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君は梅雨に咲く  作者: たれねこ
第4章 君に会えない季節

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慣れない場所で慣れたことを

 行哉の姉の汐里との夕食は、とても楽しい時間になった。

 美味しい中華を囲み、ビールを片手に上機嫌な汐里が颯太や小和に絡んでいった。


「小和ちゃんだっけ? 今でも十分綺麗だけど、磨けばもっと輝く原石だよね。ねえ、今度髪とかいじらせてよ?」

「それに体型も近いし、私の持ってる服とかも似合いそう。一緒に買い物行こうよ」


 小和には友達の距離感で接し、小和も嫌がっているような素振りもなく楽しそうに相槌を打っていた。


「颯太くん、キミの写真、私は本当に好きなんだよね。毎日キミのSNSに投稿される写真を見るのが楽しみで癒しなんだよ!」

「あとね、これ見てよ。去年ユキくんから貰ったキミの写真のポストカード、まじ良すぎたからさ、縮小してスマホケースに入れてるんだよ」


 汐里は自身のスマホの背面を見せながら、颯太に眩い笑みを向けていた。颯太は最初こそ戸惑っていたが、すぐに打ち解けてタブレットで自身の写真を見せながら盛り上がっていた。

 行哉は姉の汐里が、友人に粗相をしないかとヒヤヒヤしながら、美味しい料理を味わった。



 *



「ユキくん、運転お願いね」


 店の外に出てすぐに、そう言いながら汐里は行哉に車の鍵を渡した。


「分かってる。最初からそのつもりで酒飲んでたんだろ」

「まあね」


 汐里は悪びれる様子もなく行哉にウィンクをしてみせ、行哉はひとつため息をついた。

 近くの駐車場に止めてあった車に乗り込み、今度は行哉の実家に向けて車は動き出した。

 明るい幹線道路から、住宅街へと入っていき、細い坂道を車は上がっていく。周りに見える住宅は、いつしか立派だったり綺麗な家ばかりになっていく。


「ねえ、颯太くん。こんなところに中原くんの家があるってことはさ――」

「俺もちょうど同じこと思ってました」


 小和と颯太は、後部座席で声を潜めて同じ不安や懸念を共有し合った。

 いま車が走っている場所は高級住宅街で、普通の家庭で育った颯太と小和には縁遠く感じられる場所だった。

 だからこそ行哉が自分たちとは違う世界の人間で、本来ならば接点すらないような相手だったかもしれないと思ってしまった。


「まあ、でも行哉は行哉だから。あとでいつものノリで話を聞きましょ?」


 それでも颯太にとって行哉は、気心の知れた友人であることには変わりはなかった。それは小和にとっても同じで。


「そうね。冷静になって思い返してみたら、片鱗はあったよね」

「ああ……タクシーに躊躇しないとか?」

「あと家飲みするときに、お酒とか買う量がたまにバグってる」


 颯太と小和は車内に入り込む街灯の明かりの中で小さく笑い合った。

 しばらくすると車は一軒の家の前で止まった。駐車場のスペースが広く、二階建てのスクエアでモダンな外観の家だった。

 行哉が駐車場に車を入れると、汐里がひと足先に家の中へと入っていった。

 颯太たちは荷物を下ろして、少し遅れて玄関に足を踏み入れた。玄関部分だけでもかなりゆったりとしたスペースがあり、靴を脱ぎホールへと上がる場所で行哉の両親と汐里が出迎えてくれた。


