写真では伝えられない魅力
「こんなにタコ料理ばっかり食べたの初めてだわ」
店を出てすぐに行哉が満足そうに感想を口にした。
注文したのはタコ定食で、タコの刺身やタコと野菜の天ぷら、タコの釜めしにとまさにタコ三昧だった。
「ほんとにね。おいしかった。いいお店に連れて来てくれて、ありがとね。颯太くん」
小和は機嫌よさげな笑みを浮かべていた。
満足そうな二人の姿を見て、颯太は嬉しくなっていた。
店の近くの駐車場にとめてあった車に乗り込み、
「じゃあ、色々と見て回りがてら、お土産買いに行こうか」
そう言って颯太は車を発進させた。
最初に向かったのは、沼田大橋近くの川沿いの遊歩道。
ヒマワリが咲く道を歩きながら、川から海へと変わる境目で遠くに見える島影や空を流れる雄大な雲を楽しんだ。
海と川を横目に、季節や潮の満ち引きで姿を変える沼田川の魅力を颯太は説明した。
颯太たちが訪れたときは満潮が近いのか川の水位は高く、中土手の土台が隠れ、そこに生える植物だけが水面から生えているように見えていた。
それが干潮になると、植物が茂っている中土手の全形や浜辺のような川底が姿を見せる。冷え込んだ冬の日には、川の水面から霧が立ち上がり、辺り一帯を白い世界へと変える。
そういった季節の移り変わりを遊歩道に咲く梅や桜、ヒマワリやコスモスなどの花が彩りを添える。
次の目的地は、市街地の外れの高台にある道の駅。
高台にあるがゆえに市街を一望できるだけでなく、瀬戸内海とそこにある島々も見渡せ、景色を余すことなく楽しむことができる。
ただここでの目的は景色を楽しむことよりも買い物がメインだった。
地域の特産品を見ながら、それぞれお土産を買った。
例えば、有名なご当地スイーツのくりーむパン。瀬戸内海の恵まれた気候で育ったフルーツを使ったジャム。
大手乳業メーカーの本社と工場があるため乳製品も豊富で小和はプリンやチーズに目移りをしていて、行哉は地酒を真剣な目で吟味していた。
颯太は普段はここに来ることはあまりないので、二人と同じように新鮮な気持ちで買い物を楽しむことができた。
「それで颯太。次はどこに連れてってくれるんだ?」
車に戻ってきて、助手席を小和に譲った行哉が後部座席から尋ねた。
「そうだな……趣を変えて、電車に乗るってのはどうかな?」
「車があるのに、なんでわざわざ電車?」
行哉の真っ当な反論に小和も頷きながら、颯太をジッと見つめていた。
「ここでネタばらししたら、つまらなくない?」
「それは颯太の言う通りなんだけどさ。楠見さんはどう思います?」
「颯太くんが理由なく電車に乗ろうとは言いださないだろうから、何があるのか正直楽しみではあるけど、少しは説明してほしいかなって」
小和は目を細めてジトっとした視線を颯太に向けるので、その圧に負けた颯太は、
「電車の車窓からの景色を楽しんで欲しいだけですって」
「最初からそう言えよ、颯太」
「知ってたら、身構えるだろ?」
「颯太くん、構えてないと写真も撮れないんだけど」
的確な指摘をされ、颯太は「あっ……」と声を漏らし、力なく運転席のシートに体を埋めた。
それを見て、小和と行哉は楽しそうな笑い声をあげた。
「それで颯太くんも電車に乗るの?」
「いや、さすがに車ないと不便なんで、俺は車で」
「なんで? すぐに引き返せばよくね?」
行哉が当たり前のように口にするが、颯太は分かってないとばかりに小さく息を吐いた。
颯太は自分のスマホで、これから乗ってもらおうと思っていた路線の時刻表を調べて行哉に見せた。
一時間に一本しか電車がなく、終電は夜の九時台というスカスカの時刻表。
「これに関しては俺が悪かったわ」
「田舎の電車の不便さを実感してくれたようで」
行哉は苦笑いを浮かべていて、颯太と小和の笑う声が車内に響いた。
