哉はこのあとヒマ?」

「今のところは。もしかしたら、一回家に帰ってから、飲みに行ったりするかもだけど」

「それならさ、これから一緒にご飯行かない?」


 行哉は動きを止め、ありえないと言いたげな表情で颯太をじっと見つめる。


「なんだよ?」

「誰かと待ち合わせてるんだよな? それなのに、俺を誘ってどうするんだよ?」

「大丈夫だって。待ち合わせしてるの小和さんだし」


 颯太にしてみれば、部活終わりや今日みたいな急な呼び出しで小和とご飯を食べに行くときは、行哉も一緒なことが多いので、何も変なことを言っているつもりはなかった。

 しかし、行哉は深いため息を吐いた。


「相手は楠見さんね。でも、さすがに今日は遠慮しとこうかな」

「なんで? 小和さんには俺からも言うし、一緒に行こうぜ」


 行哉は困っていた。

 普段なら颯太の誘いに、二つ返事で了承していたかもしれないが、今日はそういうわけにもいかない。もし小和が何か意図があって颯太だけを誘っていたのなら、行哉は邪魔でしかない。

 しかい、いつものノリだとしたら、断った方が禍根かこんを残す可能性もあった。


「分かった。とりあえず、楠見さんが来るまでは一緒に待つわ。颯太の写真見たいし」

「別に気にすることないと思うけど……まあ、いっか」


 颯太は渋々といった風に行哉の提案を受け入れた。

 行哉は颯太の撮った写真を楽しそうに見始めた。その隣で颯太はスマホで、行哉の姉の個人のSNSや美容室の公式SNSに投稿されている、カットモデルとしての行哉の写真や動画を中心に見ていく。

 それらは普段颯太が撮っている写真とは、目的もジャンルも違うものだ。それでも何を見せようとしているのかは明確で、そのなかでどう見せるかとか動画で分かるモデルとの接し方や距離感など、颯太にとっては勉強になることが多かった。

 しばらくすると、颯太のスマホに小和から「今どこ?」とメッセージが届いた。

 颯太が今いる場所を伝えると、すぐに小和がやってきた。

 小和はベンチに座る二人を呆れ混じりの表情で見下ろす。


「なんで、中原くんがいるの?」

「たまたまここで会ったんですよ、小和さん。で、行哉も一緒でいいですか?」


 当たり前の疑問を小和が口にし、颯太がありのままを答えた。

 その会話を聞きながら、行哉は小和の姿を見て、事情を的確に察していた。


「楠見さん、俺は帰った方がいいですよね?」


 行哉と目が合った小和は、居心地悪そうな表情を誤魔化すかのように小さく咳ばらいをした。


「ねえ、中原くん。ちょっといい?」


 そう言って、小和は行哉を少し離れた壁際に連れて行った。小和は辺りを見回し、知り合いがいないことと颯太に会話が聞かれない程度に距離が取れていることを確認した。

 そして、開口一番に、


「違うからねっ!」


 と、自らの首を絞める言い訳の言葉を口にした。


「それ、違わないって言ってるのと同じですからね。それにその格好……。颯太はどうかは知らないけれど、俺には分かりますからね。俺が何のバイトをしてるか知ってますよね?」

「撮影スタジオのスタッフだっけ?」

「それもファッション系の撮影がメインのスタジオで、別件でカメラアシとして読者モデルの撮影にも同行してるんですよ。何が言いたいか分かりますよね?」


 そう言って行哉はもう一度、小和をじっと見る。

 小和の今日の格好は、涼し気な白基調のティアードワンピースにハニーシアーのカーディガンを羽織り、足元はヒールのあるストラップサンダルだった。

 さらに、ショートボブの髪を緩く内巻きにし、メイクもしっかりとしている。

 小和が普段から今のような女性らしいフェミニンな格好をして、メイクもしっかりしているのなら、何もおかしいところはない。

 しかし、いつもの小和は違う。

 とっさの写真撮影をするときに邪魔になるし、動きにくいからとスカートを避け、細身のパンツスタイルを好んでいる。同じ理由で髪を伸ばさないようにしているし、スニーカーをよく履いている。メイクも最低限といった感じで、周囲と比べると化粧っ気がない。

 そうやって流行りや女性らしさから外れていても、小和が均整がとれたスレンダー体型で手足が細長く、素材で勝負できる天然美人だということを逆に強調していた。


「楠見さん、今日は颯太とデートのつもりだったんですよね?」


 小和はしばらく黙っていたが、遠くにいる颯太をチラリと見つめた後、行哉を睨むように見つめる。


「そうよ。悪い?」


 表情と言葉は強がっていたが、小和の耳は赤く染まっていた。そのことに小和本人は気付けなくとも行哉は気付けてしまう。

 行哉は大きくひとつ息を吐いた。


「悪くないですって。そもそも楠見さんの気持ちは気付いてたんで」

「な、なんで?」

「他の人は気付いているか分かりませんけど、颯太に対してだけ態度や視線が違うじゃないですか。それに颯太のこと、よく理解してるし、話題にもよく出すし――」

「ちょっと待って……まじで恥ずかしいんだけど……」


 小和が本気で焦りだすが、そのことに気にも留めず行哉は続ける。


「だから、応援してますし、協力もします」


 小和にとっては意外な言葉を、行哉は表情を変えることなく口にした――。

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