「いらっしゃい。あなたたちがユキくんの友達ね。ゆっくりしていってね」


 行哉の母が、穏やかな笑みを浮かべながらそう声を掛けてくれた。

 汐里と並ぶと歳の離れた姉妹にも見えかねないほどに若々しく、それでいて年季の入った大人の女性の雰囲気を放っていた。


「ユキ、頼まれた通り保険関係の手続きもしておいたよ。お友達もこれで安心して運転できるだろう?」


 行哉の父が、行哉の腕を数度軽く叩きながら目を細めていた。

 白髪を活かした銀髪がよく似合う背の高い男性で、春先にホワイトアッシュの髪色だったころの行哉と風貌がよく似ていた。


「ありがとう、父さん」

「それで出発は深夜の予定だったよな? 荷物はすぐに積み込むのか?」

「いや、出発の時にそのまま積み込むよ」

「そうか。じゃあ、大きい荷物は玄関先にそのまま置いておくといい」


 家族を前にした行哉はどこにでもいる歳相応の子供で、いつもより幼く見えるその姿に颯太と小和はどこか唖然としつつもホッとしていた。


「お父さん、そこで話してたら二人が上がれないでしょ? ごめんね、小和ちゃん、颯太くん」


 汐里が小言を言うと、「すまなかった」と慌てた様子で行哉の父は数歩後ずさり、颯太と小和に目を向けていた。


「まあ、遠慮なく上がってくれていいから」


 行哉に先導されてようやく颯太と小和は、家の中へと上がった。

 通された部屋はリビングとダイニングを兼用した広々とした部屋で、家具や調度品のひとつひとつに高級感というものが感じられた。

 颯太たちは四人掛けダイニングテーブルに座り、颯太と小和はようやく少し落ち着くことができた。


「それで楠見さんはどうします?」

「何が?」

「これから出発まで俺と颯太は仮眠する予定ですけど、楠見さんはどうします?」

「私も仮眠するよ。正直、今日一日バイトで疲れてるのもあるけど、ここで二人と体内時計合わせとかないと楽しめないでしょ?」

「それもそうっすね。颯太は俺の部屋でいいとして、小和さんは姉さんの部屋でもいいですか? 姉さんもいいよね?」


 カウンターキッチンで聞き耳を立てていた汐里は、親指を立てて快く了承してくれた。


「じゃあ、あとで姉さんの部屋にマットレスとか運ぶよ」

「ありがとう、中原くん」

「で、ユキくん。話は終わった?」


 会話の切れ間に汐里が、すっと入ってきた。


「終わったけど、何?」

「ちょっと颯太くん借りていい? さっきお母さんにチラッと颯太くんの写真見せたら興味持ったみたいでさ」

「どうする、颯太?」


 颯太にふいに視線が集まった。仮眠することを考えたら、あまりゆっくりする余裕がないけれど、それでも自分の写真に興味を持ってくれた人を邪険に扱うことはできなかった。それも友達の家族ならなおさらで、さらに今回お世話になっている身なので、断る理由はなかった。


「いいよ。ただ仮眠はしたいから、じっくりって感じは無理かもだけど」

「ありがとな、颯太。今は――だいたい九時半くらいか」


 行哉はスマホをポケットから取り出して時間を確認し、


「母さん、姉さん。三十分くらいでできたら解放してやって」


 そう言い残し、小和を連れて部屋から出ていった。入れ替わるように行哉の母と汐里が空いた席に座った。


「それでどんな写真を見せたらいいですかね?」

「いまお母さんに見せたのはSNSのやつだし、お店で見せてもらった感じでなんか適当にお願いしていい?」

「そういうことなら」


 颯太は持って入っていたリュックから、タブレットを取りだした。


「わたしもいいかな?」


 さっきまでソファーに座り、タブレットで何か読んでいた行哉の父もやってきた。汐里が颯太の隣に座り直し、行哉の両親と向き合った。

 この状況に、少しの戸惑いとちょっとしたプレッシャーを感じたが、颯太にできることは写真を見せること以外なく、それはいつもやっていることだなと思うと気が楽になった。


「あっ、はい。もちろんいいですよ」


 タブレットを操作して、旅行にあわせて作っていたフォルダをタップした。

 そこには颯太が自身の母に見せるために、大学生になってから撮った写真の中でいいと思うものがまとめられていた。

 ただそのほとんどが蒼依と出会って以降に撮られたもので占められていて、あらためて見返すと颯太の中で蒼依との出会いがどれほど大きかったのか再認識させられた。

 そして、一番反応がよかった写真は、蒼依と紫陽花の写真だった。


「颯太、そろそろ」


 部屋着に着替えた行哉が戻ってきたところで、鑑賞会はお開きになった。

 行哉の部屋には颯太のために、ベッドに変形させたソファーがあった。


「家族の相手してくれて、ありがとな。颯太」

「いいよ。俺も楽しかったし」

「ならよかった。とりあえず、目覚ましは一時でいいよな?」

「ああ、おやすみ」


 明日は颯太が、小和や行哉に自分の親を会わせることになる。

 不安がないというわけではない。田舎にある颯太の実家がどう思われるだろうかとか、親が余計なことを言わないだろうかとか。

 同時に楽しみもあった。颯太が生まれ育った場所で、二人がどんな反応をするのか、どんな写真を撮るのか、その楽しみが不安よりも圧倒的に大きかった。

 颯太はひとつ息を吐いて、体勢を変えて仰向けになった。常夜灯に照らされた初めて見る天井や部屋に落ち着かなかった。

 慣れない場所でちゃんと寝られるか不安だったが、行哉と同じ部屋で寝るということには自分の部屋で何度も経験して慣れていることだった。

 颯太は不思議とすっと眠りにつくことができた。

 静かな夜は、ゆっくりと更けていった――。

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