時刻表でそのまま次の電車の時間を調べると、約三十分後くらいだった。今いる場所からだとだいたい十分ほどで駅に着くと考えれば、その路線に乗る人の感覚ではちょうどいい時間だった。
三原駅のロータリーで小和と行哉は車を降りて、颯太に見送られながら駅の構内に入った。
小和と行哉は改札を抜け、ホームへと上がった。ホームにはすでに呉線広行きの電車が止まっていて、二人は慌てて電車に乗り込んだ。
乗客がまばらで発車する気配のない電車に戸惑っていたら、アナウンスで発車までお待ちくださいと聞こえてきてホッと安堵した。
「にしても、颯太にとって、これは帰省って言えるんですかね?」
颯太に指示され、席には座らず乗り込んだのとは反対の扉の前に小和と並んで立ちながら、行哉はため息混じりに口にした。
「颯太くんにとっては、帰省というよりも友達を連れて来たって感じなのかもね」
「ああ、ありえる。で、気合い入れて俺らに色々と見せてくれようとしてんだろうな」
「颯太くんらしいよね」
小和はクスっと笑みをこぼしながら、ここに着いてから見た景色を思い出していた。
「まだ半日くらいしかここにいないけど、颯太らしさって、こういうところで育ったからこそなんだろうなって思うんですよね」
「だね。けっこうマイペースだけど、時間にはきっちりしてるのは、この路線沿いに住んでるからなのかな」
「じゃあ、京都で暮らし始めて颯太は時間に多少はルーズになったんですかね」
「意外とそうじゃない? 昨日、上賀茂で待ち合わせしたときは、待ち合わせ時間ぴったりだったし」
「ルーズになって、時間ぴったりって日本語おかしくないっすか? まあ、分かるけど」
小和と行哉は小さく噴き出して、声に出さずに笑った。
「中原くんは、どんなところに颯太くんのルーツを見たの?」
「颯太が毎日見てたであろう景色っすかね」
「ああ、海とか空とか綺麗だもんね。風景写真に偏っていたのも分かる気がする」
行哉もそれには同意見で頷いた。
「今日、颯太の生活圏をまわって思ったんですけど、海と山がかなり近いんですよね。どこに目を向けても、それなりに綺麗な景色がいつも見れる環境で、何を写真に撮るかって難しくないですか?」
「私たちにとっては初めてきた場所だから、どれも新鮮で綺麗に映るけど、颯太くんにとってはそれが日常なんだよね」
「そうなんですよ。それで実際に颯太も写真を撮ってた場所で自分も写真を撮ってみて、颯太のすごさとかをあらためて感じたんですよね」
「ちょっと分かるかも。自分で撮った写真は、なんか物足りない感じがしちゃうのよね」
「それは俺も楠見さんも無意識に颯太の写真に引っ張られてたんでしょうね。颯太は風景写真をよく撮ってて、メインは空だったじゃないですか。ただ空を撮るだけじゃなく、どう撮るか、何を見切れさせるかとかにこだわってたり、あいつのアンテナの感度の高さとか、構図や見せ方の上手さって、こういうところだから磨かれたのかなって」
「なるほどね。そういう環境がって話なら、中原くんだって同じじゃない? きっと今の中原くんと同じようなことを颯太くんも昨日感じてたんじゃない? 実際私はそう思ってたよ」
「そういうもんですかね? 結局は何を見てるか、なんですよね。きっと」
「そういう話だと、きっと私が一番無個性だよ」
「なに言ってんるんですか? 俺と颯太は楠見さんが俺らの中で一番自分らしさを貫いてると思ってるんですよ」
「へえー、初耳。二人に言われると、普通に嬉しいな」
小和はにやけるのを抑えきれないでいた。
その隣で行哉はつい熱くなった感情をクールダウンさせるためか、冷房の効いた車内でも窓越しに感じる暑さのせいか、手で顔を仰ぎ始めた。
それから少しして、ようやく電車が動き出した。
