写真に収めたいと思った景色
颯太の実家へと戻ると、眠気と疲れを取るために、颯太と行哉は颯太の部屋で、小和は客間で昼前まで仮眠をとることにした。
短い眠りから目を覚ました颯太は、行哉がまだ寝ていることを確認してから、久しぶりの実家のリビングのソファーに深く腰掛けた。
行哉の家と比べると庶民感溢れる自分の家に、ほっと安堵の息が漏れた。
「颯くん、起きたのね。これからお昼の準備をするけど、どうしようか?」
颯太の気配に気づいた颯太の母がリビングに顔を出して、尋ねてきた。
「外で食べるよ。夜はウチで食べる予定だし、なおさら昼くらいはね」
「それもそうね。それで夜は、お願いされてたとおりバーベキューでいいのよね?」
「うん。できれば魚介多めがいいんだけど、大丈夫?」
「もちろん。そう言うかなと思って、魚屋さんに仕入れお願いしてるのよ。他にも野菜とか地鶏とかも買ってあるけど、それでよかったかな?」
「よすぎるくらいだよ。本当にありがと」
颯太が素直に感謝の言葉を口にすると、颯太の母は優しい笑みを浮かべた。
「あっ、母さん。昼食べに行く店だけど、どこかおススメってある? 地元のおいしい店とか気にしたことなかったから、よく分からなくって」
颯太がここに住んでいた高校生までは、友達と外食をすると言ってもファストフードやチェーン店、他にはラーメン屋や中華料理屋と、ここでしか食べられないような料理を出す店には行かなかった。
短期のバイトしかしていなかった高校生までとは違い、今は懐に多少の余裕ができ、いざ地元のおいしい料理を提供してくれる店をとなっても、心当たりがないのも当然のことだった。
「私もそこまで詳しくはないけど……三原港近くにあるタコ料理の専門店は? 評判いいって聞くよ」
「ああ……あのタコの大きな看板出てる」
広島県三原市は瀬戸内海有数のマダコの産地なので、ちょうどいいと思った。
颯太はスマホを取り出して検索して、口コミでの店の評価もいいことも確認した。
「そこに行ってくる。ありがとう」
お礼を言って、颯太はすぐに店に連絡をして席の予約をいれた。
それから少しして、行哉と小和も起きてきた。
大きな荷物は颯太の家に置いて、夏の太陽が照り付ける外へと出た。駐車場の裏から見える瀬戸内海は朝に比べて青さを増し、陽射しを受けて眩いばかりに輝いていた。
その光景に目を奪われている小和と行哉を横目に、先に車に乗り込んだ颯太はエンジンをかけた。
今回移動に使うのは、行哉の実家で借りた車ではなく颯太の母が普段乗っているコンパクトカーだった。
先にエアコンをつけて車内を涼しくしておこうという颯太の計らいだったが、小和と行哉はエンジン音を聞いて、急かされたと勘違いして車内に乗り込んできた。
「もう少しゆっくり見てればよかったのに」
「そうは言うけどな、けっこう色々と回る予定なんだろ?」
颯太の気遣いは行哉の言葉にかき消された。
「それは二人が、俺がよく写真を撮ってた場所や写真を撮るのにいい場所に連れていけって言ったからだろ? あんまゆっくりはできないだろうから、そこだけは勘弁してくれよ」
「颯太くんが撮った風景写真を多く見てきたから、どうしても期待しちゃうよね」
「同感。で、どういうところに連れてってくれるつもりなんだ?」
小和と行哉は楽しそうな笑みを浮かべていて、颯太も同じように笑みをこぼした。
「俺の感性でいいと思うところを案内するつもり。あとは俺も買わないといけないから、お土産とか買えそうなところもな」
「至れり尽くせりだな。颯太がどんなところで育って、写真を撮ってきたのかと知れるの、まじで楽しみでしかない」
「私も。颯太くんのルーツを辿るみたいでワクワクしてる」
「期待するのは勝手だけど、まじで何もない田舎だからな。がっかりしても責任は取らないからな」
颯太はそう言って大きく息を吐き出し、気を取り直して車を走らせ始めた。
お昼を予約した時間にはまだ早く、行きがけにおススメの場所に行くことにした。
最初に颯太が車を停めたのは、国道沿いにある小さな稲荷神社。
朱色の鳥居が国道を挟んで海岸から突き出た場所に建てられていて、日常に溶け込んだ非日常のようで、運が良ければ様々な綺麗な景色が見れる場所だった。