高架の上を走っていた電車は、住宅街近くで目線が低くなった。
そして突然視界が開けたと思うと、昼食後にやってきた沼田川にかかる橋を渡り始めた。
橋を渡り終えて、また少し高いところを走り始めたのか家の屋根が下に見え、住宅がまばらになってくると遠くに今日散々見てきた海が見えてきた。
颯太が立つ場所まで指定したのはこのためだったのかと気付いて、小和と行哉は顔を見合わせて笑みをこぼしあった。
そのまま国道と並走し始め、今日だけで何度見たか分からない海が眼前に広がった。
国道よりも高い場所を走る電車の車窓からの景色は、地図上ではほぼ同じ位置と角度で見た海が高さやどう見るかで違って見える楽しさを教えてくれるようだった。
海のすぐそばや展望台から見るものとは違うそれを、小和と行哉はカメラを取り出して写真に撮り始めた。
そうしていると線路脇から伸びた樹の葉が海を隠し始めたので、小和はカメラからいったん顔を上げ、行哉は葉の間から見える海もいいと写真を撮り続けた。
小和は樹の密度が薄い切れ間から見える海の景色を単純に楽しみながら、また海がよく見えたら写真を撮ろうと考えていた。
そうしていると、幾度目かのわずかな切れ間に、昼前に寄った稲荷神社の海岸から突き出た鳥居が目に入り、小和はカメラを構えたが撮り損ねてしまった。
須波駅が近づき、海から遠ざかり住宅街に入ったところで、
「中原くん、鳥居あったよね? 写真撮れた?」
「撮りましたよ」
「いいなあ。私は樹が多くなって視界が悪くなってたから、油断してた」
「あとで颯太に見えるって言わなかったのが悪いって、文句言ってやりましょ。俺も危なかったし」
「それはクレーマー過ぎない?」
電車の走る音にかき消されるほどの小声で笑い合った。
須波駅を過ぎて少しすると、颯太の実家の近くで見えた景色が広がった。
朝に三人で海を見に来た港湾緑地とそこに隣接する須波港。
その先は二人には未知の場所だった。それでもずっと電車は海の近くを走っていて、車窓の景色をずっと見ていられた。
造船所の巨大クレーンが見えてきて、また海から離れたと思うとその造船所のすぐ近くにある安芸幸崎に着いた。
安芸幸崎駅の後も海沿いを走る国道と並走しながら、またさっきまでと違った島と海の景色が広がっていて、二人の目をくぎ付けにした。
短いトンネルを抜けると、線路脇の植物が窓に当たるのではという距離にあり、海が見えなくなったが、ところどころある開けた場所から見える海はさっきまでよりもずっと近くなったように感じた。
そして海を隠すものがなくなった次の瞬間、すぐ目の前に海が広がっていた。
比喩ではなく、海の上を電車が走っているような気がしてしまうほどに海の近くを電車は走っていく。
小和と行哉はカメラを下ろして、目の前を流れていく景色に見入って、純粋に楽しんでいた。
というのも、写真でこの景色を見た感動を伝えたり、残すことができないと直感したからだった。
短い海上の旅は終わり、海沿いの小さな町に電車は入っていき、二人が降りる予定の忠海駅へと辿り着いた。
小さな駅舎を出てすぐのところで、先についていた颯太が待っていた。
「電車はどうだった?」
颯太は楽しんでもらえたという確信から、どこか胸を張って尋ねた。
「この駅に着く少し前の海沿いがまじすごかった」
「私も。あんな海の近くを走ることってあるんだね」
「あそこだけで、それまでもいいと思ったのに、全部持ってかれた感じがした」
余韻にまだ浸っているのか、小和と行哉の意識は車窓から見えた海にのまれているようだった。
「よかった。どうしても直接見てほしかったんだよね」
真夏の太陽の下で颯太は目を細めて、静かに笑みを浮かべていた。
写真では伝えられない地元の魅力を伝えることができた嬉しさを、ひとり噛みしめていた。