鳥居越しに海面から顔を出す朝日や、海霧が立ち込める瀬戸内海など、ここで颯太は多くの写真を撮ってきた。
小和と行哉にしてみれば、朝、車で通ったときにも気になっていた場所だっただけに、物珍しさと不思議さが混じり合った光景を間近でみて、夏の青空や煌めく海と一緒に写真を撮っていた。
次に向かったのは、先ほどの稲荷神社が面している筆影山の頂上にある展望台。
途中、住宅の間を抜ける狭い道や細く曲がりくねった山道を車を走らせた。
展望台付近の駐車場に車を停め、車を降りると行哉は強張った身体をほぐすかのように大きく伸びをしていた。
「颯太が、わざわざ自分の家の車に乗った理由がよく分かったよ」
「行哉の家の車でも大丈夫だったろうけど、まだ乗り慣れてる車で何かあっても責任とれる方が気が楽だっただけだよ」
そう答えて、颯太は綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込み深呼吸をした。
「ねえ、颯太くんはここにはいつも車で来てたの?」
「免許取ってからはそうですけど、それまでは自転車ですよ。途中の別れ道を上がってきたのとは別の方に向かうと、家の近くに出るんです。で、さらに家を挟んで反対側には、ここと連なってる別の山の展望台があって、そっちも景色はかなり綺麗なんですよ。今日はさすがに行かないですけど」
当然のように説明する颯太の話を聞いて、小和と行哉は面食らっていた。
車だと、国道から脇道に入って一〇分少々で登ってきた道だったが、長い上り坂に斜度がきつい区間もあったのを目の当たりにしたばかりだった。
「颯太って、見かけによらず体力あるなって、ずっと思ってたんだけど、こういうところに秘密があったんだな」
行哉が呆れ半分感心半分にそう漏らすと、小和もそれに同意するように頷いていた。
「でもさ、いまは自転車で昔みたいにここまで来ようとかは思えないな。車の快適さ知ったら、もう戻れない」
「それは分かる。俺の実家も坂の上だから、徒歩や自転車で上り下りはできるならもうしたくない」
颯太と行哉が共感しあってるのに付いていけない小和は、それでも楽しそうに盛り上がる二人のやり取りを聞いて笑みをこぼしていた。
話がひと段落したところで、三人で展望台へと向かった。
展望デッキの周囲は緑の葉をつける多くの桜に囲まれ、眼下には瀬戸内海とそこに浮かぶ多くの島を望むことができ、今日は天気がいいので遠くには島と島を結ぶ橋も見える。
颯太には見慣れたものでも、小和と行哉にとっては写真を撮ることさえも忘れるほどに見入ってしまう景色が目の前に広がっていた。
「同じ瀬戸内海沿岸に住んでるのに、まるで景色が違うな」
「行哉の地元はここに比べたらかなり都会だし、海の近くでも高い建物が多いもんな」
「まあな。それに同じように高いところから景色を楽しむとしても街並みも含めてのものだし、完全にジャンル違いだわ」
「私からしたら、気軽に海が見れて、楽しめる二人が羨ましいんだけど?」
颯太と行哉は小和の言葉に噴き出し、それをきっかけに三人の笑い声が重なった。
「じゃあ、昼食べに行くまではここで撮影しょうか」
わずかに暑さが和らぐ山の上で、三人はそれぞれ撮影をはじめた。
颯太は、小和と行哉がアングルを変えながら何度も写真を撮っている様子を、自身の撮影の合間に覗き見ていた。その姿を見ていたら、撮り慣れた景色よりも二人の姿を写真に収めたいと思ってしまい、途中から撮影している二人の写真ばかり撮っていた。
ここの展望台だけでなく、朝の海辺でもここに来る前に立ち寄った稲荷神社でも、自分がよく知る場所にいる二人の写真を颯太は撮っていた。
カメラに向かう真剣な横顔や、綺麗なものを前につい笑みを浮かべながら写真を撮っているところ、カメラ越しではなく肉眼で楽しんでいる瞬間。
颯太にとっては、景色以上に価値のある瞬間であり、数年後に撮った写真を見れば、潮の匂いや山頂の澄んだ空気に混じる緑の匂いまで一緒に思い出せそうな気がした。
そして同時に、来年の梅雨に蒼依が目覚め、この旅行のことを話すときに一緒に見せたい写真だった。
「蒼依とも来たかったな――」
叶うことのない願いは誰にも聞かれないまま、風に吹かれて消えていった。




